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第一部
裏切りの果て
しおりを挟む喰魔のダンジョン。
攻略にきた冒険者の魔力を参照し、生成するモンスターの強さと数が変わるという、規格外のダンジョン。
通常の場合、C級ダンジョンにはC級までのモンスターしか生成されず、出現数も大きく変わることはない。
だが、この場所は別だ。
階層ごとに判定が分かれ、その階層にいる冒険者の魔力に応じた敵が出現する……例えば一階層にいるのが僕一人なら、現れるのはC級程度のモンスターになり、数も多くないわけだ。
しかしそこに別の誰か……例えばベスのような強大な魔力を持つ者が一階層に入ってくると、途端に状況が変わる。
A級モンスターであるアンデッドナイトが二十体以上出できたのも、その所為だ。
冒険者の魔力が強く、パーティー人数が多い程不利になるダンジョン……それが喰魔のダンジョンなのだと、ベスはまとめる。
「つまりじゃ。こやつらのパーティーの総合力はA級ダンジョン程度じゃったが、儂が三階層にきたせいで難易度が跳ね上がったわけじゃな」
ベスはシリーを見下しながら、淡々と事実を述べる。
「……ちょっと待ってくれ、ベス。それって」
それって、つまり。
僕とベスが先に進まなかったら、こんなことにはならなかったんじゃないか?
シリーを助けるために、ダンジョンに潜ると決めたけれど。
その所為で、強大な魔力を持つベスを、シリーと同じ階層に連れてきてしまった。
僕が、余計なことをしなければ。
大人しくダンジョンを出ていれば。
こんなことには……。
「……ねえ、それって、あんたたちの所為でこうなったってことよね? そこのエルフのガキが同じ階層にきたから、ダンジョンが生成する敵が強くなったってことでしょ?」
「シリー、これは……」
「あんたたちの所為で! こんなことになったんでしょ!」
感情の全てを振り絞るような叫びを上げ、シリーは地面を殴りつける。
そして、ゆっくりと立ち上がり。
ベスの首に――剣を突き付けた。
「! やめろ、シリー!」
「やめないわよ。だって、このガキがいなくなれば魔力の量も減って、モンスターの強さも元に戻るんでしょう? だったら、ここで殺しちゃえばいいのよ……このガキも、あんたもね!」
シリーは剣に力を込め。
ベスの首を、切り落とそうとする。
「頭が高いぞ、人間風情が」
刹那。
シリーの体が宙に舞った。
ベスの黒い魔力が、鎧を纏ったシリーを突き飛ばしたのである。
「何じゃこのたわけた女は。こんな奴のために、お主はわざわざダンジョンに潜ったのか」
「ぐっ……うるさい、ガキ! お前らがきたからこんなことになったんじゃないか! 私たちは何も悪いことなんてしていないのに!」
「……何じゃって?」
ベスの紫の目が、鋭く光る。
「おい、人間の女。お前は確か、そこにいる男のことを見捨てたよな? 自分たちが生き残るために、ダンジョンの最深部に置き去りにしたよな?」
「っ! どうして、それを……」
「そーんな酷い裏切りをしておいて、悪いことをしてないじゃと? あまりふざけたことを抜かすと、消すぞ、人間」
「ひぃっ⁉」
黒い霧のような魔力が、シリーの体を包んでいく。
その邪悪な力は、人一人の命など軽く奪えてしまうだろう。
「実は儂も仲間に裏切られたことがある口でのー。こやつの気持ちは痛い程わかるんじゃ……さっきまでは背中を預け合っていたはずの仲間が、何の前触れもなく牙を剥く。どうじゃ? お前にその気持ちがわかるか?」
「ご、ごめんなさい! ゆ、許して!」
「儂は気持ちがわかるかと訊いたんじゃが、伝わらんかったかの。命乞いを聞きたがっていると思うか? ん?」
「き、きもちは、わかりません……」
「そうじゃろうそうじゃろう。お前らみたいなのは自分の利益や都合を優先しているだけで、相手の気持ちなんてこれっぽっちも勘案せんからのー……じゃから、平気で仲間を裏切れるんじゃろうが」
「そんな、その、裏切るつもりなんてなかったんです……」
「あの場でこやつと共に戦う選択肢もあったろう。何故それを選ばなかった。どうしてこやつを見捨てた。お前が使い捨て、裏切ってきた仲間の命の重みが、今この状況を生んでいるんじゃよ」
「でも、こんなことになったのは、私の所為じゃ……」
「お前の所為じゃ。仲間を見捨てたお前は、世界から見捨てられたんじゃ。全ては業、全ては因果。因果は巡り、行動の責任を取らせる……とまあ、説教はこれくらいにして、そろそろ死ぬか?」
「ひっ⁉ ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 許してください!」
黒い霧が、シリーの顔に覆い被さる。
あと数秒もすれば、彼女は死ぬだろう。
僕を追放し、裏切った彼女は。
死ぬ。
「……もうやめてくれ、ベス」
僕はベスの肩に手を置き、そっと語り掛ける。
「……いいのか、こんなたわけを生かしておいて。復讐できるチャンスじゃぞ」
「いいんだ。元々、シリーをどうこうしようなんて思ってない……僕たちは、みんなを助けにきたんだろ?」
「儂はお主についてきただけで、別段目的の方はどうでもいいのじゃが……わかった。じゃが後悔するなよ。自分を殺そうとした相手を、助けるのじゃからな」
「……ああ。後悔なんてしないよ」
霧が晴れ、後には意識を失ったシリーが残った。
うん、生きてる。
「悪いんだけど、みんなを外に連れてく手伝いをしてもらってもいいか? 必ず、お礼はするから」
「じゃから、腹の膨れぬ礼なぞいらぬわ……まあ、ここまできたんだし? 手伝ってやらんこともない」
悪態をつきながらも、ベスは協力してくれるようだ。
黒い魔力を大きな風呂敷状に広げ、意識のない四人を優しく包み込む……便利な魔法もあったもんだ。僕も是非習得してみたい。
「じゃ、戻るとするかの。探知魔法で敵も避けられるし、楽に帰れるじゃろ」
「……何から何まで、迷惑かけてごめんな」
「そこはありがとうじゃろが、たわけ。善い行いをしたお主が謝ってどうする」
「腹の膨れぬ礼はいらないんだろ?」
「……ふん。揚げ足取りめ」
シリーたちを包んだ風呂敷を宙に浮かせながら、ベスは安全なルートを辿って魔法陣を目指してくれた。
何もできない僕は、ただ後ろをついていくだけ。
「……」
ベスがシリーを殺そうとした時……正直、心が揺らいだ。
僕を追放して見殺しにしようとした彼女は、ここで死ぬべきなんじゃないかと、本気でそう考えてしまった。
でも。
それはきっと――正しくない。
スカッとはするかもしれないけれど。
だけど、結局それだけだ。
なら僕は、人を助ける方を選ぶ。
僕を見捨てたシリーとは違う。
敢えて言うなら、あの場で彼女を助けたことで……僕は復讐を果たしたのだ。
僕は、誰のことも見捨てないと――そう見せつけた。
「……はあ」
だが。
シリーが言っていたように、僕とベスが彼女たちを追わなければ、こんなことにはならなかったのだろう。
喰魔のダンジョン。
知らなかったでは済まされない。勇者パーティーを壊滅させた原因の一端は、僕にあるのだから。
人間は、矛盾を抱えて生きているとベスは言った。
僕の所為で死にかけたシリーを助けたという矛盾に……僕は、どう向き合えばいいのか。
答えは出ない。
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