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第二部
奥の手
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ベスの発動した魔法によって、ラウドさんの使役する紫の龍――紫電龍イザナギの頭が消滅する。
魔法生物も生物である以上、司令塔である頭部を破壊されてしまえば生きてはいられないだろう。
エール王国最強のドラグナーの相棒であるドラゴンの命が、今潰えた。
龍の背に乗っていたラウドさんは、力なく落ちていく巨体から距離を取るように跳躍し……遥か上空から、僕らのいる地上へと着地する。
遅れて、イザナギの死体が墜落してきた。
「……」
ラウドさんは無言のまま、相棒の亡骸に触れる。
「最強のドラグナーとやらも、操る龍がおらねば何もできまい。勝負はついたぞ」
黒い翼をはためかせながらゆっくりと下降してきたベスは、淡々とそう言い切った。
ドラゴンを失った今でもラウドさんの存在が脅威であることに変わりはないが、しかしベス相手では話が違う……どう足掻いても、彼に勝ち目はない。
勝負は――決した。
「……ククッ、クククッ……ガーハッハッハ!」
だが。
この絶望的な状況を前にして、ラウドさんは笑う。
「……気でも触れたか、ラウドよ。男は最後に何を残すかが大事だと抜かしておったくせに、そんな散り際で良いのか」
「ククッ……いや、別におかしくなったわけじゃねえから安心しろ。俺はな、嬉しいんだよ、エルフの嬢ちゃん」
「嬉しいじゃと?」
「ああそうさ。『向こう側』の力は、やっぱりすげえんだって再確認できたんだからよ……俺は絶対に、その力を手に入れる」
一通り笑い倒した彼は、仕切り直すように首をゴキゴキと鳴らした。
そして。
自身の右腕を――伏したイザナギの腹部に突き刺す。
「っ! な、何をしとるんじゃ、お前!」
「俺は狡賢いんだって言ったろ? こういう事態に備えて、奥の手は用意しとくもんだぜ!」
こういう事態というのは、つまりイザナギが倒された場合を想定してたってことか?
三大ギルドの元マスターで、この国有数の実力者でありながら、どこまでも抜かりない人である……そこまでの知略があるからこそ、相応の実力を手に入れたとも言えるが。
しかし、この状況をひっくり返す手立てなんてあるのだろうか。
どんな魔法を使ったところで、ベスには通じないはず――
「【悲運の枝】!」
ラウドさんとイザナギが、紫色の魔力に包まれ。
その魔力に呼応するように――僕の足元に落ちている杖が光り出した。
「――っ」
どうして、この杖が反応している?
理屈はさっぱりわからないが、僕の背中に嫌な汗が伝う――だって。
この杖は、ベスが自分自身を封印するために使っている触媒であり。
彼女と、強い力で結ばれているのだから。
「今すぐ杖を折るのじゃ!」
何かに気づいたベスが、僕に向かって叫んだ。
だが、その直後。
彼女の身体が光に包まれ――消えた。
消えたというのは、文字通りの意味で。
さっきまでそこにいたはずのベスの姿が、完全に見えなくなった。
消失し。
消滅し。
霧消した。
あいつが自然と放っていた隠しきれない強大な魔力も――感じることができない。
ベスは。
僕らの前から、いなくなった。
「ベ、ベスさん……」
後ろから、ニニの悲痛な声が聞こえる。
僕は、何も言えなかった。
「これが奥の手ってやつだ」
ラウドさんはドラゴンに差していた右腕を引き抜き、付着した血液を振るう。
数秒後――光を失ったイザナギの身体が、ボロボロと崩れ落ちていった。
その様子を、彼は悲しそうな目で見つめる。
「見ての通り、こいつの魔力と引き換えに発動する魔法なんだが……できれば使わずに終わらせたかったもんだ。まあ、最後にあのエルフに一矢報いれただけでも、こいつにとっちゃ本望だろうよ」
「……あんた、一体ベスに何をしたんですか、ラウドさん」
流暢に語り出した彼を制するように、僕は言う。
腰の剣に、手を添えながら。
「お前は……すまんな、名前聞いたっけか? この前ウェイン嬢と一緒にいたのは覚えてんだけどな」
「……クロス・レーバンです」
「そうか。とりあえず落ち着けや小僧。そんな殺意剥き出しの面をしてるが、お前じゃ俺に勝てないことくらいわかるだろう」
「……」
ラウドさんの言う通り、僕なんかじゃ彼に指一本触れることすらできない。
そして僕だけじゃなく……この場に残った誰も、あの人には敵わないのだ。
勝てるのは、ベスだけだった。
そのベスすら、もう……。
「そこまでの剣幕になるってことは、あのエルフの嬢ちゃんに相当思い入れがあるらしいな、小僧」
「……ベスは、僕にとって自分の命よりも大切な存在なんです。あいつに何かしたのなら、僕はあなたを許さない」
「威勢だけは一丁前だな……まあ、そんなに怒るなよ。別に殺しちゃいねえ」
言って、ラウドさんは未だに光り続ける杖に目をやる。
「さっき俺が使ったのは、俗に言う封印魔法ってやつだ。ただし、そんじゃそこらの魔法じゃねえ。とある男から教わった、対エルフ専用の封印魔法なのさ」
「エルフ専用……?」
と言うことは、彼は最初からベス一人を狙い撃ちするために奥の手を仕込んでいたってことになる……それよりも、そんな特異な魔法をラウドさんに教えた男ってのは誰なんだ。
対エルフ専用なんて……エルフがほとんど姿を消してしまった現代において、これ程役に立たない魔法もないのに。
「随分と使い勝手の悪い魔法でな、さすがの俺でもイザナギを媒介にしねえと発動できないレベルの曲者だったが……結果オーライってところか」
そう言いながら、ラウドさんは少しずつこちらへ近づいてくる。
彼の視線の先には、ベスが封印された杖。
「小僧、大人しくその杖を渡せ。そうしたら、苦しまないように殺してやる」
「……渡しませんよ。この中にベスがいるっていうなら、絶対に」
「別に俺は構わねえよ。例えどれだけ抵抗したところで、お前ら全員を殺すのに数分だっていらねえんだからな」
相対してわかる、ラウドさんの異常なまでの魔力。
立っているのもやっとな程、気圧される。
でも、ここで倒れるわけにはいかない……何とかして、ベスを、みんなを助けるんだ。
考えろ、考えろ、考えろ。
逆転は無理でも起死回生には程遠くても、何か打つ手を探すんだ。
でないと、死ぬ。
ものの数分で、僕らは殺されてしまう。
「じゃあ、精々男を見せてくれや、小僧」
ラウドさんの振り上げた右手に、魔力が集まる。
もう策を練れるような時間はない……とにかく前に出て、ニニたちが逃げる時間を稼ぐしか――
「【氷剣―吹雪】‼」
凄まじい冷気が、僕の背後から発せられた。
その青い魔力はラウドさんに襲い掛かり、振り上げられた彼の右腕を凍りつかせる。
「……既に心は死んでると思ったがな、ウェイン嬢」
魔法を使ったのが誰か、考えるまでもなかった。
三大ギルドのサブマスターが一人。
氷の使い手――ウェイン・ノット。
「俺の罠にみすみす嵌り、軍の人間を何十人も殺しちまった大戦犯が、この期に及んで何かしようってのか?」
ラウドさんは右腕の氷を破壊しながら、ウェインさんを嘲笑する。
確かに、「破滅龍」がこの場所に現れるという情報を掴んだのはウェインさんだ……罠に嵌ったというのは、だから間違いではない。
人一倍責任感が強い彼女だからこそ、そのミスに心を砕かれていたのだろう。
「……私は取り返しのつかない過ちを犯しました。けれど、それを言い訳に現実から目を逸らすわけにはいきません」
いつの間にか僕の前に出てきたウェインさんは、愛刀を構え直し。
氷のように冷たい目で、ラウドさんを睨んだ。
「私の所為で死んでしまった彼らのためにも、私は戦う!」
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