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第二部
死闘 002
しおりを挟む闇ギルド「破滅龍」のマスター、ラウドさんの罠に嵌った僕たちは、大きく戦力を削られてしまった。
軍から派遣された七十人あまりの人員は戦闘不能に陥り、対する「破滅龍」は何十ものメンバーを有している。
誰がどう見ても、この状況をひっくり返すのは不可能だと断言するはずだ。
しかし。
紫の髪をしたエルフだけは、違っていた。
彼女は、天に掲げた右手に漆黒の魔力を集める。
「何をする気かは知らねえが、この人数相手じゃ無駄な足搔きだぜ! お前ら、遠慮なく叩き潰してやれ!」
上空からラウドさんが号令をかけた。
それに応えるように、地上にいる闇ギルドのメンバーたちが唸り声をあげる。
「ま、まずいですよクロスさん!」
「わかってるよ!」
狼狽えているニニを庇うように一歩前に出るが、しかし僕なんかがどうにかできる問題でないことは明白だ……ベスはまだ魔法を発動しないし、ウェインさんに至っては力なくその場にへたり込んでしまっている。
そんなこちらの事情を勘案してくれるはずもなく、敵は威勢のいい雄叫びを上げながら突撃してくる。
「落ち着け、お主ら。もう終わる」
と、僕とニニに向けて、ベスが静かに口を開いた。
直後、彼女の右手に集まった魔力が一直線に空へと伸びる。
その黒い波動は巨大な鎌を形作り――「破滅龍」のメンバーを、一閃した。
「【黒の大鎌】」
一瞬。
まさに一瞬の出来事。
僕らを襲わんと迫ってきていた五十人前後の軍勢が、一人残らず地面に伏している。
三大ギルドの元マスターが、その地位を捨ててまで作り上げた闇ギルド……この国を根本から揺るがす革命とまで危惧されている、そんな組織が。
たったの一薙ぎで、壊滅に追い込まれたのだった。
「……」
誰も声を上げることができない。
敵であるラウドさんはもちろんのこと、味方である僕らでさえ、目の前の光景を黙って見届けるしかなかった。
豪快な爆発音も、派手な見栄えもない一撃。
それだけで充分だった。
ベスが人間に対して魔法を使う場面はそう多くなかったし、ましてや本気を出すことなんてほとんどなかっただろう。
ここで言う本気とは、つまり殺す気ということだ。
ベスが本気になったら。
こうもあっさり――人の命が消えていくのか。
「……どうやら、有言実行ができるタイプのエルフみたいだな、嬢ちゃん」
静寂を破ったのは、龍の背に乗って地上を見下ろすラウドさんだった。
「俺が寝る間も惜しんで集めた精鋭たちを、よくもまあ赤子の手を捻るが如く殺してくれたもんだ」
「はっ。赤子の手を捻る方がまだ難しいわ、情が沸く」
ベスは無表情のまま上空を見上げる。
「こりゃまた、気持ちいいくらいに言ってくれるぜ……さすがは『向こう側』の力を持つエルフだ」
「随分と余裕そうじゃのぉ、ラウド。地上では部下が死に、リーダーが一人龍の背に乗って飛んでいる姿は滑稽じゃぞ」
「滑稽で結構。生憎俺は、格好つけるために生きてるんじゃねえからよ……ただまあ、なんだ、舐められたままってのも性に合わねえな」
「舐めてなどいない、正当な評価じゃ。儂は今すぐお前の首を取れる……が、生かしておいているのじゃ。カイに頼まれ事をしておるからの」
カイさんの名前が出たことで、ラウドさんの表情が一瞬曇った。
「……頼まれ事だと? あの夢見がちな嬢ちゃんから?」
「そうじゃ。お前がどこの闇ギルドと通じておるのか、それを確かめろとの頼みじゃよ」
「なるほどな。あの嬢ちゃんらしい疑問だ」
言いながら、彼はじっと自分の右手の甲に目を落とす……そこには、「破滅龍」の紋章が刻まれている。
「……ま、別に教えてやってもいいんだが、こういうのは死ぬ間際に言うのが格好いいってもんだろ?」
「格好つけるために生きてはおらぬと言っておったのはどこのどいつじゃ」
「死に際だけは別だ。男の価値は、人生の最後に何を残せたかで決まる」
「はっ。なら、今すぐ息の根を止めてやる」
「お手柔らかに頼むぜ、エルフの嬢ちゃん」
猛者同士の間に、合図などいらなかった。
ラウドさんの従える紫色の龍――紫電龍イザナギが、大きく口を開く。
「【紫電龍息吹】‼」
「【黒の大鎌】‼」
龍の吐いた雷とベスの魔法がぶつかり合う。
強大な魔力が反発し、辺りに衝撃が走った。
「みなさん、私の後ろに!」
ニニの声に促され、僕らは彼女の背後に移動する。すかさず、ニニの盾が青白く光り、衝撃波を受け止めた。
あの戦いが始まってしまった以上、いよいよ何も手出しはできない。
この場にいる誰もが、無意識の内にそう感じていた。
「【紫電龍召雷】‼」
イザナギの頭部に生えた角に雷が落ちる。
爆発的に広がる魔力が一点に集中し――ベス目掛けて射出された。
直撃すれば消し炭すら残らないであろう強力な攻撃……だが、ベスは少しも慌てず右手を振るう。
「【黒の虚空】‼」
僕らを覆うように黒いオーラが現れ、巨大な雷を打ち消した。
「これも防ぐか、エルフ! どこまでも規格外な奴だ!」
自分の魔法が通用していないにもかかわらず、ラウドさんはガハハハッと豪快に笑う。
彼はきっと、強者と戦うことを何よりも求めていて。
ベスも、それは同じだった。
「お前も、人間にしてはやる奴じゃな。儂は物忘れの激しい方じゃが、お前のことは百年くらいは覚えておるかもしれん……が、二百年後には忘れておる。その程度じゃ」
言って。
彼女は背中に黒い翼を生やし、飛翔した。
「これで終わりにしてやろう、ラウドよ。そのよく鳴くトカゲと共に朽ちるがよい……いや、トカゲと言うよりは蛇か? まあどっちでもよいわ」
そんな風に、雑談をする程度の気軽さで上空のラウドさんに近づきながら。
ベスは――魔法を使う。
触れるもの全てを消滅させる、比類なき絶対的な力。
「【黒の崩晶】」
漆黒の球体が出現し、紫電龍イザナギに触れた。
それだけが肝要で。
それ以外は必要なかった。
「――――――」
音もなく、龍の頭が吹き飛ぶ。
そこにあるのは。
圧倒的な、力の差だけだった。
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