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依頼
しおりを挟むデリアルークに到着すると、誰もいない酒場の奥から、セリナさんが笑顔でこちらに会釈してきた。
……いや、よく見れば、床や壁際に数人の屈強な男どもが倒れこんでいる。
恐らく酔い潰れてしまったに違いない……だとしたら、セリナさんも相手をするのが相当大変だっただろう。
……と言うか、いつ休んでるんだ、この人。
意外と超人なのかもしれない。
「おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」
「おはようございます。お陰様でゆっくり休めました」
絵に描いた社交辞令の挨拶を交わすイオとセリナさんだった。ちなみに、俺はぎこちない会釈をするだけで済ます。
苦手なんだよな、こういうの。
人間として当たり前の、作法ってやつ?
「はい、こちらがイオ様とシキ様の冒険証です。なくさないよう大事にしてくださいね」
そう言って手渡された紙には、でかでかと『F級冒険者』の文字が刻まれていた。
悲しい。
「では、早速依頼を受注しますか? 今お二人が受けられるものだと、これなんかがおすすめですが……」
セリナさんはカウンターの下から一枚の紙を取り出す。
その上段には、『Eランククエスト』と書かれていた。
「シキ様は今回が冒険者として初めての依頼になりますので、まずはこの辺りから手を付けるのがいいかと」
「Eランク、魔薬草採り……」
提示された依頼書を見ながら、イオはうーんと腕を組む。どうやら何か不満があるらしい。
まあ、彼女は一応Cランク以上の依頼を受けたくて、このギルドのメンバーになったというし。
俺のせいでランクの低いクエストを提案されて、不服なのだろう。
しかも、具体的にはわからないが、目的の草を摘み取ってくるだけの依頼のようだしな……腕を組みたくなる気持ちもわかる。
「……俺は別に、もっと高いランクのクエストでもいいんだけど……」
こっちのことを気にするあまり、イオがノビノビと冒険者ライフを過ごせなくなっては困るので、俺はその旨を伝える。
刹那、セリナさんの目がキッと鋭くなった。
「シキ様。厳しいようですが、冒険者としての実績が全くないあなたにとっては、Eランクでも難易度は高いくらいなんです」
セリナさんの顔から笑みは消え、真剣な眼差しで続ける。
「うちのギルドに来る依頼は、大体がこうした魔薬草採りや下級モンスターの討伐です。ですが地形や気候、上級モンスターの巣の存在など、さまざまな要因が絡んできて、実際の難易度は数段上がります。警戒してし足りないことはありません」
油断するなんてもっての外です、と頬を膨らませるセリナさん。
「……はい、すみませんでした」
素直に謝った。
素直に謝れるいい子なのだ。
実際、モンスターとかいうこれまたファンタジーな存在、見たこともないのだから警戒して当然だろう。
「それに、近頃は大規模な山賊グループが出没していますので、偶発的な戦闘が起きる可能性も高いのです」
「ああ、山賊ね……」
数日前のことなので、もう記憶もおぼろげだが。
あの時は三人だけだったから問題なかったが、確かに数で押されれば少しだけ面倒そうだ。
「特に山賊のリーダー、顔に傷のある男には要注意です。彼はCランクスキルの【風の矢】を使うらしいので、音もなく狙撃される危険があります」
常に警戒していてくださいね、と人差し指を立てて注意を促すセリナさん。
「……」
顔に傷のある男で、弓使い、ね。
何だかそんなような人物の首をはねた記憶もあるけど……うん、気のせいだろう。
気のせいにしとこう。
それが彼の為でもある気がする。
合掌。
「なぜ急に手を合わせて目を閉じているんですか、シキさん。怖いのでやめてください」
突飛な行動をイオにたしなめられた。
半ば呆れ顔である。
「ああ、ごめん。何でもないよ」
故人に手を合わせるなんて初めてのことだったが、面白半分でやるもんじゃないな。
例え俺を襲った相手だとしても、死んだ人間をおちょくるのは不謹慎だ。
罰が当たるぜ(どの口が言う)。
「ちなみに、山賊のリーダーの身柄には街から賞金が掛かっていますので、もし生け捕りなどにできた場合は教えてくださいね」
「ひゃっほう!」
急にガッツポーズを取る俺に対し、明らかに引いている女子陣だった――不謹慎と言うなら、今がまさにその状況だった。
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