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愛しさと逃げ出したい気持ち・前編
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「ニナルヤ、落ち着いたか?」
「う、うん」
ニーナが腕の中で泣いていると「泣くほど嫌だったのか」とカインが慌てたので「違う」と伝え、抱きしめられたままいつものように撫でてもらっていた。
「カインは撫でるのが上手になったよね。カインに撫でられとふわふわして良い気持ちになるんだ」
カインの胸に顔を埋めてニーナは囁いた。カインの心音を聞きながら、耳や髪を優しく撫でられるのがニーナは好きだった。
「そうか……」
「ね、ニナルヤって呼ばれるのくすぐったいからさ、いつも通りニーナって呼んでよ」
「ああ、分かった」
カインは先程までのことが無かったかの様に普段と変わらない。
(カインは普段通りに接してくれるけど……酷いことを言ったのは取り消せない。それにこんな風に抱きしめられるのも、今日で最後なんだ……)
「カイン、今日は……本当にごめん」
「謝らないでくれ。俺がニーナを困らせていたのは事実だからな」
「そんなことは……」
こんな時に気の利いた言葉が出て来ない自分にニーナは嫌気が差していた。
「……今日は帰らないで朝まで一緒にいてくれる?」
「ああ、ニーナと一緒に眠らせてくれ」
「ありがとう……」
カインはニーナを抱きしめたまま優しく囁いた。
「最後なのに、抱かないの?」
「抱けば好きだと言ってくれるのか?」
「それは……」
切なそうな暗い瞳の奥には焦りのような感情が見える。
「俺は諦めるつもりはないが、ニーナはこのまま、どこか別の町に行く気だろ」
「ごめん……オレ……」
「また……謝らせてしまったな」
カインはため息をついてニーナをギュウギュウと抱きしめた。
「困らせたいわけでは、ないんだ……」
「オレ、ずっと……そういう気持ちは持たないように生きて来たから、どうしたら良いのか分からなくて……」
「そうなのか……俺はニーナのことを何も知らないな」
掠れた声がニーナの耳元に響いた。ニーナは心臓がギュッと締め付けられる思いがして、カインの胸に顔を押し付けた。
「……ニーナは次はどんな町に行くんだ?」
「まだ決めてないけど、大きな町が良いなって」
「それなら、王都はどうだ? 王都なら俺が町を案内出来る」
「うん、良いね。考えておくよ……」
「ああ、考えておいてくれ」
ニーナはカインから向けられる好意から逃げ出して、誰も自分を知らない町で暮らすつもりだった。
(いつだって、そういう風に生きて来たんだ……だから、これまでと何も変わらない。それなのに、カインにこのままオレのことを捕まえていて欲しいなんて、おかしなことを考えている……)
自分の気持ちをはっきりさせないまま、カインの好意につけ込んで側にいることもニーナには出来た。だが、カインにそんな真似だけはしたくなかった。
(側にいても……いつかカインを失うのが怖くなれば、今までしてきたみたいにカインの前から姿を消してしまう気がする。オレはカインにそんな酷いことしたくない……)
「でも、今は馬車が中々動いてないから……しばらくはこの町にいるよ」
「馬車……ああ、魔獣のせいだな」
一時よりは魔獣の噂を聞かなくなったが、平原には相変わらず魔獣が出現する。最近は馬車も護衛付きの便しか出せないため、本数自体が減ってしまっていた。
「ニーナを引き止めるわけではないんだが、魔獣がもう少し落ち着いてから馬車に乗って欲しい」
「ふふ、魔獣と戦っている人に言われると説得力があるね」
「……心配なんだ」
カインの声が耳元で囁かれる度に胸が熱くなって仕方なかった。ニーナはこのまま時間が止まって欲しいと夢のようなことを考えてしまった。
「まだこの町にいるのなら、ニーナに何か贈り物がしたい」
「気にしなくていいよ。また悩ませちゃうの悪いし」
「今日贈り物を用意出来なかったのは、ニーナのことを知らなかったからだ……ニーナのことを教えて欲しい」
健気な言葉で懇願されると、ときめきが波の様に押し寄せて来る。
(何だか幸せだ。カインが俺を好きで、知りたいって……俺のために何かを贈りたいって言ってくれる。でも、その相手が本当にオレで良いんだろうか)
カインの温もりを自分だけの物に出来ればと思う程、自分がそんな風に求めても良いのかとニーナは葛藤していた。
「……オレ、欲しい物なんて……カインが選んでくれたら何だって嬉しいよ」
「本当に無いのか? まだ朝まで時間はある。ゆっくり考えて欲しい」
「そんなこと言われても……」
ニーナは自分が本当に欲しい物を改めて考えてみても、何も思い浮かばなかった。
(物じゃない方が良いのかな? 例えば、めちゃくちゃに撫でてもらうとか……? でも、それは普段と変わらないよな)
ニーナが考え込んでいるとカインは髪の毛に唇を落として丁寧に撫でてくれた。
(う……ドキドキする。カインは優しくて、本当に良い男だな)
かつてのニーナは後腐れのない人間と適当な関係を持ち、フラフラとその日暮らしをしていた。
(こんな風に誠実に言い寄られるのは、人生で初めてだ)
娼館にスカウトされてからは言い寄ってくる者も増えたが、娼館の主人の影響もあって金を稼ぐことが楽しくなり、私生活は段々と落ち着いていった。
そんな風な生き方だったので、恋人なんていたこともないし、作るつもりもなかったのに、ニーナはカインに出会ってしまった。
(オレは……どうしたいんだろう。今までみたいに逃げ出したいのかな。でも、カインとなら……オレ……)
また泣きそうな気持ちになってしまい、カインの胸にスリスリと頭を擦りつけた。
「……カイン、オレ、やっぱり欲しい物って、ないみたいだ」
「そうか……」
「でも、欲しい物じゃなくて、してみたいことなら一つあるかも……」
ニーナは欲しい物はなかったが、これまで経験したことがなく、カインとなら「してみたい」と思えるものが一つだけ思い浮かんだ。
「俺が出来ることならいくらでも協力する。どうかニーナのことを教えてくれ」
ぺたんと力無く垂れてしまっているニーナの耳にカインが唇を落として囁いた。
「オレ……カインと、その……デートがしてみたい……」
消え入りそうな声でニーナが呟いた。
「う、うん」
ニーナが腕の中で泣いていると「泣くほど嫌だったのか」とカインが慌てたので「違う」と伝え、抱きしめられたままいつものように撫でてもらっていた。
「カインは撫でるのが上手になったよね。カインに撫でられとふわふわして良い気持ちになるんだ」
カインの胸に顔を埋めてニーナは囁いた。カインの心音を聞きながら、耳や髪を優しく撫でられるのがニーナは好きだった。
「そうか……」
「ね、ニナルヤって呼ばれるのくすぐったいからさ、いつも通りニーナって呼んでよ」
「ああ、分かった」
カインは先程までのことが無かったかの様に普段と変わらない。
(カインは普段通りに接してくれるけど……酷いことを言ったのは取り消せない。それにこんな風に抱きしめられるのも、今日で最後なんだ……)
「カイン、今日は……本当にごめん」
「謝らないでくれ。俺がニーナを困らせていたのは事実だからな」
「そんなことは……」
こんな時に気の利いた言葉が出て来ない自分にニーナは嫌気が差していた。
「……今日は帰らないで朝まで一緒にいてくれる?」
「ああ、ニーナと一緒に眠らせてくれ」
「ありがとう……」
カインはニーナを抱きしめたまま優しく囁いた。
「最後なのに、抱かないの?」
「抱けば好きだと言ってくれるのか?」
「それは……」
切なそうな暗い瞳の奥には焦りのような感情が見える。
「俺は諦めるつもりはないが、ニーナはこのまま、どこか別の町に行く気だろ」
「ごめん……オレ……」
「また……謝らせてしまったな」
カインはため息をついてニーナをギュウギュウと抱きしめた。
「困らせたいわけでは、ないんだ……」
「オレ、ずっと……そういう気持ちは持たないように生きて来たから、どうしたら良いのか分からなくて……」
「そうなのか……俺はニーナのことを何も知らないな」
掠れた声がニーナの耳元に響いた。ニーナは心臓がギュッと締め付けられる思いがして、カインの胸に顔を押し付けた。
「……ニーナは次はどんな町に行くんだ?」
「まだ決めてないけど、大きな町が良いなって」
「それなら、王都はどうだ? 王都なら俺が町を案内出来る」
「うん、良いね。考えておくよ……」
「ああ、考えておいてくれ」
ニーナはカインから向けられる好意から逃げ出して、誰も自分を知らない町で暮らすつもりだった。
(いつだって、そういう風に生きて来たんだ……だから、これまでと何も変わらない。それなのに、カインにこのままオレのことを捕まえていて欲しいなんて、おかしなことを考えている……)
自分の気持ちをはっきりさせないまま、カインの好意につけ込んで側にいることもニーナには出来た。だが、カインにそんな真似だけはしたくなかった。
(側にいても……いつかカインを失うのが怖くなれば、今までしてきたみたいにカインの前から姿を消してしまう気がする。オレはカインにそんな酷いことしたくない……)
「でも、今は馬車が中々動いてないから……しばらくはこの町にいるよ」
「馬車……ああ、魔獣のせいだな」
一時よりは魔獣の噂を聞かなくなったが、平原には相変わらず魔獣が出現する。最近は馬車も護衛付きの便しか出せないため、本数自体が減ってしまっていた。
「ニーナを引き止めるわけではないんだが、魔獣がもう少し落ち着いてから馬車に乗って欲しい」
「ふふ、魔獣と戦っている人に言われると説得力があるね」
「……心配なんだ」
カインの声が耳元で囁かれる度に胸が熱くなって仕方なかった。ニーナはこのまま時間が止まって欲しいと夢のようなことを考えてしまった。
「まだこの町にいるのなら、ニーナに何か贈り物がしたい」
「気にしなくていいよ。また悩ませちゃうの悪いし」
「今日贈り物を用意出来なかったのは、ニーナのことを知らなかったからだ……ニーナのことを教えて欲しい」
健気な言葉で懇願されると、ときめきが波の様に押し寄せて来る。
(何だか幸せだ。カインが俺を好きで、知りたいって……俺のために何かを贈りたいって言ってくれる。でも、その相手が本当にオレで良いんだろうか)
カインの温もりを自分だけの物に出来ればと思う程、自分がそんな風に求めても良いのかとニーナは葛藤していた。
「……オレ、欲しい物なんて……カインが選んでくれたら何だって嬉しいよ」
「本当に無いのか? まだ朝まで時間はある。ゆっくり考えて欲しい」
「そんなこと言われても……」
ニーナは自分が本当に欲しい物を改めて考えてみても、何も思い浮かばなかった。
(物じゃない方が良いのかな? 例えば、めちゃくちゃに撫でてもらうとか……? でも、それは普段と変わらないよな)
ニーナが考え込んでいるとカインは髪の毛に唇を落として丁寧に撫でてくれた。
(う……ドキドキする。カインは優しくて、本当に良い男だな)
かつてのニーナは後腐れのない人間と適当な関係を持ち、フラフラとその日暮らしをしていた。
(こんな風に誠実に言い寄られるのは、人生で初めてだ)
娼館にスカウトされてからは言い寄ってくる者も増えたが、娼館の主人の影響もあって金を稼ぐことが楽しくなり、私生活は段々と落ち着いていった。
そんな風な生き方だったので、恋人なんていたこともないし、作るつもりもなかったのに、ニーナはカインに出会ってしまった。
(オレは……どうしたいんだろう。今までみたいに逃げ出したいのかな。でも、カインとなら……オレ……)
また泣きそうな気持ちになってしまい、カインの胸にスリスリと頭を擦りつけた。
「……カイン、オレ、やっぱり欲しい物って、ないみたいだ」
「そうか……」
「でも、欲しい物じゃなくて、してみたいことなら一つあるかも……」
ニーナは欲しい物はなかったが、これまで経験したことがなく、カインとなら「してみたい」と思えるものが一つだけ思い浮かんだ。
「俺が出来ることならいくらでも協力する。どうかニーナのことを教えてくれ」
ぺたんと力無く垂れてしまっているニーナの耳にカインが唇を落として囁いた。
「オレ……カインと、その……デートがしてみたい……」
消え入りそうな声でニーナが呟いた。
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