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第一部
初仕事 002
しおりを挟む魔法都市ソリアの役所から、徒歩で移動すること五時間。
目的の未踏ダンジョンが生成された洞窟の前に辿り着いた。
周囲を木々に覆われた森の中……我ながら、探知系の魔法なしでよく見つけられたもんだ。
「ふう……」
軽く山を越えてきたので、疲労はそれなりに溜まっている……この後ダンジョンを攻略する上では、ベストコンディションとは言い難い。
ただまあ、今回の僕はあくまで監督者として同行するだけなので、表立って戦闘に参加することはしないでいいそうだ。その分気が楽になるはずが、しかし別の理由で僕の足取りは重い。
「シリー……」
一カ月前。
勇者になった幼馴染に裏切られ、僕はダンジョンの最深部に一人取り残された。
謎の声と人影によって命からがら助かったが……あれ以来シリーたちとは音信不通だ。
彼女やパーティーメンバーは、僕が死んだと思っているのだろう。
そんな死人の僕がいきなり目の前に現れて、一緒にダンジョンを攻略する……気まずさが天を突き破って月まで届きそうだ。
僕も嫌だし、向こうだって嫌だろ。
履歴書には勇者パーティーを円満に脱退したと嘘を書いたので、カイさん的には嬉しいサプライズのつもりで僕をここに寄越したのかもしれない(余計なお世話過ぎる)。
「……」
集合時間になったが、洞窟の周りに僕以外の気配はない。
冒険者が時間を守るはずはないので当たり前といえば当たり前だ……気まずい気分を味わうのは、もう少し先になりそうである。
「……ん?」
微かに音が聞こえた。
その音は段々と大きさを増し、こちらに近づいてきている。
「ひゃっはああああああああああああ!」
爆音と共に森を突き破ってきたのは、黒い塊――魔動四輪だ。
魔力を原動力にして動く乗り物で、王都近辺では一般的な移動手段の一つである。ただ、この魔動四輪は特別に改造されているようで、禍々しいフォルムが異様さを醸し出していた。
「着いたぜ、兄貴」
運転席から降りてきたスキンヘッドの男が、後部座席のドアを開ける。
出てきたのは、車に収まっていたのが不思議な程でかい男。
派手な金髪を後ろに流し、二メートルを超える体をゆっくりと伸ばすその様は、まるで何かの獣のようだ。
「……何だ、小僧」
兄貴と呼ばれた金髪の男は、僕に気づき声を掛けてくる。
「あ、あの……僕は探索係のクロス・レーバンと言います……えっと、あなたは……」
「ああ⁉ 俺ら『竜の闘魂』のサブマスター、ジンダイの兄貴を知らねえってのか⁉」
スキンヘッドが凄んでくるが、申し訳ないことに一ミリも知らなかった。
つい何ヶ月か前までは田舎にいたのだ……いくら有名ギルドとは言え、メンバーの名前まで把握していない。
ただまあ、今から一緒にダンジョンに潜る手前、正面切って無知を晒す必要もないだろう。
「……あなたがあのジンダイさんでしたか。あまりの迫力に緊張してしまいまして、失礼があったらすみません」
「お前、意外とわかる奴じゃねえか。兄貴の迫力に飲まれたなら仕方ねえな」
うんうんと頷くスキンヘッドとは対照的に、ジンダイの兄貴は僕を見てすらいない……まあ、そこまで印象は悪くない、はず。
「ふん。御託はいいからさっさと始めるぞ」
「あ、ジンダイさん。まだ『天使の涙』の冒険者がきていないので、もうしばらく待ってもらってもいいですか? 今回は二つのギルド合同の探索になるので……」
「何だと?」
見知らぬ小僧に制止されたジンダイさんは、不機嫌さを隠そうともしない眼で僕を睨む。
「あの軟派者どもを待つ必要などないという大前提は置いておくとして……小僧」
「は、はい……」
「『天使の涙』の奴らは、既にダンジョンに入っているぞ。役人なら、魔法陣が発動した痕跡くらい見抜け」
言って、彼とスキンヘッドは洞窟の奥へと消えていった。「竜の闘魂」はあの二人のみを探索に派遣したらしい……サブマスター程の実力があれば、それも理解できる。
理解できないのは、先にダンジョンに潜ってしまったシリーの方だ。
今回の探索は二つのギルドの親交を深める意味もあるとカイさんは言っていたが……初っ端から主旨を完全に無視しやがった、あいつ。
昔からそう、と言うなら。
彼女こそ、昔からそうだ。
他人を慮らず、自分の利益のみを追求する。
そんな幼馴染。
「……」
僕は遅れを取り戻すように、洞窟内へと駆けていく。
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