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仮面

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 『三星さんせい』。

 最強ギルドカザスナイツの中で、最も輝かしい功績を残している三人を、まとめてそう呼ぶらしい。

 S級冒険者、ベガ・ショーン。
 同じくS級冒険者、アルタイル・デライラ。
 そしてギルドマスター、デネブ・ロクベル。

 実力も功績も、カザス国で右に出る者はいない、名実ともに最強の三人。

 それが『三星』なのだそうだ。

 そんなお題目をセリナさんから聞いたが、しかしほとんど右から左である。
 処刑のためにやってくる人物が誰であろうと、そんなものは問題じゃない。

 問題なのは、イオが弁解の余地もなく、処刑されてしまうという点だ。

 それは、実質死刑宣告と同義。

 疑わしきは、罰せよ。

 別にその考えを否定するつもりもない。不穏分子は早々に排除した方が、組織が安定する側面もある。
 だが、今回に限り、そんな強権じみた蛮行を、看過するわけにはいかない。

 俺はセリナさんをギルドの前に残し、全速力でイオのいる部屋へと駆けていった。
 イオは恐らく疲労で眠っているはず……叩き起こして、早急にへ行かないと。

 俺は世界記録もぶっちぎるスピードで疾走し、宿まで辿り着く。


「イオ!」


 勢いよく扉を開けると、眠っているだろうという予想に反し、彼女はベッドの上にちょこんと座っていた。


「あ、シキさん……」


 イオはどこか気まずそうに、伏し目がちにこちらを伺う。
 だが、そんな気まずさに配慮している時間はなかった。


「イオ、逃げるぞ!」


「え? 逃げるってどういうことですか……って、シキさんシキさん怖い怖い降ろして!」


 俺はイオを山賊よろしく肩に担ぎ上げ、彼女が暴れるのもお構いなしに全身全霊で足を動かす。

 不安定に固定されたイオにとっては、ジェットコースター並みの恐怖だったかもしれない。


「きゃあああー!」


「騒ぐな! 目立つだろうが!」


 騒がなくても目立ちまくっていた。

 俺はデリアの街から外に出る――のではなく、街の中をある場所目掛けて爆走する。

 その場所は、ごろつきひしめくロックタウン。

 その中に佇む一軒の家。

 まさか、に頼ることになるなんて……。


「……」


 イオは抵抗するのを諦め、静かにうなだれているようだ。
 もしかしたら気絶したのかもしれない。
 もう少しの辛抱だから心を強く持ってほしい。


「……」


 俺は更に速度を上げ、一心不乱に目的地を目指す。
 幸いまだ日も昇り切っていないので、人を攫っている姿は目撃されずに済んだ。

 そして二分後。

 俺は目的の場所――ロックタウンの外れに位置する、古いぼろ屋の前に辿り着く。


「……おい、いるか」


 ノックをすれば今に壊れてしまいそうなベニヤの扉越しに、俺は声をかけた。

 しばらく待っても返事がないので、もう一度呼びかけようとした時。


「……その声は、シキさんじゃないですか。どうぞ中へ」


 扉の向こうから声が聞こえた。
 家主の案内を受け、俺はぼろ屋の中に入る。

 そこにいるのは、黒い仮面をつけた長身の青年。

 青年というのは、声の感じから勝手に判断しているだけだが。


「……人売りの手配ですか? いやはや、シキさんも中々人が悪い」


 薄気味悪い仮面の男――情報屋のスカーは、俺の肩で動かないイオを見てそう嘯く。


「そんなわけあるか。悪いが緊急の用なんだ、手を貸してほしい」


 こんな怪しさが服を着ているような男に頼るのは本当に嫌なのだが、今は他に打つ手がない。

 溺れる者は藁も掴むのだ。
 死にゆく者は、悪魔に頼る。


「ええ、もちろん。さ、話は下で。立ち話もなんですから、お茶でも入れましょう」


 そう言いながら、スカーは部屋の隅の床板を外し、地下へと誘う。

 促されるままに俺は階段を降りる……いつきても埃っぽくて陰気で、とても人様を招くような場所じゃない。


「まあまあ、だからこそ安全なんですから。それが目当てでもあるのでしょう?」


 口元だけは露出している仮面なので、こいつの下種な笑いが見える。
 非常に不快だが、今は彼を頼るしかなかった。





 この不気味な情報屋と知り合ったのは、三週間程前のこと。

 一人でロックタウンを訪れて、何か面白いものはないかと闇市を物色していた俺に、スカ―の方から声をかけてきた。


「あなた、転生者ですね」


「え?」


 突然後ろから声をかけられ、俺は手に持っていた謎の液体の入った瓶を落としそうになる。


「おい兄ちゃん、気を付けてくれよな」


「あ、ああ悪い」


 露店の店主に注意されたが、いきなり声をかけてくる方も悪いだろう。
 一体どんな不躾な奴だと思って振り返ると。

 そこには、口元が見える黒い仮面を被った、長身の人物がいた。

 ……いや、怪しさMax!


「店主さん、その瓶はいくらですか?」


「あん……って、ス、スカ―さんじゃないですか。いやだなあ、そんなもの、無料で差し上げますよ……さー、店仕舞い店仕舞いっと」


 店主は仮面の男を見た途端、慌てて店を畳み、いそいそとどこかへ消えていく。


「……」


 なんなんだ、この男。
 不気味、というのが第一印象。

 それに、店主のあの反応。

 もしかしたら、……。


「……だ、そうで。その瓶は、うん、虫下しポーションのようですね。私からのプレゼントということで、差し上げますよ」


「はあ……ありがとうございます」


 ……と言うか、待て。

 この人、確か俺に声をかけた時……。


「で、話は戻りますが。あなた、転生者ですよねぇ?」


 それが、情報屋スカーとの出会い。

 殺し屋として生きる上で、切っても切れないのが情報屋との関係だ。

 危険な場所、近づかない方がいい相手、ターゲットの弱みや生活リズム、逃走経路に侵入経路――任務において必要な、ありとあらゆる情報を入手するための手段。

 その手段を、俺はこの異世界でも探していた。

 冒険者なんていう職が当たり前に存在するのだから、それを顧客にする情報屋も必ず存在するだろうと。

 デリアの街だけでなく、カザス国の裏の全てに通じる情報通、仮面の男――スカー。

 俺が、探していた人物だった。


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