上 下
106 / 108
第二部

終幕 001

しおりを挟む


 ベスが放った黒色の魔力。
 ジンダイさんの撃ち出した斬撃。

 二つの攻撃に挟まれたラウドさんに、逃げ場はなかった。

 彼が相棒のドラゴンを連れていれば、あるいは何かしらの対応ができたかもしれないが。

 僕がそんなたらればを考える義理もないのだろうけれど。


『地に落ちたか、龍よ。まあ、儂とこやつに喧嘩を吹っ掛けた時点で、お前の命運は決まっていたんじゃがな』


 杖からベスの声が聞こえてくる。
 エルフ専用の封印魔法なんていう大仰なものを食らっておいて、随分と元気そうだ。


『ラウドよ、さっさとこの封印を解け。お前の中に強者としてのプライドが少しでも残っているならな』


 地面に仰向けに倒れ、全身から大量の血を流しているラウドさんに意識はあるのだろうか。

 下手をしたら既に息絶えているのではと思ったが――しかし。

 彼は、僅かに唇を動かす。


「やるじゃねえか、エルフの嬢ちゃん……封印されてるのに魔法を使えるなんざ、想定外だぜ。それにジンダイ……お前の魔法も、中々のもんだった」


 今にも絶命しそうな重傷を負いながらも、それを感じさせない語り口でラウドさんはしゃべる。


「ったく、まさかこんな形で俺の夢が終わるとはな。万全を期し、慎重に慎重を重ね、罠を張り巡らせて準備したってのに、この様か」


『お前の敗因は、儂の力を測り損ねていたことじゃ。この程度の封印なら、時間さえあれば魔法を使うことくらいは容易い』


「この程度か……一応、イザナギの命と引き換えに発動した封印魔法なんだがな。確かに、お前さんの実力を過小評価していたみてえだ……クククッ、こんな化け物染みた、化け物よりも化け物みてえな力を持ってるとはな」


 そう言うラウドさんの顔は、笑っていた。
 自身が命の危機に瀕しながらも、強敵との戦いに心躍っているのだろう。


「……なあ、エルフの嬢ちゃんよ」


『なんじゃ。封印を解く気になったか』


「それは俺が死ねば自動的に解けるようになってるから安心しな……あと数分で、お前らの目的は達成されるってわけだ」


『ほう、それは随分と儂らにとって都合のいい魔法じゃの。手間が掛からんで助かるわ』


「まあ、こうして死ぬつもりもなかったからな……それより、聞いておきたいことがある。死にゆく俺に情けをかけると思って、一つ教えちゃくれねえか。お前さんの魔力……『向こう側』の力についてだ」


 「向こう側」の力。

 初めて彼と出会った時も、その言葉を耳にした覚えがある。
 でも、ベスはそれについては全く知らないと言っていたはずだ。


『……悪いな、ラウドよ。お前の言うその力について、儂が知っていることはないんじゃ』


「いいや、それは違うぜ、嬢ちゃん。お前は知っているはずだ。ただ忘れちまってるだけなんだよ」


『儂は確かに物覚えの良い方ではないが、どうしてお前がそう断定できる』


「説明がつかねえからだ。エルフは長生きする程魔力を増すとは言え、嬢ちゃんのそれは異常過ぎるぜ……なあ、頼むから思い出してくれねえか」


 縋るように、ラウドさんは言う。

 三大ギルドのマスターという立場を捨ててまで追い求めた力……その詳細について、どうしても知りたいのだろう。


は教えてくれなかった。エルフを探せというヒントはくれたが、それ以外はだんまりさ。まあ結局、俺如きじゃ辿り着くことができない力だったってことか」


 あいつ?

 不意に漏れたその言葉が、少しだけ引っかかった。


「……すみません、ラウドさん。僕からも、一つ訊いていいですか?」


「お前は……クロスだったか。何だ、言ってみろ」


「あなたを闇ギルドの道へと引き込んだ相手……それを教えてほしいんです」


「ん? ああ、そういやそんな話もしてたな。カイからの頼まれ事だっけか? 全く、あの嬢ちゃんは相変わらず勘が鋭くて可愛げがねえぜ……」


 ゴフッと、ラウドさんの口から血が溢れ出る。

 彼に残された時間は、もう長くない。


「……男の価値は、人生の最後に何を残せたかで決まる。後進のために、ちったあ価値のある置き土産でも残していってやるか」


 言って。

 ラウドさんは、自身が闇へと堕ちた原因を口にする。


「俺に接触してきたのは、闇ギルド『七天アルカナテッセ』のマスターだ。奴の名はイグザ……嬢ちゃんと同じ、『向こう側』の力を持つ人間だぜ」


『儂と同じ……?』


「『七天』の目的は知らねえが、ただの闇ギルドじゃねえことは確かだ。ま、精々気を付けるこったな。俺にエルフ専用の封印魔法を教えてくれたのは、そのイグザなんだからよ」


 「七天」のマスターが、ラウドさんに封印魔法を教えただって?

 それじゃあまるで、その人までベスのことを知っているみたいじゃないか。


『……イグザとは何者なのじゃ。人間が儂と同程度の魔力を持てるわけがない』


「だろうな。だが事実だ。あいつの魔力は嬢ちゃんに匹敵する……俺もその力を手に入れたかったんだが、そろそろ退場の時間らしい」


 ラウドさんから流れる血は止まらない。

 エール王国最強のドラグナーの命が、潰える。


「……あなたはどうして、強者だけが生き残れる世界を作ろうなんて考えたんですか?」


 僕は最後に、気になっていた疑問をぶつけた。

 魔法の力で全てが決まる世界。
 強者のみが生き残る世界。

 どうしてそんなものを目指すのか――僕にはわからない。

 わからないよ、シリー。

 彼女も、ラウドさんと似たようなことを言っていた。

 この国は変わる。

 正規ギルドなんていうくだらない集団は消えて、強者のみが生き残る世界になる。

 そう、言っていた。


「……どうして、か。逆に問おう、クロス。今の世界は正常か?」


「今の、世界」


「そうだ。国やギルドが力を持ち、互いに仮初の平和を維持しようと躍起になっているこの世界だ。俺には、酷く歪に見えるね。力ある者は自由にその力を振るえるべきだ。法だの秩序だのに縛られず、己の力を行使するべきだ。俺たちが持つ魔法という力は、本来とても自由なんだよ……お前も、そこの嬢ちゃんを見て思うところはあるだろう」


 ベスを見て思うこと。

 二百年の時を経て封印から目覚めた彼女にとって、今の世界はとても息苦しいだろうと。

 そう感じたことがないと言えば、嘘になる。


「俺たちは自由だ。強い者が強くある、それが自然の摂理だ。理だ。この国は、世界は、それを歪めている。だから俺が変えてやろうと思った。強者が報われる世界を、作ろうと思った」


「……」


 ラウドさんの理屈が腹落ちしないのは、僕が弱者だからだろう。

 最強と呼ばれたドラグナー。

 そんな彼だからこそ、この世界に違和感を覚えたのだろう。

 ならば――きっと。

 ラウドさんよりも強いベスも、同様の違和感を持っているのかもしれない。


「お前はどうだい、エルフの嬢ちゃん。自由に力を使えず、強者が報われないこの世界のことを……お前は、正しいと思うか」


 そんな問いに対し、ベスは静かに口を開いた。


『……確かに、自由に生きられないこの世界は酷く窮屈じゃ。じゃがまあ、儂は大概、この世界が好きじゃぞ』


「……そうか。俺も別に、嫌いじゃなかった気がするぜ」


 最後にそう言い残し。

 ラウドさんの瞳から、光が失われた。

 こうして。

 僕たち未踏ダンジョン探索係は、見事「破滅龍カタスドラッヘ」を壊滅させたのである。

 僕の心は、晴れない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界帰りの勇者は現代社会に戦いを挑む

大沢 雅紀
ファンタジー
ブラック企業に勤めている山田太郎は、自らの境遇に腐ることなく働いて金をためていた。しかし、やっと挙げた結婚式で裏切られてしまう。失意の太郎だったが、異世界に勇者として召喚されてしまった。 一年後、魔王を倒した太郎は、異世界で身に着けた力とアイテムをもって帰還する。そして自らを嵌めたクラスメイトと、彼らを育んた日本に対して戦いを挑むのだった。

虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~

すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》 猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。 不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。 何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。 ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。 人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。 そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。 男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。 そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。 (

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...