20 / 32
お礼 001
しおりを挟む「おっはよぉー‼」
諸々の騒動が収まって三日が過ぎた朝……三人目の仲間が見つかるまで特にやることのない俺は、日課にし始めていた散歩のために宿を出た。
目的もなく街中をプラプラするだけだが、これが中々どうして飽きないものである。まあ、年中雪に囲まれた山で育ったので、見るもの全てが目新しいのは当然か。
今日も今日とて、市民の皆々様が営むハートフルな日常を観察してやろうかと意気込んでいたところ(嘘だ、そこまで興味はない。とにかく暇なのだ)……冒頭のやかましい挨拶が飛び込んできたのである。
「よぉーー……ござい……ます……」
が、勢いづいていたのは最初だけで、挨拶の主は元気に上げていた右手をおずおずと下げ(こちらの無視っぷりに気圧されたのだろうか)、気まずそうに目線を外した。
「……」
「……」
「……」
「……あの、無反応は辛い、かも?」
金髪赤眼の少女は上目遣いで俺を見やり、続くセリフを待っている。
「……」
「……」
「……」
「……え、嘘、まだ無視するの? それはさすがにさすがじゃない?」
自分の話しかけた相手が、コミュニケーションの手段としては凡そ悪手としか思えない反応を維持していることに焦り、少女は狼狽した。
いやまあ俺だって、朝っぱらから他人様に不快な思いをさせたくはないけれど(起き抜けにエリザにイタズラはしたが)、しかし見知らぬ他人のハンズアップにすぐさま対応できるほど明るくはない。
根は暗いのだ、ほどほどに。
「……一応訊くけど、ジンさん。私のこと覚えてるよね?」
なるほど、どうやらこの少女は俺の名前を知っているようだ……おかしいな、誰かの記憶に残るような偉業や功績なんて遺した覚えはないのだけれど。それとも君は俺の熱烈なファンか何かかい?
……などと呆けたふりをするまでもなく、思い出した。
「……もちろん。ライズだろ、覚えてるさ。俺がたった数日程度で人の顔と名前を忘れるような薄情な男に見える?」
「見えるか見えないかで言ったら、余裕で見えるけど」
迷いなく答えるライズ。
全く、失礼な奴だ……まあ、失礼の度合いで言ったらどっこいどっこいだろうか。
俺の方が負けている気もしなくもないが。
「……で、そのライズちゃんが俺に何か用? って言うか、身体はもう大丈夫なの?」
「あー……うん。私は、もう大丈夫」
「ふうん。そりゃ重畳」
三日そこそこで動けるなら、大したダメージではなかったらしい……重傷だったのは、やはり彼女の仲間の方か。
「……」
「……」
「……」
「……」
再びの沈黙。
いや、これに関しちゃ俺は悪くなくないか?
どんな用件で訪ねてきたのかという疑問はすでにぶつけたし、さっさと答えてほしいのだが……それともなんだ、俺の愛想が悪いから話しづらいとでもいうのだろうか?
悲しいことに、自覚はあるのだった。
「……もっかい訊くけど、何か用があるの?」
「あっ……そう、そうだよね……ええ、はい。用事があります」
態度を改め、背筋を伸ばすライズ。
「まず一つ目……ジンさんにお礼を言いにきました。あの時、闇ギルドから助けてくれてありがとう。あなたのお陰で、私たち『紅の月』は死なずに済んだ……本当に、感謝してもしきれない」
「はあ……」
まさか面と向かって真っすぐ礼を言われるとは思っていなかったので、間の抜けた返事をしてしまう。
「ライズ・メノアの名に懸けて、この恩は一生かけて返すと誓います」
「生憎、一生分の恩返しは先約があるんだ。だから気にしないでいいよ」
「気にしないなんて無理だよ。私、絶対あなたに恩返しをする……大冒険者デリオラの弟子として、受けた恩を返さないわけにはいかないもの」
「……さいですか」
こういう手合いがテコでも主張を曲げないということは、エリザのお陰で痛いほどわかっている。
ただまあ俺だけ困るのも癪なので、少し意地悪することにした。
「ちなみにだけど、具体的にはどうやって恩を返してくれるの?」
「それは……えっと、どうしよう……」
「具体案もなく、気持ちだけ伝えにきたってこと? それじゃあ本気で恩返しをしたいようには思えないな」
「うぅ……」
「今すぐこの場で恩を返せって言われたら、君は何ができるの?」
我ながら、人の善意につけこんで嫌なことを言う奴である。
俺ならこんな奴に恩なんて返さない。
「今すぐ……うーんと……」
だが、真面目なライズはしっかりと頭を悩ませる。
少しイジメ過ぎただろうか。
「とりあえず……身体を差し出すとか?」
「とんでもないこと言うな」
前言撤回、全く真面目じゃなかった。
ド直球下ネタである。
「こう見えても私、脱ぐとすごいんだっ。必ず満足させる自信があるよっ」
「そんな自信捨てちまえ」
性に明け透けか、この女子。
それともパニクっているだけだろうか。
「わかった……なら処女捨てる!」
「朝っぱらから何つーこと叫んでんだ」
「私の覚悟は本物だよ!」
「君が本物の変人ってことはわかったよ」
いいから落ち着いてほしい、切実に。
「ジンさんが望むというのなら、私はどこでも全裸になる!」
「ジンさんはそんなこと望まないから。頼むから上着に手を掛けるのをやめてくれ」
「上は着ていて下だけ脱げってことだね! どんな要求にも応えるよ!」
「勝手に曲解しないで」
俺の真意を歪めないで。
上も下も脱ぐなって言ってんだ、こっちは。
「……わかったわかった。ライズの覚悟は伝わったから、今度別の形で恩を返してくれ」
「委細承知っ」
ライズはドンッと胸を叩き、満足そうに頷く。
同時に、彼女の胸部がふわりと揺れた。
……まあ、さっきの自信も、あながち嘘ではないらしい。
10
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる