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元勇者の朝帰り(ハル視点)
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ハルが村内に逃げ込むと村長や村の老人達によって防衛魔法の陣が作られており、寄合所は野戦病院のようになっていた。
防衛魔法の陣を敷く老人達は「魔族相手は何十年ぶりかのう」やら「張り切り過ぎてあの世に行くなよ」やらお互いに発破をかけ合い、普段ののほほんとした姿からは想像のつかない血気盛んな元冒険者の顔を覗かせている。
そんな元冒険者達の姿をよそに、ハルは窓際の床に座り込み、運ばれて来る怪我をした村人達の姿を呆然と見つめていた。
(父さんと、母さんが)
辺りを焼き尽くす黒い炎がハルの頭の中にこびりついて離れない。何も出来ないまま両親を目の前で喪い、怖気づいて情けなく逃げ出し、挙げ句今も座り込んでただただ放心しているだけ――
「ハル……?」
良く知った声が聞こえたので顔を上げた。ルイスが入り口の扉から怪我人を抱えてやって来た。ルイスは治癒魔法が使える村人に怪我人を預け、床に座るハルに駆け寄って屈み込むとガバリと抱きついた。
「ハル! 良かった! 逃げて来れたんだね!」
「ルイス……父さんと、母さんが……俺が……俺だけが」
ハルはルイスに抱きしめられ、温もりを求める子どものように抱きしめ返していた。
「俺の、目の前で、二人が」
「そんな……そんなことが……ハル……」
ルイスは泣いていた。ハルの両親を思って泣く心優しいルイスを見て、ハルはやっと自分の状態を省みることが出来た。
(俺は何をやっているんだ。何のために剣術を習って……何のために準備をして来たんだ。大事なルイスが泣いている。このまま床の上で震えているだけじゃ、大事なものがどんどん手の平からこぼれ落ちていく……)
ルイスの体をそっと離し、床に放り投げていた剣を掴んで立ち上がった。
「……ルイスの所は皆無事か?」
「う、うん、ベル家は皆無事だよ。マーガレットは今、怪我人を看病してる」
ルイスも立ち上がり、簡易なカーテンで区切られた広間を見た。広間では床に寝かされた怪我人の間を青ざめた顔の少女――マーガレット・ベルが包帯や止血剤を持って走り回っている。
(11歳のマーガレットも出来ることをやっているんだ。俺も出来ることをやろう。例え勇者やヒロインなんてものがいなくても……最後まで諦めたくはない)
前世は後悔ばかりを残して短い生涯を終えた。今を生きているハル・グリーンウッドは、この世界にある大事な物を取りこぼさないように、少しでも後悔を残さないように、一歩でも前に進もうと覚悟を決めた。
「村長達……どこにいるか分かるか?」
「さっき、学舎に隠れている子ども達を助けに行くって……他にも、まだ、逃げ遅れた人が……沢山いるみたいで」
「そうか……」
剣を腰に差し、扉に向かって歩き出すとルイスは青ざめた顔で「どこに行くんだよ」とハルの腕を掴んだ。
「俺も逃げ遅れた村人を助けに行って来る」
「何言ってるんだよ! ハルは元冒険者でもないし、魔法だって使えないだろ!」
「そんなの分かってるよ。でも、このまま何もしないなんて嫌なんだ……!」
「だからって……」
「父さんや母さんを目の前にして……俺は、何も出来ず、逃げ出したんだ。もうそんな真似はしたくない。後悔したくない」
「ハル……」
ハルが苦痛に顔を歪めるとルイスは眉を寄せ、深呼吸してから口を開いた。
「分かったよ、ハル。僕も行く」
ルイスの真剣な様子にハルはしばらく言葉が出て来なかった。
防衛魔法の陣を敷く老人達は「魔族相手は何十年ぶりかのう」やら「張り切り過ぎてあの世に行くなよ」やらお互いに発破をかけ合い、普段ののほほんとした姿からは想像のつかない血気盛んな元冒険者の顔を覗かせている。
そんな元冒険者達の姿をよそに、ハルは窓際の床に座り込み、運ばれて来る怪我をした村人達の姿を呆然と見つめていた。
(父さんと、母さんが)
辺りを焼き尽くす黒い炎がハルの頭の中にこびりついて離れない。何も出来ないまま両親を目の前で喪い、怖気づいて情けなく逃げ出し、挙げ句今も座り込んでただただ放心しているだけ――
「ハル……?」
良く知った声が聞こえたので顔を上げた。ルイスが入り口の扉から怪我人を抱えてやって来た。ルイスは治癒魔法が使える村人に怪我人を預け、床に座るハルに駆け寄って屈み込むとガバリと抱きついた。
「ハル! 良かった! 逃げて来れたんだね!」
「ルイス……父さんと、母さんが……俺が……俺だけが」
ハルはルイスに抱きしめられ、温もりを求める子どものように抱きしめ返していた。
「俺の、目の前で、二人が」
「そんな……そんなことが……ハル……」
ルイスは泣いていた。ハルの両親を思って泣く心優しいルイスを見て、ハルはやっと自分の状態を省みることが出来た。
(俺は何をやっているんだ。何のために剣術を習って……何のために準備をして来たんだ。大事なルイスが泣いている。このまま床の上で震えているだけじゃ、大事なものがどんどん手の平からこぼれ落ちていく……)
ルイスの体をそっと離し、床に放り投げていた剣を掴んで立ち上がった。
「……ルイスの所は皆無事か?」
「う、うん、ベル家は皆無事だよ。マーガレットは今、怪我人を看病してる」
ルイスも立ち上がり、簡易なカーテンで区切られた広間を見た。広間では床に寝かされた怪我人の間を青ざめた顔の少女――マーガレット・ベルが包帯や止血剤を持って走り回っている。
(11歳のマーガレットも出来ることをやっているんだ。俺も出来ることをやろう。例え勇者やヒロインなんてものがいなくても……最後まで諦めたくはない)
前世は後悔ばかりを残して短い生涯を終えた。今を生きているハル・グリーンウッドは、この世界にある大事な物を取りこぼさないように、少しでも後悔を残さないように、一歩でも前に進もうと覚悟を決めた。
「村長達……どこにいるか分かるか?」
「さっき、学舎に隠れている子ども達を助けに行くって……他にも、まだ、逃げ遅れた人が……沢山いるみたいで」
「そうか……」
剣を腰に差し、扉に向かって歩き出すとルイスは青ざめた顔で「どこに行くんだよ」とハルの腕を掴んだ。
「俺も逃げ遅れた村人を助けに行って来る」
「何言ってるんだよ! ハルは元冒険者でもないし、魔法だって使えないだろ!」
「そんなの分かってるよ。でも、このまま何もしないなんて嫌なんだ……!」
「だからって……」
「父さんや母さんを目の前にして……俺は、何も出来ず、逃げ出したんだ。もうそんな真似はしたくない。後悔したくない」
「ハル……」
ハルが苦痛に顔を歪めるとルイスは眉を寄せ、深呼吸してから口を開いた。
「分かったよ、ハル。僕も行く」
ルイスの真剣な様子にハルはしばらく言葉が出て来なかった。
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