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元勇者の懊悩(ハル視点)
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(新しい情報を沢山手に入れることは出来たけど、俺もだいぶ困惑しているな……)
自身の部屋でベッドに仰向けになり、空中をハルは見つめていた。
あの後、稽古場でマーガレットは訥々と語り続け「今はこれがぜんぶ」と絞り出すように言うと、ぐったりして倒れるようにハルにもたれかかった。
マーガレットは顔が真っ赤になっており、熱がぶり返したようだった。ハルは慌てて小さなマーガレットを背中に担いでベル家に送り届けた。
丁度家にはルイスがいたのでマーガレットが熱を出して倒れたと伝えると、何度も感謝された。
マーガレットを背中から下ろすと、ルイスにしがみついて幸せそうな顔をしていたので大丈夫そうだなとハルは帰宅し、今の状態になっている。
(4歳が前世のややこしい単語を使って沢山喋るのは本当に疲れただろうし、改めて礼を言わないと……)
ハルは自身が4歳だった頃はあんなに喋れただろうかと考えていると、頭の中に白い天井を見上げ細い腕につけた点滴の管で遊ぶ小さな子どもの姿が脳裏に浮かんで来た。
(これは……前世の4歳の俺か?)
前世のハルは入院すると毎日のように点滴を打たれるので、点滴の針の痕が痣のように腕についていた――その痣の色までも思い出すことが出来た。
(他の異世界転生者と喋ったから、前世のことをいつもより鮮明に思い出せるようになったのか……?)
マーガレットから新情報を手に入れ、頭の中にある鍵のかかった引き出しが開けられたような気分になっていた。
(うん……とりあえず情報を書き出そう)
ハルは深呼吸してからガバリと起き上がり、机に向かうとソードストーリー関連の帳面を開き、羽根ペンで3つの図形を描いてそれぞれにソードストーリーと書いた。
(マーガレットの話だと、インディーズ……つまり自主制作の原作が「聖なる剣の物語」という名前だそうだ)
ハルはマーガレットから得た情報を、つらつらと帳面に箇条書きにした。
――ソードストーリーは製作者が過去に自主制作した「聖なる剣の物語」を元にしている
――「聖なる剣の物語」から「ソードストーリー」のPC版が作られ、更に家庭用ゲーム機に移植された
――マーガレットの前世は「ソードストーリー」のPC版を好んでプレイし、「聖なる剣の物語」もプレイしている
――「聖なる剣の物語」は硬派なハイファンタジーのノベルゲームとなっており、恋愛アドベンチャーゲームではない
ここまで書き終わると、ハルは息を一つついて羽根ペンで「重要項目」とラベルを書き、一番の新情報を書き出した。
――ハル・グリーンウッドは村を魔族に襲われたことをきっかけに魔王配下のオリエンス卿の力に魅入られてしまい「ハロルド・オリエンス」となって闇落ちする――
そこまで書いて、ハルは頭を抱えた。
(俺の一番の困惑の元はこれだ。自分のことはただの一般村人だと思っていたのに……)
新情報により、何故マーガレットの年齢が合わないのか、ルイスの幼馴染である自分は何者なのかという疑問は解けた――疑問は解けたが、納得して受け入れられるかと言えばそれは別の話だった。
(この世界が「聖なる剣の物語」なら……勇者パーティーが魔王に立ち向かう硬派な王道ファンタジーだ。恋愛ゲームじゃないから「選ばれし少女」なんてヒロインはいない……そして、俺は……悪役令息。しかも力に魅入られて魔族に取り入って……養子だか眷属だかになるような奴なんて……)
マーガレットが懸命に悪役令息について語った言葉を思い出しながら、羽根ペンを握り直して項目を書き加えた。
――聖なる剣の物語に登場するハルは粗暴で負けず嫌いで小賢しく、心優しい幼馴染のルイスに執着していた。
――魔王復活後、村が魔族に襲われ、命の危機を感じた時、全てを焼き尽くすオリエンス卿の闇の力に囚われ、魅入られた。
――あるルートではハロルド・オリエンスはルイスを攫い、ルイスの妹から請われて救いに来た主人公達に倒され、敗走し崖から身を投げて生死不明となる。
ハルは大きなため息をついた。自分自身の疑問を書いた注釈で帳面が埋まりかけたので、一旦羽根ペンを置いた。
(書き出したら少し落ち着いて来たけど、闇落ちした上にルイスを攫うって何なんだ……しかも敗走して身投げなんて……)
どうして知らないゲームの知らない登場人物に転生したのかと唸りながら考えていた時、鮮明になった記憶の引き出しが頭の中でパカリと開き、ハルは更に鬱々とした気持ちになった。
(思い出したぞ……俺は……前世の俺は……)
ハルは「聖なる剣の物語」というタイトルをマーガレットから聞いた時「名前を聞いたことがある」と既視感を覚えていた。
(前世の俺は「聖なる剣の物語」を……多分、ほんの少しだけプレイしたことがあるんだ)
それは前世のハルがソードストーリーの攻略サイトを見ていた時のことだった。攻略サイトにあるリンク先から、元となったインディーズゲームの体験版がダウンロード出来るようになっていた。
当時、本当に何気ない気持ちで攻略サイトを見ていたノートパソコンに、体験版のファイルをダウンロードした。
(体験版……名前、ちゃんと覚えていないけど、ソードストーリーの元になったゲームってことはあれが「聖なる剣の物語」だ)
前世のハルはソードストーリーの世界観が気に入っており、ルイスという登場人物を好ましく思っていた。あの世界の元ネタが見てみたい――そんな軽い気持ちだった。
(それで確か……体験版を途中までやって、合わないなって投げ出したんだ)
古めの自主制作ゲームだったためか、テキストを主体とした硬派な画面とフリー素材らしき画像の登場人物達に前世のハルは慣れなかった。
その上、最初の村に出て来る登場人物がルイスにやたら嫌味ったらしく接しており「何だこいつ」と前世のハルは体験版を序盤で投げ出してしまった。
(その……何だこいつって思った登場人物……多分、あれがハロルド・オリエンス……聖なる剣の物語の……ハルだ……)
ハルは頭を抱えて突っ伏した。異世界転生で憎まれ役に生まれ変わるというのは定石だったが、まさか自分がそのポジションになっていたとは思いも寄らなかったからだ。
自身の部屋でベッドに仰向けになり、空中をハルは見つめていた。
あの後、稽古場でマーガレットは訥々と語り続け「今はこれがぜんぶ」と絞り出すように言うと、ぐったりして倒れるようにハルにもたれかかった。
マーガレットは顔が真っ赤になっており、熱がぶり返したようだった。ハルは慌てて小さなマーガレットを背中に担いでベル家に送り届けた。
丁度家にはルイスがいたのでマーガレットが熱を出して倒れたと伝えると、何度も感謝された。
マーガレットを背中から下ろすと、ルイスにしがみついて幸せそうな顔をしていたので大丈夫そうだなとハルは帰宅し、今の状態になっている。
(4歳が前世のややこしい単語を使って沢山喋るのは本当に疲れただろうし、改めて礼を言わないと……)
ハルは自身が4歳だった頃はあんなに喋れただろうかと考えていると、頭の中に白い天井を見上げ細い腕につけた点滴の管で遊ぶ小さな子どもの姿が脳裏に浮かんで来た。
(これは……前世の4歳の俺か?)
前世のハルは入院すると毎日のように点滴を打たれるので、点滴の針の痕が痣のように腕についていた――その痣の色までも思い出すことが出来た。
(他の異世界転生者と喋ったから、前世のことをいつもより鮮明に思い出せるようになったのか……?)
マーガレットから新情報を手に入れ、頭の中にある鍵のかかった引き出しが開けられたような気分になっていた。
(うん……とりあえず情報を書き出そう)
ハルは深呼吸してからガバリと起き上がり、机に向かうとソードストーリー関連の帳面を開き、羽根ペンで3つの図形を描いてそれぞれにソードストーリーと書いた。
(マーガレットの話だと、インディーズ……つまり自主制作の原作が「聖なる剣の物語」という名前だそうだ)
ハルはマーガレットから得た情報を、つらつらと帳面に箇条書きにした。
――ソードストーリーは製作者が過去に自主制作した「聖なる剣の物語」を元にしている
――「聖なる剣の物語」から「ソードストーリー」のPC版が作られ、更に家庭用ゲーム機に移植された
――マーガレットの前世は「ソードストーリー」のPC版を好んでプレイし、「聖なる剣の物語」もプレイしている
――「聖なる剣の物語」は硬派なハイファンタジーのノベルゲームとなっており、恋愛アドベンチャーゲームではない
ここまで書き終わると、ハルは息を一つついて羽根ペンで「重要項目」とラベルを書き、一番の新情報を書き出した。
――ハル・グリーンウッドは村を魔族に襲われたことをきっかけに魔王配下のオリエンス卿の力に魅入られてしまい「ハロルド・オリエンス」となって闇落ちする――
そこまで書いて、ハルは頭を抱えた。
(俺の一番の困惑の元はこれだ。自分のことはただの一般村人だと思っていたのに……)
新情報により、何故マーガレットの年齢が合わないのか、ルイスの幼馴染である自分は何者なのかという疑問は解けた――疑問は解けたが、納得して受け入れられるかと言えばそれは別の話だった。
(この世界が「聖なる剣の物語」なら……勇者パーティーが魔王に立ち向かう硬派な王道ファンタジーだ。恋愛ゲームじゃないから「選ばれし少女」なんてヒロインはいない……そして、俺は……悪役令息。しかも力に魅入られて魔族に取り入って……養子だか眷属だかになるような奴なんて……)
マーガレットが懸命に悪役令息について語った言葉を思い出しながら、羽根ペンを握り直して項目を書き加えた。
――聖なる剣の物語に登場するハルは粗暴で負けず嫌いで小賢しく、心優しい幼馴染のルイスに執着していた。
――魔王復活後、村が魔族に襲われ、命の危機を感じた時、全てを焼き尽くすオリエンス卿の闇の力に囚われ、魅入られた。
――あるルートではハロルド・オリエンスはルイスを攫い、ルイスの妹から請われて救いに来た主人公達に倒され、敗走し崖から身を投げて生死不明となる。
ハルは大きなため息をついた。自分自身の疑問を書いた注釈で帳面が埋まりかけたので、一旦羽根ペンを置いた。
(書き出したら少し落ち着いて来たけど、闇落ちした上にルイスを攫うって何なんだ……しかも敗走して身投げなんて……)
どうして知らないゲームの知らない登場人物に転生したのかと唸りながら考えていた時、鮮明になった記憶の引き出しが頭の中でパカリと開き、ハルは更に鬱々とした気持ちになった。
(思い出したぞ……俺は……前世の俺は……)
ハルは「聖なる剣の物語」というタイトルをマーガレットから聞いた時「名前を聞いたことがある」と既視感を覚えていた。
(前世の俺は「聖なる剣の物語」を……多分、ほんの少しだけプレイしたことがあるんだ)
それは前世のハルがソードストーリーの攻略サイトを見ていた時のことだった。攻略サイトにあるリンク先から、元となったインディーズゲームの体験版がダウンロード出来るようになっていた。
当時、本当に何気ない気持ちで攻略サイトを見ていたノートパソコンに、体験版のファイルをダウンロードした。
(体験版……名前、ちゃんと覚えていないけど、ソードストーリーの元になったゲームってことはあれが「聖なる剣の物語」だ)
前世のハルはソードストーリーの世界観が気に入っており、ルイスという登場人物を好ましく思っていた。あの世界の元ネタが見てみたい――そんな軽い気持ちだった。
(それで確か……体験版を途中までやって、合わないなって投げ出したんだ)
古めの自主制作ゲームだったためか、テキストを主体とした硬派な画面とフリー素材らしき画像の登場人物達に前世のハルは慣れなかった。
その上、最初の村に出て来る登場人物がルイスにやたら嫌味ったらしく接しており「何だこいつ」と前世のハルは体験版を序盤で投げ出してしまった。
(その……何だこいつって思った登場人物……多分、あれがハロルド・オリエンス……聖なる剣の物語の……ハルだ……)
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