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葛藤

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 シキがギルドに到着するまで、あと五分。


「……今なんと?」


「だーかーらー、最近この弱小ギルドからもA級が出たんでしょ? 君たちのとこにいても可哀そうだから、うちがもらってあげるんだよ」


 弱小、と聞いて、セリナの眉がぴくっと動く。

 だが、何も言い返せない。

 事実、フェンネルたちの所属するヘオーネポーンには何人かのA級冒険者がおり、実力で言えば確実に劣っているからだ。


「それは……できません。都合のいいことを言って、うちのギルドを吸収するのが目的なんでしょう? だから、うちにA級がいたら邪魔になるから、引き抜こうとしている」


 以前から、ヘオーネポーンはデリアルークを吸収しようとしていた。そうすれば、デリアルークにくる依頼も丸ごとものにでき、更に親ギルドであるカザスナイツに対してポイントを稼げる。

 元々、A級以上がいないデリアルークがある程度の地位を築けたのも、地方の小さなギルドを吸収していったからだ。

 だからこそ。

 様々なギルドの想いが詰まった場所だからこそ、ヘオーネポーンに組することはできない。

 少なくとも、セリナはそう考えていた。


「……まあぶっちゃけるとそうなのよ。さっすがセリナ嬢、聡明だね。こんなしょぼくれたギルドでも、A級がいるとなればそう簡単に取り壊せなくなっちまう」


 くくくっと厭味ったらしく笑うフェンネル。

 普段なら、自分たちのギルドが侮辱されれば黙っていないメンバーたちではあるが……今回ばかりは、手出しできずに周りを取り囲むだけだった。

 それだけ、フェンネルという男の強さを知っているということなのだが。

 それに、グロスも。

 下手に食って掛かれば、返り討ちにあうのは火を見るより明らかだった。


「だから、そのA級をこっちでもらってあげるのさ。そうしたら、元の弱小ギルドに逆戻り。うちが吸収するのも時間の問題ってわけよ」


 なあグロス、とフェンネルは赤髪の連れに声をかけるが、露骨に無視される。

 グロスは内心、かなり苛立っていた。

 本来なら、とっくにデリアルークを取り込むことができたのに、フェンネルがセリナを気に入っているのでうまく話が進まないのだ。その所為で、何度山を越えてデリアの街までやってきたかわからない。

 どうでもいいから早く終わらせてほしい、というのが彼の本音だった。


「で、そのA級はどこにいるの? そいつにとっても悪い話じゃないと思うんだけどな。このギルドにいたら高難度の依頼は中々回ってこないだろ。その点、うちにきたらやりたい放題稼ぎたい放題だぜ」


 フェンネルの提案は、しかしもっともらしい内容だった。

 特に当事者――イオにとっては。

 彼女は、なんとしてもランクを上げて、カザスナイツに自身の存在を認めさせる必要があるのだから。


「あの……すみません」


 しばらく黙ったまま思案していたイオが、おもむろに声を出す。


「……ん? なんだいお嬢ちゃん」


 それまで彼女のことなど気にも留めていなかったフェンネルは、少し遅れて反応する。


「あなた方が探しているA級冒険者は、私です」


「……⁉ イオ様っ!」


 イオの突然の告白に、セリナは驚きを隠せない。


「ああ? お前みたいなちんちくりんが、A級だって?」


 今にも噴き出してしまいそうな声を出しながら、フェンネルはイオを指さす。


「はい、これが証拠です」


 対して彼女は、懐に仕舞ってあった冒険証を取り出して、フェンネルに見せつけた。

 そこには確かに、『A級』の文字がある。


「……へえ。イオ……って言ったっけ? まじにA級なんだ。これは失礼した。俺はヘオーネポーンの冒険者、フェンネル・オーガスタ―」


 フェンネルはイオをまじまじと見つめ、それから丁寧にお辞儀をする。

 横目で冒険証を見ていたグロスも若干驚いていたが、すぐに平静を保つ。


「で、こっちの不愛想な男が、同じく冒険者のグロス・ベロートだ」


「……はい、よろしくお願いします」


「じゃあ、さっきの話の繰り返しになるけど、イオくん。是非うちのギルドに入団してほしい。ここにいたら君の将来のためにもならないだろう」


 彼の勧誘に、イオはすぐには頷けない。

 確かに、願ってもない話だ。断る理由はないはずだった。


「イオ様……」


 だが、隣で不安そうな顔でこちらを見つめるセリナや。
 周りでどよめいている、ギルドのメンバー。
 それに、デリアの街の人たち。

 シキさん。

 ここでこの提案を飲んだら、みんなの期待を裏切ることになってしまうんじゃないか?

 そんな考えが頭の中を巡るが、イオはそれを追い払うように深く息を吐く。


 ――あの日、決めたじゃないか。

 ――どんなことがあっても、前に進むんだって。

 ――道を用意されているのに、行かないでどうする。


「……」


 イオはその碧い瞳を見開き、フェンネルを見据える。

 そして、口を開く。


「私、ヘオーネポーンに入団します」


「っ……! イオ様……」


 周囲がざわつく。


「そうかそうか、うちに来てくれるか。話が早くて助かったよ。じゃあこれからよろしく」


 言いながら、フェンネルはイオの頭に手を伸ばす。

 彼にとっては、まだ幼さの残るイオの頭に手を置くことは、一種の触れ合いでしかなかった。

 だが、それをきっかけに。


「……があっ⁉」


 高速移動する黒い物体がフェンネルを横から突き飛ばし、酒場の奥へとふっ飛ばす。



「……あれ、何、この空気?」



 黒い物体の正体。

 弾丸の如く駆けてきた、式創二だった。


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