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第二部
予兆 002
しおりを挟む「それはそうとクロスさん、私がここに来たわけを早く訊いてくださいよ」
ニニは、未だに誰のものか判然としない椅子にだらんと腰かけ、桃色の髪をクシャクシャと掻く。実に愛嬌のある仕草だ。
一応、なぜ僕が自分の部署にある椅子の所有者を把握していないのか理由を述べておくと、探索係には三人の先輩がいるのだが、一度もお会いしたことがないからである。必然、誰の机なのか椅子なのか、知る術はない。
「……お前はどうしてここに来たんだ、ニニ」
彼女に促された通りの質問をする……確かに、ニニは特別公務メンバーではあるが公務員ではないため、役所に顔を出す必要はないのだ。
普段は「竜の闘魂」という王国屈指の有名ギルドで冒険をしており、仕事があればこっちを手伝ってもらうのである。
「実はですね、うちのギルドが外注として受ける予定だった探索の仕事なんですが……全部破棄になりました」
ニニは申し訳なさそうな表情で言う。
ここ魔法都市ソリアの探索係は深刻な人手不足で(僕を入れて四人しかない)、回らない業務は正規ギルドに外注しているのだ。
僕はたまに、監督者としてギルドの仕事っぷりを監督する仕事をしていたのだが……どういうわけか、最近になって「竜の闘魂」が探索を請け負ってくれなくなったのである。
「……またか。一体どうなってるんだ? 確かに割のいい仕事じゃないけれど……これまでは普通にやってくれてたじゃないか」
「私も詳しいことはわからないんですが……うちの支部にくる依頼、探索だけじゃなく、ダンジョン攻略まで破棄され始めてるんです」
「それは……本当にどうしたんだ? ダンジョン攻略以外に注力してることがあるのか?」
「いえ、それが特段そういうことでもないんですよ。ただ単純に、ソリア支部に回される依頼が減ってきているんです。マスターの意向、らしいんですけど」
そう言えば以前、エジルさんもぼやいていたっけな……うちの支部にくる仕事がしょっぱくなってるとかなんとか。
「それを伝えるために、遠路はるばるこうしてクロスさんのところへやってきたというわけですよ」
「まず初めに感謝はするけど、はるばるって程遠くに住んでないだろ」
「実は昨日引っ越したばかりでして。今までの部屋より大分大きいところにしたんです」
「そうなのか? 随分羽振りがいいな……で、どこら辺に引っ越したんだ?」
「山向こうの洞窟です」
「いや、遠いとか広いとか以前の問題じゃねえか」
洞窟って。
お前は未開の地に住む部族か何かか。
「夜は寒いしどことなくなく湿ってるし明かりが届かなくて鬱になりそうですけど、まあ何とかなりそうです」
「頼むから文明社会に戻ってきてくれ……」
引っ越し費用は出せないけど。
大切な仲間がそんなところで寝泊まりしているなんて、心配で夜も眠れない。
「なんだかんだ言っても、お前はまだ十五歳で子どもなんだから、安全なところに住んでくれ。頼むから」
「ご心配はありがたいですが、しかし私はもう大人です。こう見えて、夜中に一人でトイレにいけます」
「大人の基準が低いよ」
「趣味は盆栽と俳句です」
「急に老け過ぎだ!」
「その突込みは頂けませんね。趣味を楽しむのに年齢は関係ありませんよ」
「……それもそうだな。悪かったよ」
「わかればいいんです……ところで私、朝ご飯食べましたっけ?」
「ボケ始めてんじゃねえか!」
こうして楽しくお喋りしているが……しかしニニには、故郷の村と一族を闇ギルドに滅ぼされたという重過ぎる過去がある。
それを思うと、必要以上に心配してしまうのだ。
もしも彼女の身に何かあったら……僕は、自分を許せない。
「……いきなり真剣な顔にならないでくださいよ、クロスさん。ドキッとします」
「ああ、ごめん」
「胃が飛び出るかと思いました」
「特殊な人体構造をしてるんだな」
心臓だよ、飛び出すのは。
「まあもし飛び出したとしても、胃のスペアは三つありますから問題ありません」
「牛かよ」
まさか、猫耳少女ではなく牛胃袋少女だったとは……いや、供給がニッチ過ぎて需要が皆無だろ。
「最悪の場合を想定するなら、非常食として優秀なのは牛の方ですからね。リスクヘッジは万全にした方がいいでしょう」
「どんな最悪を想定してるか知らないけど、僕は非常時にお前を食べるくらいなら潔く餓死を選ぶぞ」
そんな描写があってたまるか。
……変に食事の話をしてしまった所為で(食事の話だろうか?)、自分が空腹であることを思い出してしまった。
時刻は昼を少し過ぎそうだし、当然と言えば当然……あ。
「……僕、そろそろ市長室に行かないといけないんだけど、ニニも一緒に行くか?」
「魅力的なお誘いとは言えませんねえ……って言うか、呼ばれてない私が勝手についていっていいものなんですか?」
「『竜の闘魂』が探索の仕事を請けてくれないって話はした方がいいだろうし、まあカイさんなら大丈夫じゃないか?」
いい加減、僕もあの人のことを舐めすぎかもしれない。
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