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元勇者の秘密(ハル視点)

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 ハルとマーガレットにはある共通の秘密がある。

 ハルは子どもの頃、ルイスに秘密をほんの少し話してしまったことがあるが、きっと空想話だと思われているだろう。それくらい突拍子もない話だからだ。

(でも、俺は……それがあったから、ルイスへの感情が特別な物だと気づいたんだ)

 目を細めて思い出を懐かしんでいると「ねえ」とマーガレットが声をかけて来た。

「王都は楽しめた?」
「疲れた」
「あなたってそういうタイプよね」

 クスクスと口元を押さえて笑った。

「貴族に色仕掛けでもされたの? ハルって顔と肩書きだけは良いからね」

 マーガレットは大人びた言葉遣いで「ねえ元勇者様」とからかうように微笑んだ。ハルははぁっとため息をつき、大皿に残っているケーキを一切れ掴んだ。

「ちょっと、小皿に載せて丁寧に食べてよ。せっかく可愛いケーキを焼いたのに」

 ルイスを起こさないようにマーガレットは小さな声でブツブツと小言を言った。

「良いだろ。俺は田舎者の平民なんだから、手掴みで物くらい食べる」
「……ふーん、よっぽど王都が疲れたのね」

 ベイクドケーキをパクパクと食べるハルをマーガレットは呆れたように見つめた。

「ねえ、それで王都でのことを詳しく話してくれない?」
「何だ、土産話でも聞きたいのか? あまり面白い話はないぞ」
「良いのよ。ちょっと情報として知りたいだけ。私は魔王を浄化した後の話なんて分からないから」
「ああ……そういうことか」

 マーガレットの言葉を聞き、肩に寄りかかっているルイスを確認した。ぐっすりと眠っていて起きる素振りはない。ハルはケーキをペロリと平らげると、ポツポツと話はじめた。

「……王都での稽古試合は元勇者を負かしたという事実が欲しいのか、あの手この手を仕掛けて来る奴が多かった。それに夜の貴族主催のパーティーは腹の探り合いで……派閥争いに俺を引き込みたがっていたな。土産を探しに一人で城下町を観光した時が一番楽しかった」

 連日連夜パーティーなど出ていられないと感じ、そっと抜け出してルイスへの土産を探しに商人ギルドに出向いた。実際の「勇者」の姿など世間一般では知られていないので、ハルは悠々自適に城下町を歩き回ることが出来たのだった。

「稽古試合は負けたの?」
「まさか」
「ふふ、あなたって負けず嫌いだものね」

 クスクスと可憐に微笑み、マーガレットは眠るルイスの手を握った。

「特に変わりはないみたいで安心した」
「そうか」
「ええ、だって私達は魔王がいなくなった世界で……それ後のことなんて、分からないから」
「それが普通だろ。。これからもずっと」
「それも……そうね」

 マーガレットはルイスの腕を撫でて目を細めた。

「まあ、お兄ちゃんが幸せなら何でも良いのよね、私」
「それは同意する」
「ハル……あなたのことは気に食わないけれど、お兄ちゃんを大事にしてくれる所は認めてるのよ?」
「珍しいな。俺を褒めるなんて」

 からかうように言うとマーガレットは頬を膨らませた。

「別に褒めているわけじゃなくて! 私は……妹だからお兄ちゃんを大事にしたいけれど、私じゃダメな時もあって。お兄ちゃんは私といると兄として振る舞うしかないから……ハルみたいな対等な存在がいるのが心の安らぎになるって言うか……もう、分かりなさいよね!」

 キッと頬を赤くして睨まれた。

「分かってるよ。マーガレットにも可愛い所があるんだな」
「私はいつだって可愛い」
「はいはい、そうだな」

 ハルは適当な返事をして温くなった茶を啜り「そういえば」と何気ない風に呟いた。

「何?」
「俺はこれからルイスに恋愛的なアプローチをしていくつもりでいる」
「……はいぃ?」
「妹のマーガレットには伝えておこうと思ってな」
「は……? ちょっと……何を」
「ルイス自身から鈍感な相手には『言わないと分からない』とアドバイスを受けたんだ」

 ニコリと愛想良く笑いかけるとマーガレットは「アプローチ? お兄ちゃんに?」やら「でも、どこかの馬の骨よりハルの方がまだ……マシ?」やら「でもでも、ハルが私の義兄に? 嫌っ、絶対に嫌っ!」やらブツブツと呟きながら随分と狼狽えていた。ハルはマーガレットの慌てふためく姿を貴重に感じたので、面白がってしばらくの間観察していた。


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