【BL/R18】元勇者の幼馴染は故郷の村に想い人がいるらしい【異世界転生描写有り】

テルマ江

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元勇者の懊悩(ハル視点)

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 グラステラ王国暦1188年、ハルは10歳になった。部屋の中には両親や村長の手伝いをして貯めて小遣いで買った古本が積まれ、魔王やソードストーリーについて書いた帳面は数冊目になっていた。

(この国の歴史やら、剣の守り手の一族やらの情報を集めたけど……今ひとつ要領を得ない)

 ハルは帳面を捲り、栞を挟んだ古本を開いた。

――グラステラ王国は遥か昔、流星の欠片が大地の元になって出来た国だ。この国には聖なる剣と盾が存在しており、それを選ばれし勇者が持つことによって国は守られて来た。

――勇者は剣と盾によって選ばれるがある日、剣と盾、それぞれが別々の人物の手に渡った。それがグラステラ王国の王子達で、盾は一番目の兄を選び、剣は二番目の弟を選んだ。

――兄弟は協力し、ある時は悪しき竜を剣で倒し、ある時は魔獣の牙から民達を盾で守った。しかし、次第にお互いの力を疎ましく感じるようになり、国を守るはずの勇者二人が争うようになった。

――二人の争いによって聖なる剣と盾は砕け散り、グラステラ王国の星による封印の力が弱まってしまった。

――千年の昔、この地を支配していた魔王は輝ける星の大地に封印されていたが、砕け散った盾の力を取り込むことにより復活を遂げた。

――争いにより兄二人を喪った三番目の弟王子は、砕けた剣の欠片を集めて打ち直し、新たな聖なる剣を作り出した。

 聖なる剣と魔王に関する記述を寄せ集め、グラステラ王国の歴史と照らし合わせると、大体こういった話の流れになる。ハルはふぅっと息をついた。

(そして新しい聖なる剣によって選ばれし勇者が魔王を封印してめでたしめでたし……ってこんな童話みたいな終わり方なんてあるか?)

 その後聖なる剣は王族の手を離れ、砕け散った剣を打ち直した鍛冶師の一族によって隠されたらしい。恐らくこれが剣の守り手の一族だろうとハルは検討をつけていた。

(この歴史……実際は権力闘争なんかが絡んでいるんじゃないか? だって剣と盾は一人の勇者を選ぶはずが、王族のそれぞれの王子の手に渡るって時点できな臭いし……)

 調べた範囲によると刀を作り直した三番目の王子も若くして亡くなっており、王位は別の弟が継いだらしい。昔とはいえ王族の歴史の薄暗さにハルはげんなりした。

(どこの世界にも「良い話として伝わった歴史が実は」みたいなのってあるんだな)

 聖なる剣の話と昔の王族の薄暗い歴史が重なっていて分かり辛いが、独自の調査によっていくつか新情報を得ることが出来ていた。

(転々としか記述が無くて纏めるのに時間がかかってしまったけど、ここから更に情報を集めて行かないとな。しかし小遣いで集められる古本にも限りがある……)

 村で小遣い稼ぎをし、街に連れて行って貰った際に参考になりそうな古本を買う――この繰り返しで1年をかけて調べた。途中から古本を集めるのが趣味になっていたので苦にはならなかったが、もう少し専門的な本が欲しくなっていた。

(例えばグラステラ王国の王立図書館にあるような蔵書とか)

 そう考えながら帳面と本を閉じてため息をつき、机の上に置いているコップに入った牛乳をゴクリと飲んだ。

(俺は一般村人の平民だし、田舎から子どもがどうやって王都に行くんだ。いや、あると言えばあるか。でもそれは……)

 田舎生まれの子どもでも王都に行く方法がある。それは王都にある上級学校の推薦試験に受かることだ。

 ハルは現在村の学舎に通っている。村の子どもは8歳で学舎へ入学してから大体12歳になるまでに皆卒業していく。この大体というのは、早めに家業を継ぐ者や職人になるために街に出向く者がいるからだ。

(推薦試験に受かれば王都の上級学校に行けるし、国から援助金が出る……けれど)

 ハルは勉強にはけっこう自信があった。古本集めが趣味になってから歴史に詳しくなっていたし、計算盤を使う授業では前世の知識にある数式や暗算方法が役に立ち、学舎ではいつも優秀な成績を収めていた。

 試験には自信があったが、上級学校に行きたくない理由が一つあった。

(王都の上級学校は遠過ぎて、村からは通えないんだよなあ……)

 上級学校には寮があり、地方から通う者はそこを利用していたが、ハルはどうしても村にいたかった。

(だって……ルイスがいないのは嫌だし)

 子どもっぽい理由かもしれないが数年ルイスに会えないとなると、ハルにとっては死活問題だった。

◇◇◇

 牛乳を啜りながらどうしようかと思案していると、部屋の扉がノックされた。誰かと思い、立ち上がって扉を開けるとルイスとマーガレットがいた。

「こんにちは、ハル」

 二人は挨拶をしてくれたのでハルも挨拶を返し、用件を尋ねた。

(ルイスに会えなくなることで悩んでいて……そんな時にルイスの方から尋ねて来るなんて、偶然でも何だか嬉しいな)

 そんな風に考えてニヤつきそうになる表情を抑え、出来る限り平静を装った。

「あのねマーガレットが動物の図鑑が見たいって言っててさ。学舎の図書室よりハルの方が面白い本持っているから、貸して貰えないかなって」
「ハルのご本、みせてもらえたら嬉しいの」

 ルイスが用件を言い、マーガレットもそれに続いた。

「おばさんに家に上げて貰ったんだけど。ごめん、もしかして勉強中だった……?」
「ううん、全然。本を読んでただけだよ。図鑑は好きなの持って行ってよ」

 ルイスに申し訳なさそうにされたので慌ててそう言って、二人を部屋に通した。

「ほらマーガレット、良いってさ」
「ハル、ありがとう」

 マーガレットは嬉しそうに本が詰まった棚に駆け寄った。ルイスはそんなマーガレットをにこやかに見守っており、和やかな光景にハルは安らぎを感じた。

「そう言えば、マーガレットは菓子作りをしたいんだよな。古いけど菓子の本もあるから持ってけよ」
「そんなに借りていいの?」
「俺はもう読んだ物ばかりだし。好きなだけ借りて、好きな時に返しに来れば良いよ」
「ありがとう!」

 そう言うとマーガレットは満面の笑みになり、更に真剣に本を選び始めた。ハルは自分のベッドに腰掛けると、兄妹の楽しそうな姿をぼんやりと眺めた。

(今日はルイスと遊ぶ約束もしていなかったのに会えるなんて、俺はツイているな)

 幼馴染のルイスとは頻繁に会っていたが、毎日というわけではない。勉強やら調べ物があると遊びの約束が出来ないこともあった。
 
(剣術の稽古も受けないとだし、小遣い稼ぎもしないといけない。同じ村にいるルイスに少しでも会えないと寂しく感じるのに、上級学校になんて俺は通えるのか……)

 腕を組んで考えごとをしているとルイスが寄って来て、隣に腰掛けた。

「ハル、本当にありがとう。マーガレットも喜んでいるよ」
「う、うん、別に、このくらい」

 自分のベッドにルイスが腰掛けている姿にハルは妙にドキドキしてしまった。

「学舎の図書室も本の種類がもっとあれば良いんだけどね」
「そうだな。俺ので良ければいつでも借りに来てよ」
「ハルにそう言って貰えて嬉しいよ」

 ニコリと微笑んでからルイスはジッとハルを見つめて来た。

「な、何、ルイス。どうしたの?」

 深緑色の瞳に見つめられハルはたじろいだ。ドキドキしているのを見透かされたのだろうか――そんな風に考えているとルイスは首を傾げた。

「ねえ、背が伸びた?」
「ああ、うん、まあね」

 9歳の終わり頃からハルは身長が伸び始めた。まだルイスよりは低かったが「牛乳、卵、運動」の成果かもしれないと、密かに村長に感謝していた。

「やっぱり! ねえ、ハル、手の平をこっちに向けてみてよ」
「うん……?」

 ルイスに謎の行動を要求されたので、片手を上げて手の平を見せた。

「ほら、ハルって手が僕よりも大きい」
「えっ、あ、ル、ルイス?」

 手の平に自分の手を合わせて来たので、ハルは顔が熱くなった。

「手が大きいと、背も大きくなるって言うし。いつかハルに身長抜かれちゃうかもしれないね」
「そうだったら、良いな……」
「僕も負けないようにしようっと」

 そう言ってハルの手の平を健闘を称え合うようにペチペチと楽しそうに叩いてから下ろした。

(ルイスってたまに……こういう、俺の心を騒がせるようなことをして来るよな。可愛いから良いけどドキドキして困る)

 ハルはルイスの行動に翻弄されて、しばらく合わせた手の温もりしか考えられなくなっていた。

「ねえ、ハル、机の棚にあるご本もみていい?」

 そんなハルにマーガレットが本を抱えておずおずと尋ねて来た。

「……うん、良いよ」

 ハルはぼんやりしたままそれだけ答えた。

 その後、ハルは机の本棚がソードストーリー用の資料ばかりだったことに思い至るのだが、この時のハルは何も――本当に何も考えられずに返事をしていた。


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