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プロローグ 幼馴染は元勇者(ルイス視点)
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二人の間に気まずい沈黙が流れた後、扉をノックする音が響いた。
「……誰か来たみたいだね。出ないと」
「出なくて良いよ。今日は人が来る予定も無いし。多分行商とかだ」
ハルはため息混じりにそう言ってルイスをギュッと抱きしめた。
「ちょ、ちょっとハル……」
「今は……俺の話をルイスに聞いてもらいたいんだ」
ハルがそう言うとまた呼び鈴が鳴り、先程よりも力強い音で玄関がノックされた。
「こんにちはー、いらっしゃいますか?」
鈴を転がすような少女の声が扉の向こうから聞こえる。聞き覚えのある声だったためか、二人して動きがピタリと止まった。
「…………ますます出なくて良い」
「何でだよ!」
ハルの胸をポカポカと叩いたが、抱きしめる腕は緩まらない。
「こーんーにーちーはー。いるの知っているんですからねー?」
またノックの音がして、可憐な少女の声に似つかわしくない静かな圧が言葉の中に含まれ始めた。声の持ち主はマーガレット・ベル――ルイスの目の中に入れても痛くない大事な大事な妹だ。
「ハールー? お兄ちゃんを連れ込んだの知ってるのよー? どうして開けられないのー?」
ノックを続けながら歌うような声色に不穏さが滲んでいく。
「も……ほら、マーガレットが帰っちゃうから、出ないとだろ」
「はぁ……分かったよ」
ハルはしばらくの間様子を窺うように息を潜めていたが、諦めたのかルイスを抱きしめる腕を緩めた。
緩んだ腕の中から這い出すように抜け出て服を整えていると、ハルもモゾモゾと起き上がり眉間にシワを寄せて頭を掻いた。
「……俺が出るから、座ってて」
「う、うん」
きまり悪そうに言って立ち上がり、玄関に向かって歩いて行った。
(き、気まずい……マーガレットが来なかったら、ハルは何を言うつもりだったんだ? いや、でも、マーガレットが来てくれて良かった気もする。あのままだったら……僕はハルと、何て言うか……)
あの甘ったるい空気の中のハルの息遣いを思い出してルイスは顔が熱くなってしまった。
(僕は何を考えているんだ……! 大事な幼馴染に不埒なことを考えて……恥ずかしい……)
ルイスは顔を押さえてフルフルと首を振り、何度か深呼吸をした。
「ハルー? 出て来なさいよー。出ないとこの扉……」
「聞こえてる。うるさい」
扉が開く音がしたのでチラリと玄関の方を見た。扉の向こうには黒に近い焦げ茶色の長い髪に深緑色の瞳をした可憐な少女――マーガレット・ベルが立っていた。右手にはバスケットを持ち、左手には何故か薪割り用の斧が握られている。
「お邪魔虫め…………だから…………だろ?」
「あなたって…………なんて…………だからね!?」
二人はルイスに聞こえないようにするためかボソボソと小さな声で言い合っているようだった。
(本当、昔から二人は仲が良いなあ)
ハルとマーガレットは二人とも華やかな見た目をしているので、並んでいる姿はまるで舞台俳優達のようだなとルイスは幼馴染と妹の姿を温かい目で見守った。
「お兄ちゃん!」
しばらくの間二人を眺めていると、視線に気づいたマーガレットがハルの横をすり抜け、子犬のように駆け寄って来た。
「私ね。ケーキを焼いたから持って来たの!」
先程までハルが座っていた場所にポスンと座り、バスケットを開いてルイスに見せた。バスケットの中には赤いベリーが散りばめられたベイクドケーキが入っており、焼き立てなのかふわりと香ばしい匂いがする。
「わあ、ありがとう。マーガレットのケーキは美味しいから楽しみだよ」
「ええ! お兄ちゃんは私のケーキが好きなのよね」
「うん、好きだよ」
「うふふふ!」
マーガレットは嬉しそうにルイスの腕に抱きついた。
「マーガレット、さっき斧を持ってなかった? 薪割りでもしていたの?」
「んー? んーん、持ってない。お兄ちゃんの見間違いじゃない?」
きょとんとした顔で大きな目を見開き、可愛らしく首を傾げた。
「うん……? 見間違い、そうなのかな?」
「きっと見間違いね。お兄ちゃんお店の棚卸しで忙しかったから疲れているのよ」
マーガレットはニコニコと微笑んでぎゅうぎゅうとルイスの腕を抱きしめた。
「……マーガレット、そこは俺が座っていた場所だ」
玄関の扉を施錠していたハルが渋い顔でルイスとマーガレットのいるソファに歩み寄って来た。
「お兄ちゃんの隣が良い」
「ここは俺の家だ」
「私は妹だからお兄ちゃんの隣が良い」
「……はぁ、別に……取らないから、そんな怒るなよ」
「別に怒ってない」
「こーら、喧嘩はダメだよ」
また二人が小競り合いを始めようとしていたのでルイスが割って入った。
「二人が仲が良いのは知ってるけど、喧嘩するのはダメだよ。ね? ハルもこっち側に座れば良いんだし」
諌めるように言うと、間隔を詰めて座り直し反対側にスペースを開けた。
「別に……喧嘩してるわけじゃないのよ?」
「……俺も」
ハルとマーガレットがバツの悪そうな表情になったのでルイスはクスクスと笑った。
「ほら、僕がケーキを切ってくるからさ。二人で仲直りしておいてよ」
マーガレットの腕を解き、ルイスがバスケットを持って立ち上がると二人とも無言でコクリと頷いた。
(マーガレットはハルと似ている所が多いから、ちょっと突っかかっちゃうのかな? 普段のマーガレットは天使みたいに優しい娘なんだけど……)
もしかしたらハルのように気を張って疲れているのかもしれないなとルイスはハッとした。
(それでハルと喧嘩して発散しているんだとしたら……兄の僕がもっと気にかけてあげないと。父さんも母さんも自由人だからな)
ルイスとマーガレットの両親は今は南の大陸で仕入れと称して趣味の旅行を楽しんでいる。定期的に手紙は送られて来るが、マーガレットがそんな両親に呆れている可能性はおおいにあった。
(さすがにマーガレットの成人の儀には帰って来るだろうけど、もっと親に甘えたりしたい年頃だろうしなあ……)
うーんと唸り、台所からソファの二人を見ると無言で小突き合っているようだった。ルイスはそんな二人の姿にこっそりと苦笑した。
「……誰か来たみたいだね。出ないと」
「出なくて良いよ。今日は人が来る予定も無いし。多分行商とかだ」
ハルはため息混じりにそう言ってルイスをギュッと抱きしめた。
「ちょ、ちょっとハル……」
「今は……俺の話をルイスに聞いてもらいたいんだ」
ハルがそう言うとまた呼び鈴が鳴り、先程よりも力強い音で玄関がノックされた。
「こんにちはー、いらっしゃいますか?」
鈴を転がすような少女の声が扉の向こうから聞こえる。聞き覚えのある声だったためか、二人して動きがピタリと止まった。
「…………ますます出なくて良い」
「何でだよ!」
ハルの胸をポカポカと叩いたが、抱きしめる腕は緩まらない。
「こーんーにーちーはー。いるの知っているんですからねー?」
またノックの音がして、可憐な少女の声に似つかわしくない静かな圧が言葉の中に含まれ始めた。声の持ち主はマーガレット・ベル――ルイスの目の中に入れても痛くない大事な大事な妹だ。
「ハールー? お兄ちゃんを連れ込んだの知ってるのよー? どうして開けられないのー?」
ノックを続けながら歌うような声色に不穏さが滲んでいく。
「も……ほら、マーガレットが帰っちゃうから、出ないとだろ」
「はぁ……分かったよ」
ハルはしばらくの間様子を窺うように息を潜めていたが、諦めたのかルイスを抱きしめる腕を緩めた。
緩んだ腕の中から這い出すように抜け出て服を整えていると、ハルもモゾモゾと起き上がり眉間にシワを寄せて頭を掻いた。
「……俺が出るから、座ってて」
「う、うん」
きまり悪そうに言って立ち上がり、玄関に向かって歩いて行った。
(き、気まずい……マーガレットが来なかったら、ハルは何を言うつもりだったんだ? いや、でも、マーガレットが来てくれて良かった気もする。あのままだったら……僕はハルと、何て言うか……)
あの甘ったるい空気の中のハルの息遣いを思い出してルイスは顔が熱くなってしまった。
(僕は何を考えているんだ……! 大事な幼馴染に不埒なことを考えて……恥ずかしい……)
ルイスは顔を押さえてフルフルと首を振り、何度か深呼吸をした。
「ハルー? 出て来なさいよー。出ないとこの扉……」
「聞こえてる。うるさい」
扉が開く音がしたのでチラリと玄関の方を見た。扉の向こうには黒に近い焦げ茶色の長い髪に深緑色の瞳をした可憐な少女――マーガレット・ベルが立っていた。右手にはバスケットを持ち、左手には何故か薪割り用の斧が握られている。
「お邪魔虫め…………だから…………だろ?」
「あなたって…………なんて…………だからね!?」
二人はルイスに聞こえないようにするためかボソボソと小さな声で言い合っているようだった。
(本当、昔から二人は仲が良いなあ)
ハルとマーガレットは二人とも華やかな見た目をしているので、並んでいる姿はまるで舞台俳優達のようだなとルイスは幼馴染と妹の姿を温かい目で見守った。
「お兄ちゃん!」
しばらくの間二人を眺めていると、視線に気づいたマーガレットがハルの横をすり抜け、子犬のように駆け寄って来た。
「私ね。ケーキを焼いたから持って来たの!」
先程までハルが座っていた場所にポスンと座り、バスケットを開いてルイスに見せた。バスケットの中には赤いベリーが散りばめられたベイクドケーキが入っており、焼き立てなのかふわりと香ばしい匂いがする。
「わあ、ありがとう。マーガレットのケーキは美味しいから楽しみだよ」
「ええ! お兄ちゃんは私のケーキが好きなのよね」
「うん、好きだよ」
「うふふふ!」
マーガレットは嬉しそうにルイスの腕に抱きついた。
「マーガレット、さっき斧を持ってなかった? 薪割りでもしていたの?」
「んー? んーん、持ってない。お兄ちゃんの見間違いじゃない?」
きょとんとした顔で大きな目を見開き、可愛らしく首を傾げた。
「うん……? 見間違い、そうなのかな?」
「きっと見間違いね。お兄ちゃんお店の棚卸しで忙しかったから疲れているのよ」
マーガレットはニコニコと微笑んでぎゅうぎゅうとルイスの腕を抱きしめた。
「……マーガレット、そこは俺が座っていた場所だ」
玄関の扉を施錠していたハルが渋い顔でルイスとマーガレットのいるソファに歩み寄って来た。
「お兄ちゃんの隣が良い」
「ここは俺の家だ」
「私は妹だからお兄ちゃんの隣が良い」
「……はぁ、別に……取らないから、そんな怒るなよ」
「別に怒ってない」
「こーら、喧嘩はダメだよ」
また二人が小競り合いを始めようとしていたのでルイスが割って入った。
「二人が仲が良いのは知ってるけど、喧嘩するのはダメだよ。ね? ハルもこっち側に座れば良いんだし」
諌めるように言うと、間隔を詰めて座り直し反対側にスペースを開けた。
「別に……喧嘩してるわけじゃないのよ?」
「……俺も」
ハルとマーガレットがバツの悪そうな表情になったのでルイスはクスクスと笑った。
「ほら、僕がケーキを切ってくるからさ。二人で仲直りしておいてよ」
マーガレットの腕を解き、ルイスがバスケットを持って立ち上がると二人とも無言でコクリと頷いた。
(マーガレットはハルと似ている所が多いから、ちょっと突っかかっちゃうのかな? 普段のマーガレットは天使みたいに優しい娘なんだけど……)
もしかしたらハルのように気を張って疲れているのかもしれないなとルイスはハッとした。
(それでハルと喧嘩して発散しているんだとしたら……兄の僕がもっと気にかけてあげないと。父さんも母さんも自由人だからな)
ルイスとマーガレットの両親は今は南の大陸で仕入れと称して趣味の旅行を楽しんでいる。定期的に手紙は送られて来るが、マーガレットがそんな両親に呆れている可能性はおおいにあった。
(さすがにマーガレットの成人の儀には帰って来るだろうけど、もっと親に甘えたりしたい年頃だろうしなあ……)
うーんと唸り、台所からソファの二人を見ると無言で小突き合っているようだった。ルイスはそんな二人の姿にこっそりと苦笑した。
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