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エピローグ
しおりを挟む「――……」
目が覚める。
見覚えのない無機質な天井に、決して寝心地がいいとは言えないベッド。
冴えない頭を働かせ、自分がどこにいるか考える……うん、多分救護室だろう。
詳しい情報を集めるために身体を起こそうとするが、途端に全身の筋肉が痛覚を全開にして悲鳴の大合唱を始めた。
端的に表現しよう……滅茶苦茶痛い。
例えようのない激痛に飲まれて再び目を閉じると、
「ウィグさんっ‼」
突然の衝撃。
誰かが覆い被さってきたのは確かだが、肺が潰れるので是非やめてほしい。
「よかった! ほんとに、無事でっ……!」
その緑色の瞳をした誰かさんは、怪我人の上でワンワンと泣き出してしまった。
無下にどかすこともできないので、そっと背中に手を添えてみる。
ほんのりとした温かさが、手のひらに染みた。
「……あんまり泣くと涙が勿体ないよ、エルネ」
当然と言うか、僕を圧し潰そうとしているのはエルネだった。
見た限りでは痛めつけられた様子はない……妥当な表現かはわからないが、しっかり人質として扱われていたのだろう。
「とりあえず落ち着こう? ほら、笑って笑って」
「ウィグさん全然目を覚まさないし、お腹を突き破られたし、血がいっぱい出てたし、ほんとに心配で……うぇぇえええええええんっ‼」
泣き止むどころかダムが決壊した。
生憎、こういう場合どうしたらいいのか皆目見当もつかない……女の子一人笑顔にできないなんて、我ながら甲斐性なしである。
「ヒック、ヒック……すぅ」
「マジか」
急に静かになったと思ったら、この体勢のまま寝始めやがった。
思わず声も出るというものである。
「おーい、エルネさーん。おーい」
「むにゃむにゃ……」
ダメだ、起きない。
そりゃいろいろあって疲れているだろうし、命の危険が去って安心したのだろうけど……まさかこの状態で寝るとは、ある意味脱帽である。
元々身体は動かないが、さらに身動きが取れなくなった。
どんな状況だ。
「起きたか、ウィグ」
しばらく為されるがままに寝そべっていると(普通に苦しい)、扉の奥からナイラが姿を現した。
救世主の登場である。
「丁度良かった、ナイラ。申し訳ないんだけど、エルネの面倒を見てもらってもいい?」
「そのまま胸を貸してやったらいいだろう。私の出る幕じゃないよ」
「いやほら、僕、一応怪我人だから……」
「少女一人支えられんようでは『流星団』の一員とは言えんな」
意地悪そうに目を細めるナイラ。
僕が苦しむ様を見て楽しんでいるに違いない。
「じゃあいいけどさ……そんなことより、ありがとう」
「? 何がだ?」
「こうしてエルネを助け出してくれて」
ナイラが人質救助に失敗していれば僕は殺されていた。
下手したら、捕えられていたエルネも。
ナイラは僕とエルネ、両人の命の恩人なのだ。
「仲間を助けるのは当然だろう。礼を言われることではない」
「それでも、さ。ナイラがいなかったら僕は死んでただろうし……ほんとに感謝してるよ」
「……お前が素直に礼を言うというのも、なんだか不気味だな。人間、死に際になると善人になるというのは本当らしい」
「酷いこと言うね。これでもちょっとずつ変わろうとしてるのに」
「冗談だ。お前は良い奴だ、ウィグ」
ナイラは扉の近くから動かず、少し離れた位置で微笑む。
「さて、私はマスターのところに報告にいってくるよ。ウィグは無事に目を覚ましたとな……もう二、三日はランダルで休息して、それからギルドに戻ることになるだろう。しっかり身体を休めるんだぞ」
「おっけー。ナイラこそ疲れたでしょ? お互い休みを満喫しよう」
「私は平気さ……疲れるとしたらこれからだな。『明星の鷹』とのいざこざについて軍に報告しにいかねばならない」
「……あの人たちはどうなりそう?」
「対抗戦における不正は厳罰の対象、加えて人質を取るなどと卑劣極まりない愚行を犯したからな……いくら公認ギルドと言えど、ギルドの即時解体も有り得る話だ。あの様子では過去の余罪もボロボロ出そうだしな」
ギルド解体……もしそうなれば、ガウスの夢見た栄華は終わりを告げる。
兄たちも、今までのように生きることはできないだろう。
「個人的には今すぐ全員を殴り飛ばしたいところだが、それは私の役目ではない」
「僕の役目でもないよ」
「……そうか。お前が言うならそうなのだろう」
大袈裟に肩をすくめ、ナイラはくるっと踵を返す。
僕と無駄話をしている時間はないようだ……若干寂しくもある。
「えっと……じゃあまた、そのうち」
「うむ……そのうち顔を出す」
「いつでも冷やかしに来てよ。どうせベッドで寝てるだけで暇だしさ」
「だろうな。まあ、今日くらいはその場所をエルネに譲ろう」
「え? なんて?」
「……何でもない」
後半はよく聞き取れなかったが、言い直すでもなく部屋を出ていくナイラ。
が、なぜかすぐに戻ってきて、
「……今日の戦い、格好よかった。一応、伝えておく」
それだけ言い残し、さっさと走っていってしまった。
「……」
唐突過ぎてポカンとしてしまったが……うん、あとで喜んでおくとしよう。
あの『豪傑のナイラ』に褒められたとあっては小躍りしたいが、身体は自由に動かないし。
僕の上ですやすやと寝息を立てる少女を叩き起こすわけにもいかない。
「……」
何の気なしに、エルネの頭を撫でてみる。
ふわっと香る朗らかな匂いと、柔らかい手触り。
今にも崩れそうで壊れそうな。
儚い感触が、指先から伝わってくる。
「……」
友達。
仲間。
親友。
家族。
人間同士の関係性を表す言葉は数多く存在する。
なら、僕とエルネは?
きっと――
「……ウィグさん、今私のこと撫でてました?」
パチッと、エルネのつぶらな瞳が開いた。
気まずい空気が流れる。
「……撫でてない」
「嘘。バッチリ撫でてましたよね?」
「だから撫でてないって。触ってすらいない。神に誓うよ」
「神様なんて信じてないでしょう……どうしたんですか? まさか、エルネちゃんのことが愛しくなっちゃったとか?」
「うるさい黙れ。もう寝る」
バツが悪くなったので、慌てて目を閉じた。
直接見えずとも、エルネのにやにやと笑う顔が浮かんでくる。
「素直じゃないですね、ウィグさんも」
「何も聞こえない。僕はもう寝た」
「わかりましたよー。じゃ、私も寝ますね」
ごそごそと布が擦れる音。
どうやら、エルネは僕の布団に侵入してきたらしい。
「……せまいんだけど」
「心配には及びませんよ。こう見えても小柄なので」
「いや、君の寝づらさを慮ったわけじゃなくて……」
「ウィグさん」
静かに、しかしハッキリと。
エルネが、僕の名前を呼ぶ。
「今日だけ、このままでいさせてください」
そう言われてしまっては、反論するのも無粋だろう。
大人しくじっとしていると、ほどなくして小さな寝息が聞こえてくる。
「……おやすみ」
思えば、誰かに就寝の挨拶をした経験はほとんどない。
むず痒くなった胸を気にしながら、僕は眠りについた。
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