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第一部
発見
しおりを挟む三階層目の地形も今までと同様、背の高い木々に覆われた森林だった。
この広大な森の中からシリーたちを探すなんて、僕一人なら不可能に近かっただろう。だが、こちらにはベスがいてくれる。
彼女の探知魔法があれば、かなり楽にシリーを探し出せるはずだ。
「そう言えば、お主はどうして一人で潜っておるのじゃ。一階層でドラゴン乗りとすれ違ったが、あいつらが今の仲間か?」
「あー、そういうわけじゃなくて……僕、公務員になったんだ。未踏ダンジョン探索係っていう仕事を任されて、他のギルドを監督しにきたって感じかな」
「未踏ダンジョン探索係ぃ? 聞き慣れん仕事じゃの」
「ダンジョンの危険度を判定して、難易度を決める仕事だよ。僕らが定めた難易度を基に、ギルドは攻略先を決めるんだ」
「ほー、回りくどい役割あるもんじゃの。探索などせず、最初から攻略してしまえばよいのに」
「それも一理あるけど……今回みたいにモンスターの強さが変則的なダンジョンとかは、しっかり情報を集めてから挑まないと危険だからな」
「その情報集めを、国に奉仕するお主らがやっている、と……少なくとも、二百年前にはそんなことをしてくれる役人はおらんかったの。冒険者と役人は、仲が悪かったものじゃわい」
昔を懐かしむでもなく、ベスは淡々と言った。
二百年前か……確かエール王国が興ったのがもう少し前だったから、彼女もこの国で冒険する時には役所に世話になったのだろうか。
そんな昔から、役所なんてものがあったのかは知らないけれど。
歴史に興味はないのだ。
「そしたらお主、もうダンジョンは攻略せんのか? その探索係とやらは情報集めが仕事なのじゃろ?」
「まあ、そうなるかな。元々、冒険者には向いてなかったみたいだし……それに僕にとって一番大事なのは、安定した生活だから」
冒険者なんていう職業は、安定とは真逆の位置にある。
意図せずダンジョンに直接関わる部署になってしまったが、できればデスクワークとかがしたいのだ。
「安定、の……裏切られた元仲間を助けにいくのが安定なら、この二百年で言葉の意味が変わってしまったらしい」
「……これはその、たまたまというか、成り行きというか」
「よいよい。人間とは矛盾を抱える生き物じゃからな。暴力を否定する輩が、人助けのために拳を振るうようなものじゃ……みなそれぞれの矛盾のバランスを取り、都合よく世界を見ているんじゃよ」
「……」
この見た目で含蓄のありそうなことを言うから、脳の不具合が起きてしまう。
十歳児らしく話すか外見を変えるかしてほしい。
「それで、お主の役職はなんなのじゃ? 腰の剣を見るに、前衛ではあるのだろう」
「……戦士だよ」
「戦士? 聞かぬ名じゃな……儂が封印されている間に、いろいろと変更があったようじゃの」
「役職とか前衛とかって考え方は、昔から共通なんだな。なんだか感慨深いぜ」
「そうか? 千五百年以上生きてきた儂がら言わせてもらえば、人間など昔も今も大して変わらん。そこに何の情緒もない」
「さいですか……」
「儂の役職の呼び名は、時代ごとにコロコロ変わっていったもんじゃが……封印される直前は、ダークサイドとか、そんなんじゃったかの? どうでもよくて忘れてしまったが」
「それ本当に役職か? 思いっきり人類の敵みたいな名前だけど」
現在で言うところの、闇魔術師ってとこか。
勇者と同じく高位の役職で、後衛における最大火力を誇るとかなんとか。
……勇者、ね。
一体、シリーたちは何階層まで潜っているのだろうか……探索が目的だから、さすがに五階層までで留まっていてほしいのだけれど……。
「……止まれ」
不意に、先を行くベスの動きが止まる。
彼女の横長の耳が、ぴくぴくと震えた。
「急にどうしたんだよ」
「聞こえんか。まあ人間なら仕方ないが……どうやらあっちの方で戦闘が起きているようじゃ」
「……全く聞こえない」
「今探知魔法の範囲を一方向に絞った……なるほど、お主の探している者どもは、この先におるぞ」
どうやら、無事にシリーたちを見つけてくれたようだ。
非常にありがたいが、しかし戦闘中というのが気にかかる。もし僕の時のようにA級モンスターの群れに囲まれていたら、いくら勇者パーティーと言えど危険だ。
「ありがとう、ベス。あいつらが戦ってるなら、早く合流しよう」
「……そうじゃな、急いだほうがいい」
探知を終えたらしいベスが、ゆっくりとこちらに振り向く。
その表情は、事態の深刻さを物語っていた。
「どうやら、あのパーティーは壊滅寸前のようじゃ」
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