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元勇者の朝帰り(ハル視点)
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4歳のマーガレットから聞き出した情報により、この世界が「ソードストーリー」ではなく「聖なる剣の物語」だと認識してから月日は経ち、グラステラ大陸暦1194年、ハルは16歳になっていた。
前世の記憶を取り戻したマーガレットはしばらくハルを警戒していたが、普段通り接していると「ハルはお兄ちゃんを攫うなんて出来ない」と納得したようだった。
(当たり前だ。俺がルイスを攫ったりするわけがないし、ルイスが嫌がることなんて絶対にしない……!)
自分の部屋でシンプルなシャツとベストに着替えながら、ハルはすうっと息を吸い込んだ。
今日は村長に付き従い、領主に作物の生産量や集落周辺の近況を報告に行っていた。そのためハルは畏まった格好をしていたので、戻って来てから普段着に着替えていた。
(この6年色々なことがあった。中でも情報収集のために王都の上級学校に通って……そのせいでルイスと2年も離れてしまった)
上級学校の推薦試験に受かってからもルイスと離れたくなかったので王都に行くのを渋っていたが、ルイスから「勉強が出来るのはかっこいい」と宥められ送り出された。
それから王都でのハルは莫大な蔵書を誇る王立図書館に通い詰めていた。司書や歴史学の教諭に教えを請い、聖なる剣の伝承について調べながらも、一刻も早く村に帰るため勉強漬けの灰色の学生生活を過ごした。
(別に友人作りに上級学校に通ったわけじゃないから、灰色だって何だって良いけど、ルイスがいないのが寂しくて辛かった……)
上級学校は3年制だが、単位を取得して試験に受かりさえすれば飛び級出来る。ハルは2年目に試験に受かり、晴れて上級学校を卒業することが出来た。
(お陰で村の成人の儀にも参加出来た。ルイスと一緒に成人出来るなんて……ものすごく嬉しかった)
ふっと口元を綻ばせていると、部屋の扉が軽快にノックされた。
「ハル、入って大丈夫?」
扉の向こうからルイスの声が聞こえたのでハルは表情を引き締め、「大丈夫」と返事をした。
「お邪魔しまーす」
明るい声のルイスがハルの部屋に入って来た。
「どうした、何か用事か?」
「まだお昼食べていないなら一緒に食堂行かないかなって」
「そうか……もうそんな時間か」
机にある置き時計を見ると2時を過ぎている。昼時という時間ではないが、朝から慌ただしかったので時間の感覚がなくなっていた。
「今日は村長に連れ回されてたみたいだし、ご飯食べてゆっくりしようよ」
ルイスはエプロンを着けていたので、道具屋をわざわざ閉めて会いに来てくれたようだ。ルイスの心遣いがハルは嬉しくて仕方なかった。
「おじさんもおばさんも、ハルが頑張り過ぎないか心配しているからさ。適度に気分転換していこう」
「ん……気にかけてくれて、嬉しいよ」
「幼馴染なんだから当たり前だろ!」
ポンッと肩を軽く叩かれたので思わず手を伸ばしてギュッと抱きしめると「どうしたんだよ」とルイスは笑い、背中を撫でてくれた。
「家業もしながら村長の手伝いなんて大変なんだし、あんまり無理したらダメだよ」
「……うん、分かってる」
ルイスはひとしきり背中をポンポンと撫でてから体をそっと離して「玄関で待ってるからな」と部屋を出て行った。
(ルイスと話していると心が休まる……好きだ……)
上級学校を卒業してからハルは家業である農業に従事しながら村長の手伝いをしていたのだが、両親から「無理に継がなくても良い」やら「都会に行きたいなら遠慮せず言いなさい」やら妙な気遣いを受けていた。
どうやら上級学校に入ったことから、両親に「都会で働きたいのに言い出せないでいる息子」と思われている節があった。実際のハルはそんなことは全く無かったので面食らった。
ハルの両親は二人とも元冒険者だ。ベギン村は村長を筆頭に元冒険者という肩書の者が多くいる。
皆、結婚や怪我など、様々な事情で冒険者を続けられなくなった際、名うての冒険者だったらしい村長を頼ってこの村に集まっていた。ハルの両親達もその中の一人だ。
(自分達もやりたいことをやって来たから、俺にも好きに生きて欲しいんだろうな。今、好きに生きているんだけどな)
両親の思いは嬉しかったが、ハルは大好きなルイスの傍にいたいという思いで上級学校から村に帰り、家業も楽しんでいたので、どうしたものかと考えていた。
(好きでやっているって伝えたとして「遠慮してる」なんて更に気遣われそうだし、時間をかけて分かってもらうしかないか)
ハルはふうっと息をつき、髪の毛を掻き上げると部屋を出て階段へ向かった。
(魔王の方もどれだけ時間をかければ安心出来るんだろう)
そもそも上級学校に通ったのは、来る魔王復活に向け情報を得るためだ。
ハルは数年かけて聖なる剣や魔王に関連する一通りの知識を手に入れた。だが、魔王を浄化する「勇者」がどのように出現するのかだけはどうしても分からなかった。
マーガレットに聞いてみても「聖なる剣の物語」は「ソードストーリー」と異なり、プレイヤーが始まりの村で剣に選ばれた場面から始まるらしく、勇者である村人が「プレイヤー」そのものという描き方をされているらしかった。
(勇者を探したり出来なさそうってなると、俺はこのまま受け身でいるしか無いのか)
ハルは村の防衛用に害魔獣対策と称し、魔法罠の設置や堀の整備などを村長に進言していた。他にも剣術大会への出場や懸賞金のかかった魔物の討伐、そして剣術教室では村人へ指導を行い、村の防衛能力の底上げを図ってみたが、どこまで魔族を対処出来るかが未知数だった。
(魔王に関してはマーガレットも気を揉んでるけど……これ以上は出来る準備をしてひたすら待つしか……)
剣の守り手の一族や魔王封印の伝承が残る地域にも足を運んでみたが、廃村になっていたり、伝承を語れる者が亡くなっていたり――闇落ちもしなさそうな一般村人であるハルは焦燥感に駆られながらも日々を過ごすしかなかった。
(1195年が来るまでずっと焦っているわけにもいかないよな。もしかしたら、このまま魔王なんて来ずに穏やかに暮らしていく未来だってあるかもしれない。そうしたら……俺は、ルイスに……)
ハルはルイスの待つ玄関に向かい、甘やかな想像をしていた。穏やかな日常がいつまでも続けば良いと心から願いながら――
前世の記憶を取り戻したマーガレットはしばらくハルを警戒していたが、普段通り接していると「ハルはお兄ちゃんを攫うなんて出来ない」と納得したようだった。
(当たり前だ。俺がルイスを攫ったりするわけがないし、ルイスが嫌がることなんて絶対にしない……!)
自分の部屋でシンプルなシャツとベストに着替えながら、ハルはすうっと息を吸い込んだ。
今日は村長に付き従い、領主に作物の生産量や集落周辺の近況を報告に行っていた。そのためハルは畏まった格好をしていたので、戻って来てから普段着に着替えていた。
(この6年色々なことがあった。中でも情報収集のために王都の上級学校に通って……そのせいでルイスと2年も離れてしまった)
上級学校の推薦試験に受かってからもルイスと離れたくなかったので王都に行くのを渋っていたが、ルイスから「勉強が出来るのはかっこいい」と宥められ送り出された。
それから王都でのハルは莫大な蔵書を誇る王立図書館に通い詰めていた。司書や歴史学の教諭に教えを請い、聖なる剣の伝承について調べながらも、一刻も早く村に帰るため勉強漬けの灰色の学生生活を過ごした。
(別に友人作りに上級学校に通ったわけじゃないから、灰色だって何だって良いけど、ルイスがいないのが寂しくて辛かった……)
上級学校は3年制だが、単位を取得して試験に受かりさえすれば飛び級出来る。ハルは2年目に試験に受かり、晴れて上級学校を卒業することが出来た。
(お陰で村の成人の儀にも参加出来た。ルイスと一緒に成人出来るなんて……ものすごく嬉しかった)
ふっと口元を綻ばせていると、部屋の扉が軽快にノックされた。
「ハル、入って大丈夫?」
扉の向こうからルイスの声が聞こえたのでハルは表情を引き締め、「大丈夫」と返事をした。
「お邪魔しまーす」
明るい声のルイスがハルの部屋に入って来た。
「どうした、何か用事か?」
「まだお昼食べていないなら一緒に食堂行かないかなって」
「そうか……もうそんな時間か」
机にある置き時計を見ると2時を過ぎている。昼時という時間ではないが、朝から慌ただしかったので時間の感覚がなくなっていた。
「今日は村長に連れ回されてたみたいだし、ご飯食べてゆっくりしようよ」
ルイスはエプロンを着けていたので、道具屋をわざわざ閉めて会いに来てくれたようだ。ルイスの心遣いがハルは嬉しくて仕方なかった。
「おじさんもおばさんも、ハルが頑張り過ぎないか心配しているからさ。適度に気分転換していこう」
「ん……気にかけてくれて、嬉しいよ」
「幼馴染なんだから当たり前だろ!」
ポンッと肩を軽く叩かれたので思わず手を伸ばしてギュッと抱きしめると「どうしたんだよ」とルイスは笑い、背中を撫でてくれた。
「家業もしながら村長の手伝いなんて大変なんだし、あんまり無理したらダメだよ」
「……うん、分かってる」
ルイスはひとしきり背中をポンポンと撫でてから体をそっと離して「玄関で待ってるからな」と部屋を出て行った。
(ルイスと話していると心が休まる……好きだ……)
上級学校を卒業してからハルは家業である農業に従事しながら村長の手伝いをしていたのだが、両親から「無理に継がなくても良い」やら「都会に行きたいなら遠慮せず言いなさい」やら妙な気遣いを受けていた。
どうやら上級学校に入ったことから、両親に「都会で働きたいのに言い出せないでいる息子」と思われている節があった。実際のハルはそんなことは全く無かったので面食らった。
ハルの両親は二人とも元冒険者だ。ベギン村は村長を筆頭に元冒険者という肩書の者が多くいる。
皆、結婚や怪我など、様々な事情で冒険者を続けられなくなった際、名うての冒険者だったらしい村長を頼ってこの村に集まっていた。ハルの両親達もその中の一人だ。
(自分達もやりたいことをやって来たから、俺にも好きに生きて欲しいんだろうな。今、好きに生きているんだけどな)
両親の思いは嬉しかったが、ハルは大好きなルイスの傍にいたいという思いで上級学校から村に帰り、家業も楽しんでいたので、どうしたものかと考えていた。
(好きでやっているって伝えたとして「遠慮してる」なんて更に気遣われそうだし、時間をかけて分かってもらうしかないか)
ハルはふうっと息をつき、髪の毛を掻き上げると部屋を出て階段へ向かった。
(魔王の方もどれだけ時間をかければ安心出来るんだろう)
そもそも上級学校に通ったのは、来る魔王復活に向け情報を得るためだ。
ハルは数年かけて聖なる剣や魔王に関連する一通りの知識を手に入れた。だが、魔王を浄化する「勇者」がどのように出現するのかだけはどうしても分からなかった。
マーガレットに聞いてみても「聖なる剣の物語」は「ソードストーリー」と異なり、プレイヤーが始まりの村で剣に選ばれた場面から始まるらしく、勇者である村人が「プレイヤー」そのものという描き方をされているらしかった。
(勇者を探したり出来なさそうってなると、俺はこのまま受け身でいるしか無いのか)
ハルは村の防衛用に害魔獣対策と称し、魔法罠の設置や堀の整備などを村長に進言していた。他にも剣術大会への出場や懸賞金のかかった魔物の討伐、そして剣術教室では村人へ指導を行い、村の防衛能力の底上げを図ってみたが、どこまで魔族を対処出来るかが未知数だった。
(魔王に関してはマーガレットも気を揉んでるけど……これ以上は出来る準備をしてひたすら待つしか……)
剣の守り手の一族や魔王封印の伝承が残る地域にも足を運んでみたが、廃村になっていたり、伝承を語れる者が亡くなっていたり――闇落ちもしなさそうな一般村人であるハルは焦燥感に駆られながらも日々を過ごすしかなかった。
(1195年が来るまでずっと焦っているわけにもいかないよな。もしかしたら、このまま魔王なんて来ずに穏やかに暮らしていく未来だってあるかもしれない。そうしたら……俺は、ルイスに……)
ハルはルイスの待つ玄関に向かい、甘やかな想像をしていた。穏やかな日常がいつまでも続けば良いと心から願いながら――
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