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第二部
犠牲
しおりを挟む「どうして急に……他のモンスターは影も形もなかったのに……」
僕は目の前の現実を受け入れられず、そんな情けない言葉をこぼす。
「お主ら、立ち止まるな! あやつはこちらを狙ってきておる!」
超巨大なゴーレムに圧倒されてしまった僕とニニとは違い、ベスは的確に撤退の指示を出してくれた……そうだ、今さっきニニに向けて岩石が投げられたばかりじゃないか。こんなところで動揺している時間はない。
「ニニ、走れるか!」
「は、はい! 何とか!」
普通なら腰を抜かしてもおかしくない間一髪を潜り抜けてなお、彼女は軽快に走り出す。さすがは獣人だ、ピンチにおいてもその身体能力は変わらない。
僕は自身に【レイズ】の魔法を掛け(久しぶりの登場だ)、ニニの後を追う。
「出口の魔法陣まで突っ走りますよ! ――うわっ⁉」
調子を取り戻して全速力で駆ける彼女の前方に、再び巨大な岩が投擲された。あの巨体からここまで正確なコントロール……何か手を打たなければ、いずれあの攻撃に直撃してしまう。
「やっぱり、僕がゴーレムの注意を引きつけて……」
「ならん! あれはお主らでは絶対に歯が立たぬ相手じゃ!」
僕の提案は一瞬のうちに却下された。杖の中にいてもわかる程、ベスの声は緊迫している。
「図体のでかさは単純に強さに直結する! 例えニニの反射魔法を使ったとしても、あの岩人形には傷一つつけられん!」
「じゃどうすんだよ! このまま走ってても、いつか岩に潰されちまうぞ!」
「あともう少し走るんじゃ! そうすれば儂が何とかする!」
彼女の鬼気迫る叫びに押された僕は、黙って走り続けるしかなかった。
ベスが何とかする……なんなんだ、この胸騒ぎは。
まるで――自分を見ているような。
誰かを守るためなら命を捨てることを厭わないクロス・レーバンを見ているような――そんなモヤモヤした気分。
こいつは、何をやろうとしてる?
「っ! クロスさん!」
突然ニニがユーターンし、僕目掛けて突進してきた。彼女の小さな身体に押し飛ばされ、二人してゴロゴロと地面を転がっていく。
直後、元いた場所に大量の岩の雨が降り注いだ。
「あ、ありがとう、ニニ」
「あいつ、攻撃の仕方を変えてきました! マジでやばいですよ!」
持ち前の鼻の良さで僕のことを助けてくれた彼女は、背中に据えた盾に手を伸ばそうとする。広範囲への魔法攻撃に切り替えたゴーレムから逃げるのは不可能と考え、防御に出るつもりらしい。
だが。
「ダメじゃ! お主の防御魔法でも数秒ともたん! 今は儂を信じて走ってくれ!」
再び、ベスが制止した。
ここまで必死になって止めるということは、本当にあのゴーレムには敵わないと察しているのだろう。
ニニは一瞬迷ったように動きを止めたが、言われた通りに走り始めた。
「でも、ベスさん! このままじゃジリ貧ですよ! 魔法陣に辿り着く前にやられちゃいます!」
「大丈夫じゃ! あとほんの少し、進んでくれればよい!」
頭上から次々と降り注ぐ岩石の雨を何とか躱しながら、僕たちはベスの言葉を信じて突き進むしかなかった。
こんな綱渡りの逃走、あと数分も持ちはしないだろう……外へ通じる魔法陣までは、どんなに少なく見積もっても二十分はかかる。
でも、今はベスを信じるしか――
「よし! 止まれ!」
急な命令に反応が遅れたが、確かにベスが止まれと言った。周りは相変わらず木々に覆われているばかりで、起死回生につながりそうなものは何もない……一体、どうしようっていうんだ。
「一度しか言わん! 儂はこれから外に出て、あのゴーレムと儂に反応して出現するモンスター共を食い止める! お主らは、儂の作る翼で魔法陣まで飛ぶのじゃ!」
言うが早いか、ベスが杖から飛び出してきた。
喰魔に潜っている間は、絶対に杖から出ないと決めていた彼女が……事ここに至っては仕方ないという判断なのだろうが、しかし。
さっきの言葉は。
自分を犠牲にして、僕たちを助けるってことか?
「これに捕まれ! ここからならギリギリ魔法陣まで翼がもつはずじゃ!」
言って、ベスは自分の右腕を引きちぎった。
「っ! お、おい! そんなことして大丈夫なのかよ!」
「いいから早く掴め!」
彼女に睨まれ、僕はたじろぎながら引きちぎられた右手を掴む。
すると、激しく流血している切断面から魔力が溢れ――漆黒の翼が生えてきた。
「決して後ろを振り返るなよ! 右腕の魔力が足りなくなれば、魔法陣まで飛距離が稼げん!」
「何でこんなこと……お前も一緒に飛べばいいだろ!」
「儂も一緒に飛んだら、誰があのゴーレムの魔法を防ぐのじゃ! 湧き出すモンスターからの攻撃を、誰が捌くというんじゃ! いいから儂に任せろ!」
ベスの背中にも黒い翼が生え、僕らは同時に空へと飛び立つ。
だが、彼女は巨大なゴーレムと相対し。
僕らは――反対を向いていた。
「ベ、ベス!」
「安心しろ、お主。儂はお主と違って、命を粗末にしようとはせん。豪華客船に乗った気でいろとは言ったが、儂が沈むとは言っておらんぞ」
翼が大きく羽ばたき、僕らを魔法陣へと連れていこうとする直前。
ベスは――優しくそう言った。
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