聖女も聖職者も神様の声が聞こえないって本当ですか?

ねここ

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- 回想 ジョルク 2-

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4人は走る。

前方になんの防具も身に着けていない少女が、必死に走っているのが見えた。

速度を上げて、エスタが少女を捕まえる。
捕まえた少女は、激しく抵抗してきた。

「離してください!行かなければならないのです!!」

「今の状況をご存じではないのですか?近くにたくさんの魔物がいます。すぐに村に戻ってください。」

「嫌です!ダメなんです!今でなければ、今を逃したら、生きている意味がない!!」

余りの必死さに、エスタがたじろぐ。

「エスタ、彼女を連れて村へ。ここから先は3人で行く。」

団長がエスタに命令を下して、俺達3人は走り出す。
エスタは暴れる少女を抱え、走り出そうとしたのだが。

「嫌っ!離して!行かなければ!!彼に会わなければ!!」

その言葉に、足を止めて、少女の元へ行く。

「彼って、クラークスのことか?」

少女は頷く。

「あいつのことを知っているのか?」

また頷く。

「あいつは、なんなんだ。」

「私を離してください。彼の元に行かせてください。そうしたら、話します。」

団長と顔を見合わせる。
今はクラークスを監視するだけで、悪魔と戦うわけじゃない。

「いいだろう。」

団長が、少女の同行を許すことを決断した。

「我らと一緒に行くのであれば、許可しよう。で?あの少年は何者だ?」

少女は両手を握りしめて、はっきりとした言葉を紡ぐ。

「悪魔を討伐することのできる、です。」


この後、クラークスの姿が見えた時には、見渡す限りの魔物はすべて屍に変わっていて、クラークスは悪魔と睨みあっていた。
不用意に言葉を発してしまった団長が悪魔に殺され、俺はヴォルフとエスタに少女の護衛を任せ、悪魔を討伐しようとしたのだが、悪魔の気を反らし、ほんの少しの隙を作ることしかできず、その隙にクラークスが、息をするように悪魔を討伐してしまった。

次元が違う。
どうすれば、どれだけのことを積み重ねれば、そこに至ることができるのだろう。

クラークスの強さに憧れた。
王族の地位など、小さな下らないものに思えた。
この強さを手に入れたい。

その場で弟子にして欲しいと頼み込んだ。
弟子にはしないが、自分の願いを1つ聞いてくれたら、偶に稽古をつけるくらいはしてもいいと言われた。
内容を聞かずに、2つ返事で了承した。

「よっしゃっー!!俺さぁ、では平穏に、平凡に、目立たずに生きたいんだよね。だからさ、この悪魔を倒したの、君ってことにしてくれない?」


この直後、いつの間にか張られていた結界の中で、熟睡しているヴォルフとエスタの横で、無残な屍となった団長に魔法をかけ続けている少女に目が行った。
団長の屍はみるみる元の形に戻っていき、眩い光に包まれた。
エンバーミングか?と思っていると、団長が目を開いて起き上がった。

「嘘だろっ!!」

死者蘇生。

とんでもない奇跡を目の当たりにして、生意気で鼻持ちならないヤツだった過去の俺は、どこかに消し飛んでしまった。

討伐隊の陣営に戻りながら、団長と報告内容について話し合った。

ヴォルフとエスタは、少女にかけられた魔法で眠ってしまっていたため、クラークスが悪魔を見ていない。
団長は自分がを覚えていないし、悪魔を討伐したところも、死んでいたので見ていない。

生意気な俺を演じる。
王弟である俺が悪魔を討伐した。
悪魔を討伐したら、魔物達が弱体化して、散って行った。
最初に目に入ったのは、屍のフリをしていた生きている魔物であり、我らを油断させようとしていた悪魔の策略であった。
討伐した魔物の素材を持って、帰還しよう。
王弟が悪魔を討伐したんだ。
帝王も帝国民も喜ぶ。

素材としての魔物は、俺とクラークスの2人が討伐したことにしてもあまり不自然でない数を残し、すべてをクラークスが「収納」した。
何万とあった魔物の亡骸が、一瞬で消えた。
少女の言う通り、「悪魔を討伐することのできる、」なのだろう。

陣営には、近くの村の人々が押しかけていた。
瘴気に侵された人々に、懸命に光魔法をかけ続けていた少女がいなくなったと言って大騒ぎをしていた。
俺達と一緒に戻って来た少女に村人達は走り寄り、両手を組んで跪き、頭を垂れた。


この少女がメリーアンで、この悪魔討伐をきっかけに、クラークスと俺とメリーアンの縁が結ばれた。
が、この時、クラークスはメリーアンとは初対面だと言っていた。
メリーアンがなぜクラークスのことを知っていたのか、今も分からない。



帝都に戻り、俺は「英雄」の称号を与えられた。

俺は「英雄」ではない。

冷静に自分が見られるようになった。

クラークスの強さも、メリーアンの魔法も、もはや次元が違う。
俺など2人の足元にも及ばない。

俺もあんな風に、爪を隠した鷹になりたい。
努力した。
クラークスに呆れられても嫌がられても、ついて回って教えを乞うた。
Sランク冒険者に見合う力がついても、満足できなかった。
クラークスは遥か遠くにいる。

メリーアンの存在も危うい。
クラークスが側にいられない時は、俺が守ってやらなければ。

王位継承権は放棄できなかったが、王宮を出て、冒険者として1人で暮らすことを許された。
適当に手を抜きながら仕事をしていたら、帝国で10本の指に入るSランク冒険者と、微妙な評価をされるようになった。

これくらいで丁度いい。
鋭い爪は隠しておこう。
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