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凶器の愛 003
しおりを挟む「またあたしを殺しにきたのか? こりねーねーちゃんだな、ほんと。今度はまた、めずらしいもんも連れてきてるしな」
かかかっと快活に笑う殺人鬼――渚美都は、後部座席から話しかけてくる。
渚家の前で張り込んでいた俺たちに声をかけた彼女は、あろうことかそのまま車に乗り込み、目的地を指定して車を走らせたのだ。
殺し合いをするのに、うってつけの場所に。
「……」
江角さんは無言でハンドルを握る。元々運転中は話したがらない人だったが、今は後ろからの声を完全に無視する形である。
必然、怖いおねーさんの相手をするのは俺の役目になるわけで。
「おい、助手席の変なのくん。なんか面白い話でもして場をつなげ。あたしは退屈するのがすこぶる嫌いなんだ」
怖いおねーさんは、サイズオーバーでだるだるの上着の袖をプラプラさせながら、助手席の後ろを蹴る。いや、やってることマジチンピラ。
「……今時どのバラエティー番組でもしねえっすよ、そんなフリ」
「こういう時に話せる小咄の一つや二つねえと、モテないぜ。お前そこそこ顔はいいんだから、後はトーク技術と陰気臭い雰囲気を何とかするだけだな」
「……」
調子が狂う。
俺が食べてきた三人のカワードは、言葉を交わしこそすれ、こんな風に普通の雑談めいたものはしなかった。あまりにも普通に話しかけてくるから、自然と年上相手にするように敬語になってしまう。
『最悪の世代』……すでに彼女は、カワードになってから十年が経過した。それだけの時間が経てば、カワード特有の全能感や支配欲みたいなのも、薄れるんだろうか。
「にしても、仕事を終えて久々に実家でゆっくりしようと思ったらこれだよ……ったく、ちょっとはこっちのスケジュールにも気を配れよな」
言いながら、渚さんは見知らぬ銘柄のタバコに火をつける。バックミラー越しに見えるその姿は、何と言うか、すげえ様になっていた。
「……仕事って、何してるんですか?」
俺は退屈が嫌いだという彼女のために、会話を続けようと努力する。もし機嫌が悪くなって暴れられでもしたら、背を向けている俺と江角さんはいとも容易く殺されてしまうからだ。
「んー? 殺し屋」
「……」
さも当然のように言われた。
渚美都……職業は殺し屋らしい。とても履歴書には書けそうもない。
「ちなみに今日はアメリカの大統領を殺した帰りだ」
「世界揺るがしてんじゃねえか」
「ははっ、殺し屋ジョーク」
「笑えねえっす……」
ご機嫌取りのためには笑うべきかもしれなかったが、しかしこの状況ではどんな抱腹絶倒のギャグを見せられても笑えない。
後頭部に銃口を突き付けられているような寒気。
ナイフを首筋にあてがわれているような恐怖。
彼女が無意識に放つ暴力的な雰囲気が、車中の緊張感を高め続けていた。
「おい、変なのくん。名前なんていうんだ」
「……叶凛土です。叶わぬ恋の叶に、凛とした土で、叶凛土です」
「なんだ凛とした土って。それにお前、夢が叶うの叶とか、もっと言い方あるだろ」
殺し屋に突っ込まれた。
意外と貴重な経験かもしれない。
「で、その叶くんが秘密兵器ってわけかい? 朱里ちゃんよぉ」
江角さんのことを下の名前で呼ぶのか、この人。
当の朱里ちゃんは、無言でアクセルを踏み続けている。
「……まあいいさ。あたしは早く家で休みたいんだ。ちゃっちゃと始めてちゃっちゃと終わらそう」
言い終わると、彼女は吸っていたタバコを開いた窓から投げ捨てる。本来は注意するところだが、流石に無理。
「あの、渚さん」
「あん? なんだい変なのくん」
名前を教えたのに、変なの呼びはそのままだった。教え損じゃねえか。
「その……何で人を殺すんですか?」
彼女は有象無象のカワードとは違い、己の快楽のために人を殺しているのではなさそうな、そんな気がした。何か別の理由があって人を殺しているのなら、それを知りたい。
彼女は、自分の十字架とどう向き合っている?
「殺し屋に人を殺す理由を聞かれてもな……。あたしはカワードになる前から、殺し屋として人を殺してきた。だからまあ、強いて言うなら仕事だからだよ」
「仕事……」
人間だったころから人殺しだったのだとすれば、カワードになった後もやることは変わらないのだろう。むしろ、より便利になったくらいの気持ちでいるのかもしれない。くそ、事例が特殊過ぎて参考にならねえ。
「なに? お前人を殺す理由とか、一々考えるタイプ? やだねー、理屈っぽい男は嫌われるぜ」
渚さんは笑いながら、バックミラー越しに俺の目を見る。
「横に座ってる朱里ちゃんにも聞いてみな。そいつも仕事だからカワードを殺すんだ。別にみんな、好き好んでやってるわけじゃねえ。あたしも昔は、お花屋さんとかケーキ屋さんとか、そんなこってり甘々な職業に憧れてたもんだぜ」
「……」
好き好んでやってるわけじゃねえ、か。
「あたしは仕事だから人を殺す。異能を手に入れたから暴れてるような、そんな奴らとは一緒にしないでほしいね」
渚さんはポケットから煙草を取り出し、二本目に火をつけた。
「……でも、どんな理由があっても、人を殺したら同じじゃないんですか? そこに至る過程はどうあれ、結果として殺したんなら、それは罪になる」
俺は、自分が食べた三人を思い返しながら言う。
彼らを殺したのには理由があるが、それで割り切れるほど、俺は強くない。
「あ? くだらねえこと言ってんなよ。杓子定規な法律ですら、殺人の状況によって量刑が決まんだろうが」
タバコをふかす彼女は、意外なことにもっともらしいことを口にする。
そして、続ける。
「あたしはただの人殺しじゃねえ。そこには殺しの美学がある。その美学に則る限り、あたしの殺人は正当なものなのさ」
ああ、そうか。
彼女は、強い人なんだ。
周囲に迷惑をかけても、自分の行動で誰かを泣かせることになっても、気にならない。そんな、強い人間。
渚美都の中には、「自分」しかない。
「……その美学ってやつは、なんなんです?」
待ってましたとばかりに、彼女は笑い。
殺し屋『凶器の愛』は、その美学を語る。
「あたしは依頼があれば殺す。依頼がなくとも、私を害そうとする者は殺す。殺す時は、芸術のように美しく殺す。そして、殺し損ねた相手は、今後絶対に殺さない。それが、あたしの美学さ」
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