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第二部

動き始めた時間 002

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「あ、どうも……」


 いきなりの邂逅に驚き固まってしまい、僕は随分不愛想な感じで挨拶をしてしまう。


「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです」


 対するウェインさんは、気さくで人当たりの良い笑顔を浮かべていた。さすがは揉め事解決の達人だ。


「おや、何だい。君たちは知り合いかい」


 僕と彼女のやり取りを見たカイさんは、不思議そうに小首を傾げる。


「カイさんもお久しぶりです。レーバンさんとは、先日開かれたオーグでの魔導大会でお会いしまして……あなたの言っていた通り、素晴らしい冒険者でしたよ。見事優勝ですからね」


「何? 優勝? おいおいおいおい、クロスくん。そんな大事なことをどうして話してくれなかったんだね。『魅惑の香スイートパルム』主催の魔導大会でうちの職員が優勝したなんて、大々的に宣伝に使えるじゃないか」


「いやまあ、プライベートだったんで……」


「君の生活にプライベートなどほとんどない。あるのは風呂とトイレの中くらいだ。それ以外の出来事は逐一報告しなさい」


「そんな馬鹿な……」


 凄まじいパワハラを繰り出してくるカイさんから目を逸らしつつ、僕は市長室から抜け出るタイミングを見計らう。

天使の涙エンジェルラック」のサブマスターとソリア市長との会合を、僕如きパンピーが見聞きしていいものでないのは明らかなので、速やかに部屋から出たいのだけれど。


「何をソワソワしているんだ、君は。トイレかい」


「もしトイレだとしても、それはプライベートなので言いたくありませんね」


「ははっ、無理して我慢しなくてもいい。君は誰かに見られながら漏らすと興奮するんだろう?」


「僕にそんな性癖はない!」


 やめろ、ウェインさんが汚物を見る目でこっちを見てるじゃないか!


「……コホン。できれば、レーバンさんにも聞いて頂きたい話なのですが、同席をお願いしてもよろしいでしょうか」


 彼女は大きな咳払いをし、話題を変えた。さっきの戯言は水に流してくれただろうか、トイレだけに(座布団一枚)。

 それにしても、僕にも聞いてほしい話か……地位と権力のある彼女たちの話し合いに混ざるのは気が引けるが、頼まれたなら断るわけにもいかない。


「えっと、僕なんかで良ければ、大丈夫です」


「ありがとうございます……それと、エリザベスさんは杖の中にいらっしゃるんでしょうか?」


「あ、いるにはいるんですけれど、結構深く眠ってるみたいで。命に関わることでなければ起こすなって言われてるんです」


 喰魔のダンジョンを無事に脱出した僕らではあるが、自ら囮になったベスが消費した魔力は相当なものだったようだ。引きちぎった右腕を回復させるためにも、今はできるだけ静かに過ごしたいらしい。


「わかりました。であれば、すぐさま命に関わることではないので、エリザベスさんは起こして頂かなくて大丈夫です」


 ウェインさんはそう言うと、ツカツカとカイさんの目の前まで歩いていった。

 彼女の目が真剣なものへと切り替わり――緊張感が高まる。


「……それで、話というのは何だね。シリー・ハート女史の尻拭いで国中を奔走している君の、面白おかしい土産話を聞けるんじゃないかと期待していたんだが……どうやらそうでもないようだ」


「それはまた別の機会に。単刀直入にお話しすると、『竜の闘魂ドラゴンガッツ』が不穏な動きをしています」


「『竜の闘魂』が? どういう意味だい」


「……どうやら、ギルドマスターのラウドさんが、


 ウェインさんの言葉を聞いて、カイさんの目の色が変わった。僕も辛うじて表情には出していないが、内心動揺を隠せない。

 エール王国三大ギルドの一つに数えられる「竜の闘魂」のマスターが、闇ギルドと通じているなんて……にわかには信じがたい話だ。

 けれど、僕らは似たような前例を知っている。
 勇者だった僕の幼馴染――シリー・ハートが、闇ギルドに降ったのを知っている。

 そして、思い出す。

 シリーと最後に話した時、あいつは言っていた……あと数カ月で、この国は変わると。

 正規ギルドなんていうくだらない集団は消えて、強者のみが生き残る世界になると。

 そう――言っていた。


「……その情報は、君が独自で手に入れたものかね」


「はい。現状、うちと『魅惑の香』のマスターにしか伝えていません。国に話を通すには、あなたの力がいると思いましたので」


「……全く、次から次に面倒が舞い込む日だ」


 カイさんは眉間を押さえながら、長い溜息を吐く。


「わかった。国と軍へは、私から話を付けよう……ただし、彼らを動かすには確実な証拠がいる。ラウドの馬鹿がどこの闇ギルドと通じ、何をしようとしているのか。それを確かめてくれ」


「もちろんです。その調査も兼ねて、ソリアまでやってきましたから」


 言って。

 ウェインさんは、僕の方へと振り返る。


「レーバンさん……少しお身体、借りてもいいでしょうか」


 ……。

 はい?

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