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 教授と挨拶をして別れ、携帯電話を確認するとメッセージアプリの会社用グループにオレ宛てのコメントが届いていた。内容を見ると後輩が担当している作家の先生が探している資料についての確認だった。

 就業時間ではないし明日でも構わないかなと一瞬考えたが、最近担当についた作家の先生と二人三脚で頑張っている後輩の顔と今日見た学生の顔が重なった。コメントメッセージが届いたのはほんの30分前だ。

(今日は編集長も出張でいないし、副編集長はいつもあっちこっち走り回っているし、後輩が配属された頃に少し面倒を見ただけのオレに連絡して来るってことは、他の人が捕まらなかったのかもしれない)

 文面がやたら申し訳無さそうだったので、オレは苦笑した。思えばオレが営業から文芸出版部にやっとの思いで配属されたばかりの頃も勝手が違い過ぎて空回ってばかりいた。

(そんなに時間がかかりそうな内容じゃないし、電話で確認しておこう)

 取り敢えず慌てず落ち着いて行動することと、会社の資料室で目当ての物が無ければ古書店街にある本屋に何軒かアテがあることを伝えよう。
 
 電話をかけるために会場の外へ向かおうと人混みを避けるように歩いていると、敬久さんの横を通ることになった。彼はキラキラした目の学生や卒業生達に囲まれて笑顔で対応している。

(今日はずっと人気者だなあ。以前に映像化した敬久さんの作品が最近になって配信サービスで公開されたし……そういう影響もあるのかな)

 何だか敬久さんが遠くに行ってしまったようで寂しさを感じてしまった。

(……ダメだ。担当のオレがこんな風に考えてどうする。敬久さんの作品が色々な人に知られて、人気者になるなんて素晴らしいことじゃないか!)

 勝手な葛藤を抱きながら横目で盗み見ていると、不意にこちらを向いた敬久さんと目が合った。オレは気恥ずかしくなり会釈を返すと、敬久さんは小さく左手を振って『後でね』と口をオレにだけ見えるように動かした。

(くっ……)

 オレは照れくさくなって足早に会場を後にした。

(さっきオレが考えていたこと……見透かされていないよな?)

 今日は『遥君』ではなく『担当編集の此木』として来ていたはずなのに、好きな人が遠くの存在になってしまっただの、人気者になって寂しいだのと、我ながら情けないことを考えてしまった。

(ダメだ……恥ずかしい……見透かされていなかったとしても、そんな風に思ってしまったのが心から恥ずかしい。そ、それに、敬久さんもだ……!)

 オレはフルフルと首を振り、会場の外の廊下を歩いた。

(さっきのは……絶対に指輪をそれとなく周囲に見せるために左手を上げたな。敬久さんいたずらっぽい所があるから。そういう……そういう所も、可愛いけれど……!)

 顔が熱い。このまま水を被りたいくらいだ。オレは心を落ち着けるべく、歩きながら深呼吸をした。

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