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第二部
エピローグ
しおりを挟む「ご苦労だったね、クロスくん」
ラウドさんとの戦いが終わり、その足でソリアまで戻った僕は、一人市長室を訪れていた。
もちろん、事の顛末をカイさんに報告するためである。
彼女は僕の話を黙って聞き、それから労いの言葉をかけてくれたのだった。
「今回は、本当にご苦労だった。多くの犠牲は出たものの、ラウドたちを潰せたのは大きい。この国にとっても、世界にとっても」
「はあ……まあ、そうですね」
「……この部屋に来てからずっと心ここにあらずといった風だが、大丈夫かね」
珍しくカイさんが心配してくれるが、別に体調不良というわけではない。
ただ単純に、エール王国を揺るがすと危険視された闇ギルドを壊滅させた実感がないだけだ。
結果だけを見るなら、作戦開始から僅か一日足らずでの快挙である。
「『死神の左手』に続き、二回目の闇ギルド討伐か……君たち未踏ダンジョン探索係には足を向けて寝られないものだ。感謝しているよ」
「仕事ですから。若干職務範囲を逸脱している気はしますけどね」
思えば、最近は全く未踏ダンジョンに潜っていない。
名前のお飾り感が増すばかりである。
「そう言えば、君が来る前にウェインから連絡があってね。近いうちに礼がしたいそうだ。楽しみにしていてくれと言っていたよ」
「それは……なんでしょう、楽しみですね」
ラウドさんを倒した後のバタバタで、ウェインさんとは満足に話ができずに別れてしまったし、再び会う機会があるのは素直に嬉しい。
精々、楽しみに待たせてもらおう。
「とにもかくにも、しばらく休暇をあげるからゆっくり休息してくれたまえ。これから先は私の仕事だ。君たちの活躍に恥じぬよう、馬車馬の如く働くさ」
「破滅龍」を潰すという目的を達成したとはいえ、事態が収束したわけではない。
エール王国各地で沸きあがっている、国や正規ギルドへの不満……ラウドさんが残した爪痕は、あまりにも大きい。
「さて……とりあえず私は、軍との話し合いに出掛けるとしよう。クロスくんは、宿舎に戻るかね? よければ誰かに送らせよう」
「ああ、いえ。部署に戻ってやることがあるので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「そうか。あまり働き過ぎないように気を付けてくれ。君はこの国にとって掛け替えのない人材なのだからね」
「……大袈裟すぎますよ。僕は、ただの一公務員です」
「私はそうは思わないがね。君とニニくん、それにベスくんも、この国を救ってくれた英雄だよ。これは、嘘偽りない本心さ」
カイさんはそう言い残し、片手を上げて颯爽と姿を消した。
随分と高評価を頂いたようで、胸の辺りがむず痒くなる。
少しでもその期待に応えられるよう、頑張っていくしかない。
「やっほークロスさん! おつかれさまでーす!」
未踏ダンジョン探索係の部署に戻った僕を出迎えてくれたのは、やたらとテンションの高いニニだった。
国を救った英雄の一人なのだから、もっと威厳を持ってほしいものである。
……人のことは言えないが。
「カイさんから金一封くらいもらえましたか?」
「発想が卑し過ぎるだろ」
「命懸けの戦いだったんですから、相応の対価を頂かないと困りますよ」
「それを自分から言のが如何に格好悪いか気づいてくれ」
せっかく褒めてもらったのに、台無しである。
この発言がカイさんの耳に届かないことを祈るばかりだ。
「褒められただけじゃ腹は膨れませんよ。誠意というのは形で見せるものです。具体的には金品で」
「お前、いつからそんなに嫌な奴になったの?」
金に意地汚さ過ぎる。
愛らしい猫耳とのギャップがすごい。
「いいじゃないですか、少しくらい愚痴ったって。『竜の闘魂』が復活するまで、私は貧困に喘ぐことになるんですから……安定している公務員にはわからないでしょうけど」
「……『竜の闘魂』が復活するって、信じてるんだな」
「もちろんです。時間は掛かるかもしれませんが、竜は再び空を飛びますよ」
ニニは笑顔で言い切る。
ジンダイさんやエジルさんのことを信頼しているのだろう……僕にできることがあれば、彼らに力を貸してあげたいものだ。
「それじゃ、この杖はお返ししますね。ベスさん、すっかり眠っているらしくて、いくら話しかけても全然反応ありませんでしたよ。折っちゃおうかと思いました」
「物騒なこと言ってんじゃねえ」
僕はニニから、預けていた杖を受け取る。
カイさんとベスは何だかんだ折り合いが悪いので、市長室に連れて行かないよう配慮したのだが、寝ているのなら関係なかったか。
「ではでは、また仕事があれば呼んでください」
「それなんだが、しばらく休みをもらったから仕事はないよ」
「マジですか⁉ 私、食い扶持が完全になくなるんですけど⁉」
「落ち着け、ニニ。今度二人で、攻略済みのダンジョンにでも潜ろう。ちまちま魔石を売れば、贅沢はできなくても生きていけるさ」
「めんどーですけど仕方ありませんね。しっかりエスコートしてくださいよ、クロスさん」
露骨に嫌そうな顔をしながら、ニニはすごすごと尻尾を巻いて部屋を出る。
僕は去り行く彼女の背を見送ってから、自分の席に腰を下ろした。
「……ベス」
静かに呼びかけるも、杖から返答はない。
きっと、スヤスヤと熟睡しているのだろう。
「……おやすみ」
彼女の耳には届かないだろうが、一応挨拶をして。
適当な書類をアイマスク代わりにし、背もたれに寄りかかる。
張っていた気が緩み、あと数秒もすれば夢の世界へ旅立てそうだ。
そうして眠ると、朝がきて。
また――夜がくる。
繰り返していく日常の中で、どれだけベスと一緒にいられるのか……そんなことは、神様だって知りはしない。
けれど、少なくとも。
明日目覚めた時、僕の傍にベスはいる。
その事実だけで、今日はぐっすり眠れそうだった。
第二部・了
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