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絶念

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「死ねえええええ!」


 獣のような唸り声をあげながら、フェンネルはまっすぐに突進してくる。

 あの勢い、あれはまずい。

 攻撃を受け止めるなんてことは、最早できる次元じゃないだろう。


「くっ……」


 俺はその場に転がるように回転し、フェンネルの股下を潜り抜ける。

 とにかく、ここは場所が悪い。なにせ狭い路地だ……正面からのぶつかり合いに勝算はない。

 俺はゴロゴロと転がりながら、なんとか路地を抜け出して大通りまで移動する。


「ちょこまか動くな!」


 追いかけてくる銀獅子は、力の限りその爪を振り下ろす。

 空を切った爪は道路を砕き、破壊的な穴を作り出した。

 ……昼間の攻撃とは、明らかにスピードもパワーも違う。

 それだけ、全身を変化させるというのは凄まじい力を生むのか。


「がああ!」


 フェンネルは段々と人語を無くしていき、獣の呻き声を上げるだけになった。

 恐らく、あれが力の代償なのだろう。

 理性ではなく本能で動くようになる……一見デメリットのようだが。

 しかし、理性のない怪物の恐ろしさを、俺は知っている。

 恐怖を感じない、本物のバーサーカー……!


「くそっ!」


 防戦一方だ。

 反撃の手立てが見えない。

 奴の攻撃速度は、回避に全神経を集中しなければ躱せない領域まで達していた。

 これでは、隙を見つけても突くことができない。


「がああ!」


 ようやく現れた小さな隙を責めようにも、今度は思わぬところから反撃がくる。

 例えば、それ自体が鞭のようにしなる尻尾であったり。
 例えば、動かせるはずのない角度で駆動させる脚だったり。

 スキルで強化された獣の体から繰り出される攻撃は、弱音を言わせてもらえば、見切れない。

 ……つーか、俺は殺人が専門なんだよ!

 元が人間で二足歩行だからと言って、獣の相手なんて土台無理がある。

 それでも、何か武器があれば状況は違ったが、今はナイフ一本と身一つだ。

 武器、か。


「……っ」


 また、頭痛。

 しかも、今度はよりはっきりと、鮮明に。

 頭をかち割るような痛みに襲われる。


「っ! ……くそがっ!」


 痛みで一瞬鈍った俺の動きを、フェンネルは確実に捉えてくる。
 その鋭い爪を、上体を逸らして寸でのところで躱す。

 まずい……。

 あの銀獅子の攻撃を避けるだけで手一杯なのに、その上謎の頭痛まで。

 これじゃ、いつ奴の爪を食らっても――


「……⁉」


 ブンッ、と、自分の体が空中に投げ出されたのを実感する。

 さっきの攻撃を避けた時、右足に尻尾を括りつけられていたらしい。

 そしてそのまま――上空にぶん投げられた。


「嘘だろ……」


 何だ、それ。

 しっかり理性的な小細工じゃないか。

 俺のミスだ――本能のまま動くなら、こんな小手先みたいなことはしないと、勝手に決めつけていた。

 宙に浮いてしまったからには、いかに防御姿勢を取れど、次の一撃を完全に避けることは不可能だろう。

 なら、被害を最小限に防ぐ!


「……!」


 俺は宙返りになっている体を捻って体制を整え、奴の顔面目掛けてナイフを投擲した。


「があああ!」


 もちろん、そんな見え見えの攻撃は簡単に防がれ、ナイフは弾かれてしまう――が。

 防御に左手を使ったことで、フェンネルは右手でしか攻撃ができない。


「……ぐっ!」


 直後、奴の太い爪が俺の左上腕部を裂く。

 鮮血が飛び散り、鋭い痛みが走る。


「くっ……」


 俺は次の一撃がくる前に、奴の肩を蹴り飛ばして距離をとった。


「……ってえな」


 これが、S級。

 これが、Aランクのスキル。

 正直、かなりやばい状況だ……即座に死に至ることはないが、左腕は使い物にならない。

 対して、向こうのダメージはほぼゼロ。
 万事休す、か。


「……」


 本来なら逃げの一手だが、相手は人外だ。並の人間からなら負傷していても振り切れるが、今回はそううまくはいかないだろう。

 くそ……だめだ。

 思いつく作戦の全てが、奴の力の前では無意味だとわかってしまう。

 思えばこの世界にきてから、Aランクモンスターをはじめとして、さまざまなモンスターを討伐してきたけれど

 それができたのは、イオが多様な武器を持っていたからだ。

 銃に爆弾、槍に火炎放射器。

 その武器を使ったのは、確かに俺だけど。
 俺単体の戦闘能力は、これが限界なのか?

 元いた世界では、例えナイフ一本だろうと、誰にも遅れを取るつもりはなかった。

 異世界、スキル。

 その異常さに、イオのおかげで気づかないで済んでいたのだ。

 武器がなければ、この程度。

 それこそ兄貴なら、ものの数秒であの怪物を倒せるのだろう。

 だけど、俺には無理だ。


「……はあ」


 左腕から止めどなく溢れる血を見て、溜息をつく。

 ……何が式家の血だ。

 こんなの、ただの赤い液体じゃないか。

 何の力もなく、何の意味も持たず。

 ただ無意味に――人を殺してきただけ。


「がああああ!」


 銀獅子が咆える。

 次に繰り出される奴の攻撃を、避けきる術も体力も残っていない。


「ははっ」


 俺は静かに笑う。

 なるほど、これが式創二の二度目の死に様になるのか。

 一度死んだことがあるんだ、こちとら死になれている。

 どうやら、式創二の人生は。

 何度やり直せたところで、無駄に無意味に。

 終わっていくらしかった。


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