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第二部
動き始めた時間 003
しおりを挟む僕の身体を借りたいというウェインさんの言葉に深い意味はなく……ただ単に、「竜の闘魂」ソリア支部への案内を頼みたいというものだった。
なぜ僕を案内係に指名したのかと尋ねたら、
「レーバンさんのお仲間に、『竜の闘魂』に所属している獣人の方がいましたよね? それにカイさんから、あなたはジンダイさんとも仲が良いと聞いていましたので。是非間に入って頂きたいんです」
とのことだった。
彼女が問題解決のエキスパートである所以は、こういう細かな人間関係の把握にあるのかもしれない……確かに、あのギルドをいきなり訪ねても、建設的な話し合いができるとは思えないしな。僕という緩衝材を挟むことで、ジンダイさんとの話し合いをスムーズにしたいのだろう。
というわけで、僕とウェインさんは役所を出て、一路「竜の闘魂」を目指していた。
「今日はココさんと一緒ではないんですね」
大通りを歩きながら、ウェインさんは軽い雑談を振ってきてくる。まあ、僕と彼女は知り合いとは言え、ベスみたいに冗談を言い合う仲ではないわけで……正直、向こうから話しかけてきてくれるのはとてもありがたかった。
「はい。あいつはギルドの仕事と探索係の仕事を半々でやってるんです」
「特別公務メンバー、でしたっけ。王都にもその制度はありますが、エリザベスさんやココさんのように、実際に成果を出している方を見るのは初めてですよ」
「そうなんですか?」
「王都では特に、正規ギルドと役所との仲が悪いですから……特別公務メンバーをやろうとする冒険者は、ギルドで仕事ができないような人たちばかりなんです。公務員として安定したい、という考えなのでしょうが……つまらない人たちですよ」
「……」
耳が痛かった。
まさにドンピシャで、公務員という地位を手に入れて安定を実現したい僕に対し、容赦ない物言いである。
「ああ、もちろんレーバンさんみたいに実際に役人になっている方は良いと思います。ただ、ギルドとの二足の草鞋は、中々できたものではありません。その点、ココさんは器用にこなされていると思いますよ。オーグでお話させて頂いた時も、年齢にそぐわぬ知性を感じました」
「はあ……あいつ、外面は良いですからね」
さすが、三大ギルドのサブマスターだけあって、一度しか会ったことのない相手をよく観察している……が、ニニは別に器用というわけではないのだ。
二年前、彼女の故郷と一族は、とある闇ギルドによって壊滅させられてしまった。あいつはその仇を討つために冒険者となり、現在は特別公務メンバーとして国の仕事も掛け持ちながら、闇ギルドの情報を集めているのである。
器用だからではなく、そうしなければならないから――追い詰められた猫は、虎を殺すために爪を研いでいるのだ。
「そう言えば、ジンダイさんって現在進行形でギルドにいるでしょうか? 忙しそうに各地を飛び回ってるイメージなんですけれど」
「あの方は戦闘狂ですからね。一か所に落ち着くということができないんでしょう……ただ、今日はギルドにいらっしゃるはずです。事前に連絡だけはいれてありますので」
「あ、そうなんですね」
今回の訪問は突発的なものではないらしい……とすれば、久しぶりにジンダイさんに会うのは確定のようだ。まあぶっちゃけ、嬉しいかと訊かれれば普通と答えてしまう。何度か一緒に仕事をし、酒を酌み交わした仲ではあるが、あの人と僕は根本的な部分で違う人間なのだ。
それで言うと、ベスの方がジンダイさんと気が合っている。もし話し合いが拗れそうになったら、無理を言って起きてもらうのもありかもしれない。
「自分で言うのも情けないですが、私たちのギルドと『竜の闘魂』は決して良好な関係を築いていないので……レーバンさんが同行してくれて、とても助かります」
「あんまり期待されても困りますけどね……僕も別段、彼らとツーカーの関係ってわけでもないので」
何なら、一度ギルドを半壊させているし。
険悪になっていないのが不思議なくらいである。
「謙遜なさらないでください。ジンダイさんがパーティーを組むのは、気に入った相手だけらしいですよ。同じギルド内でも、彼とパーティーを組める冒険者はそういないと聞いています」
その情報は初耳だった。ウェインさんの言葉を信じるなら、僕は一応好意的に見られているのだろうか……逆にプレッシャーがすごい。
そもそもベスが規格外なだけで、三大ギルドのサブマスターともなればエール王国の中でも有数の実力者である。そんな人に気に入られているとか、こうして隣り合って歩いているとか、本来ならありえない状況なのだ。
「期待をするなと言われたのでそうしますが、頼りにはさせてくださいね。私、多分ジンダイさんに嫌われていると思うので」
そう言いながらペロッと小さく舌を出すウェインさんの表情に、不覚にもノックアウトされそうだった。
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