恋風

高千穂ゆずる

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青嵐

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 亮の耳に、しのぶの容態が伝わったのは、田畑に抱かれた翌日だった。
 女将の顔は酷く不機嫌で、寄るもの触るもの皆に当たり散らしている。恐る恐る亮が訊ねてみると、
「花柳病なんだとさ!」
吐き捨てるように女将は答えた。
 なんだろう、それは。亮のその顔に、女将がヒステリックに叫ぶ。
「性病だよ、性病! うちだけじゃないさ。あっちこっちで出てんのよ。ああ、もう、なんだってんだい!」
 女将に取りつく島がないことを知った亮は、傍にいた賄い婦に訊ねてみる。
「いろんな男と寝るのが商売だろ? 春を売ってナンボの商売だからね。その中の誰かが病気を持っていたんだろうさ。それを伝染されて知らずに別の男と寝て病気を伝染す。まあ、よく聞く梅毒だろ、しのぶもさ」
「梅……毒……?」
 亮の世間知らずに賄い婦は驚いた顔で「知らないのかい?」と素っ頓狂な声をあげた。
「誰が持ち込んだかわかんない病気らしいんだけどね。男と寝るのが商売の公娼宿にゃあ、天敵みたいな病気だ。それに」
 賄い婦は声を急に潜めた。亮は屈んで賄い婦の口元に耳を近づける。
「それに、花街自体を潰すっていう計画をお国が立ててるって話だ」
 それで食ってるあたしらにとっちゃあ、と賄い婦はぶつくさと文句を垂れるが、亮がそれを止めた。
「病気に罹った人はどうなるんです? しのぶ姐さんは、今どこにいるんですか?」
「梅毒病院だよ」
 賄い婦の言葉を、亮は反芻した。
 どうしたものかと考えあぐねているところへ、女将のがなり立てる声が飛び込んでくる。──亮は、視線を女将に向けた。
 警察と思われる制服を着た、若い男三人ほどが女将の前に立ちはだかっていて、なにやら険悪な雰囲気で言い争っている。もちろん激昂して怒鳴り散らしているのは女将の方で、警察官は至極冷静に対応していた。
 なにを話しているか、耳を欹てなくとも良く聞こえた。女将の大きな声を警察官が諌めているぐらいだ。
「なんで全員なんだい! 病気の女だけを連れて行きゃあいい話だろう」
「だから、先ほどから何度も説明しているでしょう。全員に検査するよう通達が来ているんです」
「その間、この店はどうするんだい。女がいなきゃ商売ができないじゃないか。それとも、お上が補償してくれるってのかい?」
「いえ、ですから。花街そのものをですね。撤去するってことなんです。これはれっきとした行政処分です」
 女将は足を踏み鳴らして抗議している。
 亮は、事態が上手く飲み込めないでいたので、どうして女将があんなに怒っているのかもわからなかったし、梅毒という病気の怖ろしさもわからなかった。ただ理解できたのは、警察がやって来て、月季花の従業員に検査を受けろと言っていることだ。よもやその全員検査が喬一との分かれ目になるとは、露ほども思っていなかった。
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