13 / 32
単独行動 002
しおりを挟む「グルゥゥゥゥゥ――ァアアアアアアア⁉」
レッドウルフの断末魔を右踵の下に感じながら、周囲の藪に目を配る。
……敵影なし。多分、恐らく。
「……しょっぱ」
未攻略の赤魔法ダンジョンに潜り始めて二時間……俺は順調に階層を下り、折り返しである十五階層目まで辿り着いていた。
だが案の定、得られる魔石は酷く小さなもので、黒魔法陣との違いを感じずにはいられない。
「……まあ、こんなもんなだよな、普通」
普通と言うなら、普通一人でダンジョンに潜ってはいけない規則になっているのだが。
もしバレたらエリザにぐちぐち言われるのは目に見えているので、露見しないように努めよう。
裏でこそこそと悪いことをするというのも、中々どうして人間っぽいんじゃないだろうか?
「……なんて、言い訳探してる時点で毒されてるよなぁ」
こんな風にうじうじ悩むなんて、エリザから影響を受けていることは明らかだった。
それが悪影響なのかどうかは、今のところ判断が待たれるけれど。
「悪、か……」
悪とはつまり、悪いというこで。
悪魔ということだ。
「エリザは……良い人間だ、多分」
俺なんかとは違って。
悪魔に育てられた人間なんかとは違って。
エリザの考えや態度に煩わされることは多いけれど、事実は認めなければならない……あいつは良い奴だ。
じゃあ、アスモデウスは?
彼女はあくまで悪魔だったが(洒落が言いたいだけではない、決して)、悪い奴だと言い切れるだろうか。
もちろん、教育という名のイジメと修行という名の暴力が日常茶飯事だった時点で、善良な存在だとは言えないけれど。
でも。
悪い奴じゃあ――なかったのかもしれない。
少なくとも、俺の作ったシチューを美味しいと食べてくれるくらいには。
「悪魔の癖に変わった人だよ、ほんと……」
と、無意識に発した言葉に気づいて唇を閉じる。
俺はまた、アスモデウスを人間扱いしていた……本人にバレたら、げんこつ三つじゃ済まないだろう。
悪魔は人類の敵で、絶対悪。
アスモデウスは自ら、そんな使い古された決まり文句を口にしていたっけ。
「その割に、人間に関する書物を集めまくってたんだから、わけわかんねえよ」
極めつけには、俺みたいなクソガキまで育てた始末だ。
まあ、人間同士だって何を考えているのかわからないものだし、いわんや悪魔を、か。
大方、隠居した大悪魔様の道楽ってとこだろう。
気まぐれと思い付きを足して偶然を掛けたような、そんな合理も正解もない行動……いかにもあの人らしい。
だから俺がこうして生きているのは、単に運が良かっただけ。
不運が悪かっただけ。
「……言葉遊びじゃ飯は食えぬ」
ともすれば一人考え事をしてしまいがちなのは、生まれ育った環境故の悲しい性である……生まれてこの方、俺の専らの話し相手は自分自身なのだから。
山育ちの辛いところだ。
悪魔に拾われた必然とも言える。
「考えるより手を動かせってのは箴言だよな……頭だけ働いていたって、現実は変わらないんだから」
「人間は考える葦である」というのはどこかの誰かが産み出した含蓄ある言葉だが、しかし考えるより行動した方が上手くいく場面も多いのではないだろうか?
仮に人間が葦のように弱々しい存在だとしても、行動を起こさないことには現状を打破できない……考えるより感じろ、である。
つまり何が言いたいかと言えば、さっさとダンジョンを攻略して魔石を手に入れろということだ。
動け、ジン・デウス。
自分に喝。
「……」
こうしていろいろと考えを巡らせてしまうのは、恐らくエリザと出会ってしまったからだろう……より正確を期せば、彼女と行動を共にするようになったからだろう。
俺とエリザとの関係を客観的事実に即して表すと、「仲間」と呼ぶことになる。
仲間。
その熟語はもちろん知識として頭に存在していたけれど、いざ手の届くところに実在として現れると、何だか妙な感覚に陥るのだ。
心臓を鳥の羽で撫でられるような、微妙なこそばゆさ。
不快……とまではいかないが。
とにかく、今までの人生で味わったことのない感情を体験し、戸惑っているのである。
ああ、そうだ。
俺は今、困惑し恐れている。
自分の中で何かが変わろうとしているのか、それとも何かが生まれようとしているのか。
悪魔に育てられたという、曰くに曰くを重ねた存在である俺みたいな奴が。
もしかして――普通の人間になろうとしているんじゃないのか、と。
「……やめやめ」
気づけば始まってしまう一人会議を中断し、死角から飛び出してきていたレッドウルフの頭蓋を砕く(フェア精神に則って報告すると、しっかり一撃食らっている)。
ここはダンジョンで、今は探索中であることを忘れるな……滅多なことじゃ死なない身体ではあるが、万に一つって線もある。
もしこんなところで死んでしまったら……。
「……俺が死んだって、悲しむ奴なんかいなかったな」
自分的には全く悲壮感なく、むしろ淡々と事実を述べただけのつもりだったのだけれど……仮に見物人がいたとしたら、なんと滑稽に映ったことだろうか。
俺は自嘲の笑みを浮かべながら、ダンジョンを進む。
10
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる