52 / 64
仮面
しおりを挟む『三星』。
最強ギルドカザスナイツの中で、最も輝かしい功績を残している三人を、まとめてそう呼ぶらしい。
S級冒険者、ベガ・ショーン。
同じくS級冒険者、アルタイル・デライラ。
そしてギルドマスター、デネブ・ロクベル。
実力も功績も、カザス国で右に出る者はいない、名実ともに最強の三人。
それが『三星』なのだそうだ。
そんなお題目をセリナさんから聞いたが、しかしほとんど右から左である。
処刑のためにやってくる人物が誰であろうと、そんなものは問題じゃない。
問題なのは、イオが弁解の余地もなく、処刑されてしまうという点だ。
それは、実質死刑宣告と同義。
疑わしきは、罰せよ。
別にその考えを否定するつもりもない。不穏分子は早々に排除した方が、組織が安定する側面もある。
だが、今回に限り、そんな強権じみた蛮行を、看過するわけにはいかない。
俺はセリナさんをギルドの前に残し、全速力でイオのいる部屋へと駆けていった。
イオは恐らく疲労で眠っているはず……叩き起こして、早急にあそこへ行かないと。
俺は世界記録もぶっちぎるスピードで疾走し、宿まで辿り着く。
「イオ!」
勢いよく扉を開けると、眠っているだろうという予想に反し、彼女はベッドの上にちょこんと座っていた。
「あ、シキさん……」
イオはどこか気まずそうに、伏し目がちにこちらを伺う。
だが、そんな気まずさに配慮している時間はなかった。
「イオ、逃げるぞ!」
「え? 逃げるってどういうことですか……って、シキさんシキさん怖い怖い降ろして!」
俺はイオを山賊よろしく肩に担ぎ上げ、彼女が暴れるのもお構いなしに全身全霊で足を動かす。
不安定に固定されたイオにとっては、ジェットコースター並みの恐怖だったかもしれない。
「きゃあああー!」
「騒ぐな! 目立つだろうが!」
騒がなくても目立ちまくっていた。
俺はデリアの街から外に出る――のではなく、街の中をある場所目掛けて爆走する。
その場所は、ごろつきひしめくロックタウン。
その中に佇む一軒の家。
まさか、あいつに頼ることになるなんて……。
「……」
イオは抵抗するのを諦め、静かにうなだれているようだ。
もしかしたら気絶したのかもしれない。
もう少しの辛抱だから心を強く持ってほしい。
「……」
俺は更に速度を上げ、一心不乱に目的地を目指す。
幸いまだ日も昇り切っていないので、人を攫っている姿は目撃されずに済んだ。
そして二分後。
俺は目的の場所――ロックタウンの外れに位置する、古いぼろ屋の前に辿り着く。
「……おい、いるか」
ノックをすれば今に壊れてしまいそうなベニヤの扉越しに、俺は声をかけた。
しばらく待っても返事がないので、もう一度呼びかけようとした時。
「……その声は、シキさんじゃないですか。どうぞ中へ」
扉の向こうから声が聞こえた。
家主の案内を受け、俺はぼろ屋の中に入る。
そこにいるのは、黒い仮面をつけた長身の青年。
青年というのは、声の感じから勝手に判断しているだけだが。
「……人売りの手配ですか? いやはや、シキさんも中々人が悪い」
薄気味悪い仮面の男――情報屋のスカーは、俺の肩で動かないイオを見てそう嘯く。
「そんなわけあるか。悪いが緊急の用なんだ、手を貸してほしい」
こんな怪しさが服を着ているような男に頼るのは本当に嫌なのだが、今は他に打つ手がない。
溺れる者は藁も掴むのだ。
死にゆく者は、悪魔に頼る。
「ええ、もちろん。さ、話は下で。立ち話もなんですから、お茶でも入れましょう」
そう言いながら、スカーは部屋の隅の床板を外し、地下へと誘う。
促されるままに俺は階段を降りる……いつきても埃っぽくて陰気で、とても人様を招くような場所じゃない。
「まあまあ、だからこそ安全なんですから。それが目当てでもあるのでしょう?」
口元だけは露出している仮面なので、こいつの下種な笑いが見える。
非常に不快だが、今は彼を頼るしかなかった。
◇
この不気味な情報屋と知り合ったのは、三週間程前のこと。
一人でロックタウンを訪れて、何か面白いものはないかと闇市を物色していた俺に、スカ―の方から声をかけてきた。
「あなた、転生者ですね」
「え?」
突然後ろから声をかけられ、俺は手に持っていた謎の液体の入った瓶を落としそうになる。
「おい兄ちゃん、気を付けてくれよな」
「あ、ああ悪い」
露店の店主に注意されたが、いきなり声をかけてくる方も悪いだろう。
一体どんな不躾な奴だと思って振り返ると。
そこには、口元が見える黒い仮面を被った、長身の人物がいた。
……いや、怪しさMax!
「店主さん、その瓶はいくらですか?」
「あん……って、ス、スカ―さんじゃないですか。いやだなあ、そんなもの、無料で差し上げますよ……さー、店仕舞い店仕舞いっと」
店主は仮面の男を見た途端、慌てて店を畳み、いそいそとどこかへ消えていく。
「……」
なんなんだ、この男。
不気味、というのが第一印象。
それに、店主のあの反応。
もしかしたら、俺が探していた人物かもしれない……。
「……だ、そうで。その瓶は、うん、虫下しポーションのようですね。私からのプレゼントということで、差し上げますよ」
「はあ……ありがとうございます」
……と言うか、待て。
この人、確か俺に声をかけた時……。
「で、話は戻りますが。あなた、転生者ですよねぇ?」
それが、情報屋スカーとの出会い。
殺し屋として生きる上で、切っても切れないのが情報屋との関係だ。
危険な場所、近づかない方がいい相手、ターゲットの弱みや生活リズム、逃走経路に侵入経路――任務において必要な、ありとあらゆる情報を入手するための手段。
その手段を、俺はこの異世界でも探していた。
冒険者なんていう職が当たり前に存在するのだから、それを顧客にする情報屋も必ず存在するだろうと。
デリアの街だけでなく、カザス国の裏の全てに通じる情報通、仮面の男――スカー。
俺が、探していた人物だった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました
樹里
ファンタジー
王太子殿下との婚約破棄を切っ掛けに、何度も人生を戻され、その度に絶望に落とされる公爵家の娘、ヴィヴィアンナ・ローレンス。
嘆いても、泣いても、この呪われた運命から逃れられないのであれば、せめて自分の意志で、自分の手で人生を華麗に散らしてみせましょう。
私は――立派な悪役令嬢になります!
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる