上 下
59 / 108
第二部

予兆 002

しおりを挟む


「それはそうとクロスさん、私がここに来たわけを早く訊いてくださいよ」


 ニニは、未だに誰のものか判然としない椅子にだらんと腰かけ、桃色の髪をクシャクシャと掻く。実に愛嬌のある仕草だ。

 一応、なぜ僕が自分の部署にある椅子の所有者を把握していないのか理由を述べておくと、探索係には三人の先輩がいるのだが、一度もお会いしたことがないからである。必然、誰の机なのか椅子なのか、知る術はない。


「……お前はどうしてここに来たんだ、ニニ」


 彼女に促された通りの質問をする……確かに、ニニは特別公務メンバーではあるが公務員ではないため、役所に顔を出す必要はないのだ。

 普段は「竜の闘魂ドラゴンガッツ」という王国屈指の有名ギルドで冒険をしており、仕事があればこっちを手伝ってもらうのである。


「実はですね、うちのギルドが外注として受ける予定だった探索の仕事なんですが……


 ニニは申し訳なさそうな表情で言う。

 ここ魔法都市ソリアの探索係は深刻な人手不足で(僕を入れて四人しかない)、回らない業務は正規ギルドに外注しているのだ。

 僕はたまに、監督者としてギルドの仕事っぷりを監督する仕事をしていたのだが……どういうわけか、最近になって「竜の闘魂」が探索を請け負ってくれなくなったのである。


「……またか。一体どうなってるんだ? 確かに割のいい仕事じゃないけれど……これまでは普通にやってくれてたじゃないか」


「私も詳しいことはわからないんですが……うちの支部にくる依頼、探索だけじゃなく、破棄され始めてるんです」


「それは……本当にどうしたんだ? ダンジョン攻略以外に注力してることがあるのか?」


「いえ、それが特段そういうことでもないんですよ。ただ単純に、ソリア支部に回される依頼が減ってきているんです。マスターの意向、らしいんですけど」


 そう言えば以前、エジルさんもぼやいていたっけな……うちの支部にくる仕事がしょっぱくなってるとかなんとか。


「それを伝えるために、遠路はるばるこうしてクロスさんのところへやってきたというわけですよ」


「まず初めに感謝はするけど、はるばるって程遠くに住んでないだろ」


「実は昨日引っ越したばかりでして。今までの部屋より大分大きいところにしたんです」


「そうなのか? 随分羽振りがいいな……で、どこら辺に引っ越したんだ?」


「山向こうの洞窟です」


「いや、遠いとか広いとか以前の問題じゃねえか」


 洞窟って。
 お前は未開の地に住む部族か何かか。


「夜は寒いしどことなくなく湿ってるし明かりが届かなくて鬱になりそうですけど、まあ何とかなりそうです」


「頼むから文明社会に戻ってきてくれ……」


 引っ越し費用は出せないけど。
 大切な仲間がそんなところで寝泊まりしているなんて、心配で夜も眠れない。


「なんだかんだ言っても、お前はまだ十五歳で子どもなんだから、安全なところに住んでくれ。頼むから」


「ご心配はありがたいですが、しかし私はもう大人です。こう見えて、夜中に一人でトイレにいけます」


「大人の基準が低いよ」


「趣味は盆栽と俳句です」


「急に老け過ぎだ!」


「その突込みは頂けませんね。趣味を楽しむのに年齢は関係ありませんよ」


「……それもそうだな。悪かったよ」


「わかればいいんです……ところで私、朝ご飯食べましたっけ?」


「ボケ始めてんじゃねえか!」


 こうして楽しくお喋りしているが……しかしニニには、故郷の村と一族を闇ギルドに滅ぼされたという重過ぎる過去がある。

 それを思うと、必要以上に心配してしまうのだ。
 もしも彼女の身に何かあったら……僕は、自分を許せない。


「……いきなり真剣な顔にならないでくださいよ、クロスさん。ドキッとします」


「ああ、ごめん」


「胃が飛び出るかと思いました」


「特殊な人体構造をしてるんだな」


 心臓だよ、飛び出すのは。


「まあもし飛び出したとしても、胃のスペアは三つありますから問題ありません」


「牛かよ」


 まさか、猫耳少女ではなく牛胃袋少女だったとは……いや、供給がニッチ過ぎて需要が皆無だろ。


「最悪の場合を想定するなら、非常食として優秀なのは牛の方ですからね。リスクヘッジは万全にした方がいいでしょう」


「どんな最悪を想定してるか知らないけど、僕は非常時にお前を食べるくらいなら潔く餓死を選ぶぞ」


 そんな描写があってたまるか。

 ……変に食事の話をしてしまった所為で(食事の話だろうか?)、自分が空腹であることを思い出してしまった。

 時刻は昼を少し過ぎそうだし、当然と言えば当然……あ。


「……僕、そろそろ市長室に行かないといけないんだけど、ニニも一緒に行くか?」


「魅力的なお誘いとは言えませんねえ……って言うか、呼ばれてない私が勝手についていっていいものなんですか?」


「『竜の闘魂』が探索の仕事を請けてくれないって話はした方がいいだろうし、まあカイさんなら大丈夫じゃないか?」


 いい加減、僕もあの人のことを舐めすぎかもしれない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

俺だけ展開できる聖域《ワークショップ》~ガチャで手に入れたスキルで美少女達を救う配信がバズってしまい、追放した奴らへざまあして人生大逆転~

椿紅颯
ファンタジー
鍛誠 一心(たんせい いっしん)は、生ける伝説に憧憬の念を抱く駆け出しの鍛冶師である。 探索者となり、同時期に新米探索者になったメンバーとパーティを組んで2カ月が経過したそんなある日、追放宣言を言い放たれてしまった。 このことからショックを受けてしまうも、生活するために受付嬢の幼馴染に相談すると「自らの価値を高めるためにはスキルガチャを回してみるのはどうか」、という提案を受け、更にはそのスキルが希少性のあるものであれば"配信者"として活動するのもいいのではと助言をされた。 自身の戦闘力が低いことからパーティを追放されてしまったことから、一か八かで全て実行に移す。 ガチャを回した結果、【聖域】という性能はそこそこであったが見た目は派手な方のスキルを手に入れる。 しかし、スキルの使い方は自分で模索するしかなかった。 その後、試行錯誤している時にダンジョンで少女達を助けることになるのだが……その少女達は、まさかの配信者であり芸能人であることを後々から知ることに。 まだまだ驚愕的な事実があり、なんとその少女達は自身の配信チャンネルで配信をしていた! そして、その美少女達とパーティを組むことにも! パーティを追放され、戦闘力もほとんどない鍛冶師がひょんなことから有名になり、間接的に元パーティメンバーをざまあしつつ躍進を繰り広げていく! 泥臭く努力もしつつ、実はチート級なスキルを是非ご覧ください!

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

処理中です...