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元勇者の朝帰り(ハル視点)

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 防衛魔法の陣を出ても尚着いて来ようとするルイスにハルは「戻れ」や「来るな」や「足手まといだ」やら、随分と酷い言葉を投げつけた。本当に来て欲しくなかったからだ。

 そんな風に言われてもルイスは諦めず「僕の方が足が速い」だの「ハルが倒れても抱えて逃げられる」だの、諦める様子はなかった。

 そしてどこからか拾って来た斧を片手にハルの後ろに付き従って来るので、ハルは根負けした。

「命の保証は出来ないんだぞ。分かっているのか?」

 建物に隠れて歩みを進めながらも、ルイスについ小言が出てしまった。

「ハルこそ一人だと自棄になりそうなんだから、僕がいた方が良いだろ」

 気丈なことを言う幼馴染の指先は僅かに震えており、ハルはそれ以上何も言えなくなった。

(ルイスは俺が自暴自棄になっていると思っているのだろうか。俺だって剣術大会や魔獣退治とは訳が違うのは分かってる。でも俺はこの日のために準備をして来たんだ!)

 寄合所から出ると魔族達が村内を彷徨いているのが見えた。魔族――鎧を着た狼人間達は鼻が利きそうな見た目をしているが、指揮する者がいない場所ではあまり機敏に動く様子はない。この点にハルはほっとしていた。

(この状態をゲームの流れとして見るなら、今正に魔王が復活しているんじゃないか? ゲーム序盤に出て来るような奴らなら、一般村人でも何とかなるかもしれない)

 ハルは握りしめた護符を後ろにいるルイスに渡した。魔法の護符は防衛魔法陣の外に出ると言うと村人から渡された物だ。護符には魔力が無い者でも使える簡易な魔法が込められている。

「危なそうなら護符をどんどん使って逃げるんだ。ルイスは絶対に死ぬなよ」
「ハルこそ……死んじゃダメだからな」

 ルイスは普段より口数が少なく、緊張しているのが伝わって来る。

(この護符は俺が害魔獣対策に村人へ配るよう村長達に頼んだやつだ。ルイスを守るのに使えるなんて運が良い)

 自分が準備した物が命を守る助けになっていると思うと、ハルはほんの少し救われた気がした。

「隠れながら俺が狼人間を倒すから、ルイスは護符を煙幕代わりに村人を防衛魔法の陣に誘導してくれ」
「うん……!」

 簡単な作戦を伝えると、ルイスは真剣な表情で頷き、護符をすぐに使えるように持ち直した。

(一人じゃないんだ。今はルイスを……皆を守らないと)

 まずは建物の影から狼人間を品定めし、一体だけで村人を襲っている者を見つけると、二人で隠れ鬼のようにして早足に後ろ側へ回り込んだ。

 逃げ惑う村人を指差して目配せすると、ルイスはコクリと頷いて護符を握りしめた。

 ハルはこれまで魔獣退治はして来たが魔族相手の戦闘は当たり前だが初めてだった。そのため出来る限り余計なことを考えないように剣に集中した。

 ハルの持っている剣は何の変哲もない武具屋に売っている量産品だが、研ぎに出して手入れもして手に馴染んだ品だ。この剣で魔獣を倒し、剣術大会で優勝したこともある。ハルはこれまで積み重ねた経験から、剣を自分が思う通りに扱えるという自信があった。

(これまで積み重ねて来たものを全部ぶつけるんだ。今日を乗り切ることが出来れば、俺は二度と剣が持てなくなったって良い)

 ハルは息を吸い込むと、村人に鋭い爪を突き立てようと腕を振り上げる狼人間の背後に素早く回り込み、鎧の隙間を狙って襟首の辺りから喉笛まで深々と刃を突き刺した。

「ギッ」

 狼人間は喉から飛び出る剣を見て、小さな悲鳴のような言葉を発し、ブシュリと黒い血を吹き出して絶命した。

「こっち! 隠れながら走って!」

 様子を窺っていたルイスが建物の影から飛び出して風魔法の護符を投げると、ブワリと周囲に強い風が吹き、霧や落ち葉を巻き込んで吹き荒れた。よろける村人はルイスが投げた護符に怯んだ様子だったが、意を決して走り出した。

「走って! そのまま、防衛魔法陣まで! 早く!」

 ルイスに誘導され、村人が風魔法に紛れて逃げ去るのを見てハルはやっと息を吐き出した。

 狼人間の亡骸はしばらくすると瘴気を吹き出し、辺りの霧と混じって存在自体が消えてしまった。剣にはベットリと狼人間の黒い血が残り、研がれた剣を腐食させるように広がるので服の袖に撫でつけて拭った。

「ハ……ハル、一人、逃がせたよ!」
「うん……また隠れないと」
「分かった……!」

 ルイスを伴ってまた建物の影に潜み、他の狼人間に悟られないように隠れ進んだ。

(狼人間は俺でも何とか倒せそうだ。だが、このまま持久戦になるとまずいな)

 瘴気や黒い血は人間を消耗させる力があるらしく、まだ一体倒しただけだったが黒い血や瘴気を浴びた部分が重く、体が動かしにくくなっていた。

「ハル……」
「どうしたルイス」

 後ろにいるルイスが小さな声で呟いたので歩みを止めて振り返った。

「……怖くなったか? 大丈夫だ。何があっても、ルイスだけは俺が絶対にマーガレットの元に連れて帰るから」

 こんな状況でもルイスの深緑色の瞳を見ているとハルの心は不思議と落ち着いた。

「ふふ……そうじゃないよ」

 ルイスは震えながらも微笑み、剣を持つハルの手をギュッと握った。

「ハルがいてくれて良かったって、どうしても言いたくて」
「何だよ。今、そんなこと……そんな、こと」

 いつの間にか涙が頬を一筋流れていた。ハルは両親の最期を目の当たりにしたが、あまりの現実感の無さに呆然として涙は零れることはなかった。それなのにせき止めていた思いがルイスの言葉によって溢れ出てしまった。

「ごめ……何か、俺……」

 ポロポロと勝手に零れる涙をハルは手で拭った。

「大丈夫だよ。二人で、絶対に皆の所に戻ろう」
「うん……皆を助けて、必ず戻ろう」
「それでさ……戻ったら食堂で一番高いメニュー注文しようよ」
「ふっ……良いな。そうしよう」
「約束だよ!」

 ルイスに手を握りしめられると、ハルの胸は温かさで満たされ、体中に力が湧いてくるような気がした。


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