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幼馴染との約束・前編(ルイス視点)

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 段々と雨脚が強くなる中、屋根のある馬車の停車場でハルと二人で馬車を待っていた。

 停車場には二人しかいない。馬車が雨のせいで無くなったのではとルイスは不安に感じていたが、乗り合い馬車は時間より二十分程遅れて到着したのでほっとした。

(気晴らしで遊びに来たのに、帰れないなんてことにならなくて良かった)

 御者も馬も頭からすっぽりと雨具を被っており、降り出した雨に参っている様子だ。

 停車のベルを御者が鳴らしたので二人して馬車に乗り込み、来た時と同じように並んで座った。他に誰も乗り込む様子はなく、馬車内はルイスとハルの二人だけだ。

 馬車はゆっくりと走り出し、ハルはふうっと息をつくと、鞄からハンカチを取り出して濡れた髪を拭いている。

(濡れ髪のハルは何だか色っぽい……って僕は何を考えているんだ……!)

 バッと顔をハルから逸らすと「俺ので良ければルイスも使う?」とハンカチを使うかどうか首を傾げながら尋ねられた。

「……僕もハンカチ持っているから」
「そう?」
「うん……大丈夫。それより買った本は濡れてない?」
「ああ、革袋に入れたから平気」
「わあ、ハルは準備が良いね」

 ハルは鞄から革袋に入った本を取り出して言った。

「準備が良いと言うか……旅をしていた時の癖だな」
「そうなんだ。経験が役に立っているんだね」
「ルイスの本もこっちに入れておくか?」
「良いの? 助かるよ」

 ルイスは自分が買った本を鞄から取り出した。

「あ……表紙がちょっと濡れちゃってる」

 古本市でルイスは商売に関する本を二冊買ったが、その内一冊の表紙の端に水が染みていた。

「ああ、中身は無事だし、このくらいなら」

 ハルはルイスから本を受け取ると、鞄からちり紙を取り出して表紙に当てて挟んだ。

「紙を挟んで乾かしたらけっこう元通りになるよ」
「わ、ありがとう、ハル!」
「このくらい何でもないだろ」

 照れくさそうにはにかみ、革袋にルイスの本を仕舞った。

「はぁ……村に着いたら熱いお湯を浴びたいよね。濡れて寒くなったし」

 ルイスはハンカチで髪や額を拭いながら言った。服はびしょ濡れという程ではないが、雨に濡れてしまってひんやりとしている。

「寒いのか?」

 ハルはそう言うと、自分の上着を脱いで肩にかけてくれた。

「これ被ってなよ。水を弾く素材だから濡れてないし」
「え、あ……ハルが寒いだろ」
「俺は体が丈夫だから、このくらいは寒くない」
「でも……」
「遊びに行ってルイスに風邪でもひかれたら、マーガレットに俺が叱られる」

 ハルは眉を下げて「良いから着てなよ」と言った。

「あ、ありがとう」
「うん、気にしないで」

 目を細めてハルはルイスの頭をポンポンと撫でた。

(ハルは、こういう……何でもない風に優しい所が格好良くて……ドキドキしてしまう)

 ルイスはハルの優しさに胸が熱くなってしまった。ハルはルイスの頭から手を離すと「止みそうにないな」と呟き、馬車の窓から外を見た。

(ハルって自分の想い人にも、きっとこんな風に優しいんだろうな)

 そんな風に考えるとルイスの胸がチクリと痛くなった。

(幼馴染の僕ですら優しさにドキドキして、変になっているのに……想っている相手も、普段からこんな風にされたらいつか好きになって……両想いになっちゃうだろ)

 幼馴染の恋愛が上手くいけば良いと心から応援する気持ちは確かにあるのに、こんな優しさを向けられるのが自分だけではないのだと残念に感じてしまう――ルイスは嫌な風に考えてしまう自分の心に嫌悪感を抱いた。

 思いを振り払うようにギュッと体を縮こまらせるとハルがこちらを向いて「まだ寒いのか?」と心配そうに尋ねて来た。

「……ちょっと冷えちゃったのかも」
「そうか。ルイスは馬車酔いもしていたし、心配だな」
「別にそこまでは……」

 ルイスは少しだけ嘘をついてしまった。「あんまり気にしないでよ」と言いかけると、ハルの腕が伸びて来て、気がつくと上着ごと抱きしめられていた。

「ハ、ル……」
「これは時と場合を考えているし、イチャついているんじゃないからな。俺のことは上着の一部だと思って……今は温かくなることだけを考えて」

 ハルは有無を言わせないように早口になり、それきり何も言わなくなってしまった。ただただ抱きしめられ、息遣いがルイスの耳に当たる。車内には馬車の車輪の音や馬のいななき、激しくなった雨の音だけが響いている。

(ハルは今……どんな顔をしているんだろう)

 ルイスの位置からはハルの顔が見えない。ハルの体温が段々と伝わって来ると、ルイスの胸は痛いくらいドキドキしてしまった。

(やっぱり……ハルと恋バナをして以来、僕は何だか変だ。本当に好きになっちゃうなんて、ハルは大事な幼馴染で……ハルの恋を応援したいのに!)

 そう思いながらも、ハルの背中におずおずと腕を回して抱きしめ返していた。

(でも、今だけ……少しだけ……少しだけ、だから)

 この馬車の中ではハルの優しさはルイスただ一人だけの物だ。ギュウッと背中に回す腕の力を強くするとハルがピクンと震えた気がした。

(ドキドキしているの、気づかれなければ良いんだけど)

 ルイスはハルの腕の中でじんわりと温められ、頭がぼんやりとしていた。

(またあの潤んでキラキラした瞳に見つめられて『どうしてドキドキしているの』なんて聞かれでもしたら……僕は……何て答えよう)

 ハルは何も言わないまま時折背中や髪を撫でて来た。その度にルイスは胸が騒がしくなって焦ってしまう。

 そんな風に葛藤しながらも抱きしめられることをルイスは選び、無言のまま数十分経った頃に馬車が突然停まった。

「――何だ?」

 ハルはルイスの背中に腕を回したまま警戒するように顔を上げて、周囲を見た。

「何か、あったのかな……?」

 ルイスもハルの腕の中から窓を見た。外は出発した時よりもかなり雨脚が激しくなっている。

 ガタガタと言う音がして馬のいななきが甲高くなった。しばらくすると雨具姿の御者が客席の扉を開けて入って来た。

 何があったのか尋ねると、御者は困った風にため息をつきながら「増水した川を馬が怖がって橋を渡らない」と言い「渡れたとしても山道が危ないかもしれない」と続けた。


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