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「それと……これも」


 そう言って、イオはリュックの奥の方からごそごそと何かの紙を取り出した。
 さっきの本とは別の、ぺらいちの紙である。


「これは……冒険証ですね。以前はトレットのギルドにいらっしゃったんですね」


「はい、D級冒険者でした。あそこのギルドではそれ以上のランクの依頼が少ないので、こちらのメンバーになれればと思ってやってきました」


 イオは、デリアの街を目指す道程で語っていたのと同じ理由を話す。

 ……それは多分、建前なのだろうけど。本音はもっと別のところにある気がする。

 彼女の目には、何か暗いものが映っているから。

 あの時深くは訊かなかったし、これからも訊くことはないだろうが。


「そうだったんですね。うちのギルドを選んでくれてありがとうございます。……はい、でしたら文句なくD級冒険者として登録させて頂きますね」


「……てか、スキルはCランクなのに、冒険者ランクはDなんだな」


「うるさい黙ってくださいバカ」


 食い気味に罵倒された。
 本人も気にしているらしい。


「私はまだ成長途中なんです。見てくださいこの華奢な体。これからメキメキ実力を伸ばしていくんです」


「確かに、びっくりするほどメリもハリもない円柱みたいなボディだもんな。これからの成長に期待だ」


「胸を見ながら言いましたね? 今確実に胸を見て言いましたね?」


「胸など見ていない。俺は生粋の脚フェチだ」


 そうだ、脚なら愛せるかもしない。
 全国津々浦々の美脚に危険が迫ったら、俺のスキルで感じ取れるかもしれない。


「はぁ……気持ち悪いことを堂々と言わないでくださいよシキさん」


「人様の性癖を気持ち悪いとか言ってんじゃねえ。傷つくだろうが」


 俺が傷ついちゃうだろうが。


「あのぉ……よろしいでしょうか?」


 あわや殴り合いか掴み合いの喧嘩かというところで(そんなわけはない)、セリナさんが止めに入ってくれた。早く仕事をしたいんだろう。


「お二人の冒険者登録は明日の朝には完了しますので、依頼を受けたい時は明日以降、ここを訪ねてください」


 手続がいい。
 役所にも見習ってほしいものだ(知らんけど)。


「ちなみに、お二人はパーティーを組まれますか?」


「パーティー?」


 チームを組む、といいうことだろうか。
 誰かと組んで任務にあたることなんて、片手で数えられる程しかなかったが……基本的に、単独行動が好きなのだ。

 孤独を好むというと、何だか哲学者っぽいけど。

 事実は、人との接し方がよくわからないコミュ障なのだ。

 いやまあ、人殺しなのに誰かとつるむのが好きとか、そっちの方がサイコパスだと思うけど(うちの兄貴みたいに)。


「パーティーを組むと、そのメンバーの中で一番ランクの高い人の一つ上のランクの依頼まで受けることができますよ」


 お二人が組めばCランクの依頼まで受注できますね、と説明してくれるセリナさん。


「……えっと」


 正直、組みたくはない。

 一人が楽なのだ。

 それに、イオの方もこんな得体の知れないはぐれ転生者、しかもFランクのスキルしか持っていない俺となんて(涙)、一緒に仕事をしたくないだろう。

 このギルドには他にランクの高い冒険者もいるだろうし、そいつらとパーティーを組めばもっと難易度の高い依頼も受けられるしな。その方が彼女にとって最善だ。


「あ、えっと、大丈夫です。とりあえず俺は一人で……」


「組みます、パーティー。シキさんと」


 俺が断りの文句を言い終わる前に、イオがはっきりとした声でそう言った。


「いや、イオ。俺なんかと組むより、もっとランクの高い奴を探した方がいいって」


 それに俺、真面目に仕事する気ないよ?
 死んで生き返ってまで仕事したくないよ?

「ごめんなさい、シキさん。この街に来る間に、シキさんとパーティーを組もうって決めていたんです。もちろん、嫌だと言われれば潔く諦めます……」


「嫌……ではないんだけど……」


 嫌というか、面倒臭いというか。

 申し訳ないというか。

 くそ、感情が上手く言葉にできない……人と接してこなかったから、こういうのは苦手だ。
 こういう、自分の気持ちを伝えるのが得意じゃない。


「お魚を恵んでもらった時から、この人はいい人なんだって思ってました。パーティーを組むなら、信頼できる人にしようって決めてたんです。お願いします! 」


「えらく安い信頼だな……」


 ただまあ、ううん。

 断る理由が希薄なのは、自分でも感じていた。

 右も左もわからない異世界で、親切にしてもらったのは事実であり、その優しさを憎からず思っているのも事実だ。

 目覚めて最初に出会った人間の印象が最悪だったのもあるけど(山賊って)。

 俺もイオ・ノーランのことを、いい人だと思っているのだ。

 それに、彼女の瞳が。

 俺を映しているその美しい碧眼が、自然と首を縦に振らせていた。

 そこには、あの日殺してしまった碧い目の少女への罪悪感もあったのだろうか。

 感情を言葉にするのは、苦手だ。


「わかったよ。じゃあ、えっと、これからよろしく」


「はい! よろしくお願いします、シキさん」


 何だか全身がこそばゆくて、多分恥ずかしがっているであろう自分が、不思議と嫌ではなかった。

 そんな初々しい俺たちの語らいを見守りながら、ニコッと人懐っこい笑顔を浮かべて、セリナさんは言う。


「ようこそ、デリアルークへ!」


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