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第二部

祝杯 002

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「まあ飲みたまえ」


 カイさんに促され、僕は渡されたグラスに口をつける……いくら祝杯とは言え、昼間っから酒を飲むのはいかがなものかと思ってしまうのは、僕も公務員に染まってきた証拠かもしれない。

 ギルドの冒険者時代は、昼夜問わず飲みたい時に飲んで、食べたい時に食べて、仕事したい時に仕事してと、悠々自適な生活だったからな。いや、自堕落の方が近いか。


「ニニくんも遠慮しないでくれ。酒はまだまだたっぷりある」


「あ、私はお酒が苦手でして……」


「おや、それは失礼、知らなかったものでね……して、話は変わるが、クロスくん」


 グラスに入っていたお酒を一気に飲み干し、カイさんは僕の目を見る。


「あれから何か変わったことはあるかい? 特に体調面での話だが」


「……いえ、気にするようなことは何も。そもそも僕は戦いに参加してないですし」


「体調というのは、精神面も含めての意味だったんだがね」


「精神面、ですか?」


「そうだ。幼馴染のシリー・ハート女史が死んだことについて、君はどう感じている」


 まさかシリーの話だったとは……カイさんから見れば、僕は幼馴染を無くしたばかりの可哀想な男だ。そんな部下の精神状態を把握しておきたいのだろう。

 けれど、僕はもう決めたんだ。

 全員を平等に助けるのではなく――ベスやニニ、大切な人だけを守る覚悟を持つと。
 例え守るために何かを犠牲にしたとしても、その責任を負う覚悟を持つと。

 だから、シリーが死んだことは悲しいけど、それを気にしているわけにはいかないのだ。


「……大丈夫ですよ、カイさん。僕は、大丈夫です」


「そうか……ならいい。もし話したいことがあれば、気軽に声を掛けてくれ。君たちは、もう立派な仲間だ」


「……ありがとうございます」


 地位のある人に仲間だと言われて嬉しくなる辺り、僕も中々俗っぽい。いやこの場合、相手がカイさんだからだろうか?


「さて、実はもう一つ重要な話があるんだが……エリザベスくんは起きているかね?」


「あ、今起こしますね。おいベス! 起きろ!」


「そんな風に杖をガンガン床に打ち付けないでくれ、気でも触れたのかと思ったよ」


 この方法が一番手っ取り早いので仕方ない。まあ、もれなく後で怒られるという特典付きだが。

 程なくして。


「うっっっっっっっるさい‼ お主、その起こし方は二度とやるなと忠告したはずじゃぞ! 儂の二度とやるなは二度とやるなという意味じゃ! フリでも何でもない!」


 思惑通り、ベスが起床して杖の中から反応してくれた。フリでも何でもないと注釈されると、しかし再びやりたくなるのが男というものである。


「で、何で儂を起こしたんじゃ。お主らがピンチでないなら、極力寝ていたんじゃがの」


「すまないね、エリザベスくん。私が頼んだんだ。ただし、そこまで乱暴に起こしてくれとは言っていないがね」


「ふん、市長か……。なんじゃ、またぞろ闇ギルドに関する聴取というやつか? きっちりアポイントメントを取ってもらわんと、スケジュールが狂うじゃろうが」


「アポのことをしっかり略さず言うのは君くらいだよ……今日は違う話だ」


 言って、カイさんは椅子から立ち上がり、腕を広げる。

 何か重要な事柄について話す時――彼女はいつも、ああするのだ。


「エリザベスくん、クロスくん、そしてニニくん。君たちのパーティーの活躍は、非常に素晴らしい。そこで、私はある決断をしたのだよ」


「決断、ですか」


「そうだ。君たちには、以前君とエリザベスくんを苦しめた例のダンジョン――難易度SS級、喰魔じきまのダンジョンを


 彼女の言葉に、部屋の空気がひりつく。

 喰魔のダンジョン。

 僕とベスが初めて顔を合わせた場所であり、まだ勇者だったシリーのパーティーが壊滅しかけた、非常に危険なダンジョンだ。

 いや、危険なんて語彙じゃ到底表しきれない……あそこは、入ってきた冒険者の魔力に応じて生成されるモンスターの強さと数が変わる、異例のダンジョンなのだから。

 冒険者の人数が増えれば増える程不利になる……かと言って一人で挑めば、それだけ生存率は下がっていく。

 まさに八方ふさがりで、どうやっても攻略なんかできっこない。故にS級のさらに上、この国に三つしか存在しないSS級ダンジョンの仲間入りを果たしたのだ。


「……喰魔か。面白い、その誘いに乗ってやろう」


「本気か、ベス。いくらお前が強くても、あのダンジョンじゃ意味がない、むしろ逆効果なんだぜ?」


「それについては……その下準備もあることじゃし、潜るのは当分先になるが、それでもよいか」


「もちろん、いつになってくれても構わないよ。早ければ早いに越したことはないがね」


「まあそう焦るな……それよりも、なにお主らだけで旨そうな酒を飲んどるんじゃ! 儂にも寄こさんかい!」


 言って、ベスは杖からその身を顕現させた。

 ……あれ? なんか違和感があるぞ。

 紫の髪は常につやつやで紫紺の瞳は輝いて、身長は相変わらず小さくて顔はロリそのもので……うーん、いつも通りか。僕の気の所為だったらしい。


「気の所為ではない。ローブの色を少し変えた。二部仕様じゃ」


「二部仕様の意味はわからないが……それ、色が変わったって、黒のままじゃないか」


「よく見よ。薄っすら紫が混じっておるじゃろうが」


 言われてみれば……確かに。
 まあ、実際に変わっているからこそ、僕は違和感を覚えたんだろうしな。


「さて、酒じゃ酒じゃ。早くグラスを渡さんかい」


 ベスはカイさんの注いだシャンパンのグラスをひったくり、ご機嫌な顔で喉に流し込む。こいつも大概酒好きだよなぁ……ニニなんて一滴も飲まないのに。

 ……そう言えば、ニニが全くしゃべっていない。

 僕が恐る恐る背後を振り返ると。


「――ベェェェスさんじゃないですかー! つんとしたキュートなお耳が今日も愛らしいですねー!」


「ぎゃー⁉ 何をするかたわけ! 儂の耳を食うでない!」


 そうだ、あいつは酒の匂いだけで泥酔してしまうんだった。ベスのために新たに注がれた酒の所為で、我慢していたリミッターが外れたらしい。


「いいじゃないですかー! 減るもんでもないしー!」


「減るわ! 儂の耳は食われたら減る!」


 楽しくじゃれ合う二人だった。

 ここ、市長室なんだけどね。

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