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第一部

ニニ・ココ 004

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「クロスさん!」


 身動きの取れない僕とゴーレムとの間に、ニニが滑り込んでくる。


「【シルト】!」


 防御魔法が発動し、ゴーレムの殴打を受け止めた。

 普通に死を覚悟していたけれど、どうやら助かったようである……仲間がいるってのはこうも心強いものかと、自然と顔が綻ぶ。


「何笑ってるんですか! あなた今死にかけてましたよ!」


「いや、誰かに助けてもらうのもいいもんだなって」


「変に達観しないでください! っていうか早く立ってください! そう長くはもちません!」


「ほんとに申し訳ないんだけど、全身痺れて動けないんだ。僕のことは置いて、ニニだけでも遠くへ逃げてくれ」


 彼女の獣人の脚力があれば、ゴーレムが僕に気を取られる一瞬の間に逃げることができるはずだ。

 僕はここで死ぬかもしれないけど……この子だけは。

 何としても、助けなければ。


「そんなことできるわけないでしょ!」


 ニニが叫んだ。

 その声は、焦燥感や憤りから生み出されたものではなく。

 悲しみを帯びた、悲鳴のようだった。


「私の前では、! 私の仕事は、みなさんを守ることです!」


「でも、このままじゃ二人ともやられちまう……僕のことはいいから、せめてニニは……」


「どうしてそんなにすぐ死のうとするんですか! 他人のことを思って死ぬくらいなら、最後まで自分のことを考えて生きようとしてください!」


 ゴーレムの拳が、防御魔法にひびを入れる。

 ニニは【シルト】を重ね掛けして何とか防ごうとするが、圧倒的な攻撃力によって壁は破られていく。


「……」


 こんな窮地に追い込まれているというのに……ベスはどうしたんだ?

 まさか。

 彼女もモンスターに襲われて、

 ベスに単独行動をさせ、僕とニニの二人で未踏ダンジョンを探索するなんて……今思えば、愚策にも程がある。

 こんなの、ベスの強さに胡坐をかいただけの、無謀な行動じゃないか。

 どうして僕は、そんな危険なことを仲間にさせているんだ。

 向かうところ敵なしのベスと一緒にいた所為で、感覚が狂っていた?

 ……いや、そんなのは言い訳だ。
 僕の、クロス・レーバンの甘えが招いた結果だろう。

 ベスに何と言われようと、三人で一緒に行動すべきだった。

 僕の所為で、ベスやニニが死んでしまうかもしれない。


「くそ……」


 それなのに、今の僕は身動き一つとれやしない。僕が何とかしなきゃいけないのに、落ちた剣を拾うことすらできない。

 もう、無理なのか。

 この状況を覆すことなんて、どうやっても……


「諦めないでください、クロスさん!」


 不意に。

 ニニがそう声を上げる。


「私たちは弱いです! だからこそ誰かと助け合って戦うんです! 今は、!」


 ニニは、両手で構えていた盾から左手を離し。

 魔力を集める。


「これから使う魔法は、私の一族に代々伝わる魔法です……ですが、一度も成功したことはありません。だからもし失敗したら、二人仲良く臨終しましょう、クロスさん」


「それは……すごい告白だな。ほんとは逃げてほしいけど、そこまで言うなら断れないよ」


「こんな可愛い女の子の誘いを断れるわけないですもんね……でも安心してください。今は不思議と、発動できる気がするんです」


 彼女は深く息を吸い。

 ゴーレムの攻撃を防いでいた防御魔法を自ら消し、左手の魔力に集中する。



「【災厄を退ける盾レフレクシオン】‼」



 青白い魔力が爆ぜ、魔法が発動した。

 ニニの目の前に、十字の紋章が刻まれた盾が顕現する。

 そして。

 その盾を殴りつけたファントムゴーレムの右腕が、


「この盾はあらゆる攻撃を受け止め、弾き返すことができます! 防御こそ最大の攻撃……それがココ一族の教えです!」


 腕を破壊されたゴーレムは怒り狂い、雷の魔法を撃ち出す。

 だが、ニニの盾はその雷を受け切り――青い波動を撃ち返した。


「グゴアアアアアアアアアアアア‼」


 波動はファントムゴーレムの硬い表皮を貫き、胴体に風穴を開けた。

 モンスターの身体が消滅する……どうやら、無事に倒すことに成功したらしい。

 張っていた気が緩まったのだろう、ニニはその場にへたり込んだ。


「……ありがとう、ニニ。命の恩人だ」


「いえ、私たちは仲間ですから。お互い様というやつです」


 僕たちは互いに目を見て笑い合う。

 目の前の脅威は去ったが。
 ベスは――まだ姿を現さない。

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