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第二部
賭け
しおりを挟む売られた喧嘩は必ず買うベスの所為で、僕は屈強な男に睨みつけられている。
当の本人は僕の背中に隠れ、楽しそうにクククッと笑っていた……こいつ、許さねえからな!
「ほう……兄ちゃん、ガキの躾が足りてねえつけを払ってもらおうか」
「いやあのー、できれば穏便に済ませて頂ければなーなんて――ぐぅっ⁉」
腹を殴られた。
問答無用とはこのことか……くそ、いってえ。
「どうした、やり返さないのか?」
「……この一発で許してもらえないですかね?」
「そいつはできねえ相談だな!」
男の拳が再び飛んでくる。すんでのところで躱したが、すぐさま放たれた右脚の蹴りに対応できず、クリーンヒットしてしまった。
「お前、弱過ぎじゃねえか? 躾のし甲斐がねえじゃねえかよ」
「……」
いや、そもそも何で躾けられなきゃいけないんだよ。
僕を盾にしたベスに対する怒りが沸々と込み上げてきた、その時。
「すまなかった、もうよしてくれ」
ベスが――謝った。
売られた喧嘩を買った上で、彼女が謝るなんて――そんなこと、天地がひっくり返っても有り得ない。
「ああ? 今更謝ったって遅い……」
「いやー、ほんと調子に乗っておった。お前がそんなに強いとは思っておらんかった。見事な拳と蹴りじゃ、とてもじゃないが儂らでは太刀打ちできん」
「お、おう。わかりゃいいんだよわかりゃ」
……今度は褒め始めた?
一体こいつ、何をしてるんだ?
「……じゃが、このままこやつが負けを認めるとも思えん。そこで、どうじゃ? このギルドが主催する魔導大会とやらで決着をつけるというのは?」
「魔導大会でだと?」
「そうじゃ。お前も出場するのだろう? もしこの勝負、こやつの意地の勝負に乗ってくれるというのなら――五百万G賭けよう」
ベスの言葉を理解するのに数秒かかったが……え、こいつ、五百万を賭けるって言ったの?
「もちろん、万万が一こやつに負ければ、その時はきっちり五百万G払ってもらうが……まさかこの賭けから逃げたりしないよな?」
「逃げるだと? はっ、馬鹿言ってんじゃねえ! お前らこそ、しっかり五百万用意できるんだろうな!」
「無論じゃ。こやつの実家は金持ちじゃから安心せい」
「……いいだろう、その賭けに乗ってやる。俺の名前はマルコだ。魔導大会、楽しみにしてるぜ」
「こやつはクロスじゃ。お前の鼻っ柱を折るのを楽しみにしていると言っておる」
そんなことは一言も。
本当に一言も、言っていない。
◇
「お前、何て賭けをしてるんだよ!」
マルコと名乗った男から逃げるように酒場を後にした僕は、杖に戻りやがった頭のおかしいエルフを問い詰める。
「じゃからー、勝てばいいじゃろって。そうすれば何も問題はあるまいよ」
「勝ち負けの話じゃなくて、そもそもどうしてあんな馬鹿なことを言い出したのかって訊いてんだ!」
「この前言ったじゃろ、儂にも金を稼ぐ算段があると」
確かに言っていたけど、まさかその算段が今回の賭けってことか?
嘘だよね?
「昔、金が入り用な時によく使った手じゃ。わざと喧嘩を吹っ掛けて一度負け、その上で意地のために再戦してくれと申し込む……金を賭けることで、相手に勝負を受けるメリットを提示しての。そしてボコボコにするのじゃ」
「お前、そんなガバガバな計画であんなに自信たっぷりだったのかよ……」
信じられない……千五百年生きたエルフと十八年しか生きていない人間のスケールの違いなのかわからないけれど、彼女の理屈が全く理解できなかった。
「安心してください、クロスさん。今回ばかりは、さすがの私もベスさんの行動を擁護できません」
見かねたニニが、肩を落とした僕に同調してくれる。
「見ろ、ベス。ニニなんて、お前の作戦が馬鹿馬鹿し過ぎて酔いまで覚めてるじゃないか」
「何がそんなに受け入れ難いんじゃ。何のリスクもなく五百万手に入るんじゃぞ?」
「僕が殴る蹴るの暴行を受けたことは、じゃあこの際スルーでもいいよ……負けたらどうするんだ」
「なんじゃって?」
「だから、もし僕が魔導大会でマルコって人に負けたらどうするんだよ。正直僕、腕っぷしでは完敗だぜ」
それに、大会で何を競うのかすらわかっていないのだ。詳しくは当日発表があるとのことで、何をするかは今のところ未知数なのである。
「お主には儂がついておるじゃろ。この杖の中からサポートしてやる」
「それは心強いけど……ってことは、お前は大会自体には参加しないのか?」
「これでもまだ本調子には程遠いからの。それでも、一度試した時のように杖を媒介にしての魔法なら無理なく発動できる」
その魔法を使うには魔石が必要で、結果金もかかるということなのだが……こいつは本当にわかっているのだろうか。
「魔導大会で優勝すれば、あの男から五百万手に入って魔石も大量にゲットできるんじゃ。余裕でペイできるじゃろ」
あまりにも楽観的すぎる発言だが、これがベスなのだと言われればそんな気もする。
元々優勝するつもりでここまできたんだし……やるしかないか。これから先、彼女と主に過ごしていればこんな状況は山ほど待ち受けているのだろうし。
いい加減、僕も腹を括るべきである。
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