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アストラシティ

33 エーリクは歌手をやめる

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 エーリクの喉の調子は、だんだん悪くなっていた。
 10歳で歌い始めたころは、何の苦もなく高音が出せた。18歳で声変わりが始まり、あまり高音のない曲を選ぶようになった。しっとりと囁くようなバラードを持ち曲にした。
 喉を冷やさないように常に喉に巻物をした。毎晩、ハチミツ湯を飲んだ。アデルにも作ってやって飲ませたら甘くて喜んでいた。

 騙し騙し、喉を使っていたが、ある朝、もう騙しきれなくなった。

 早めに酒場に行き、店主に会った。
「すみません。しばらく歌えないと思います」
 エーリクは一言そう言って頭を下げた。そのしゃがれきった声を聞いて店主は溜め息をついた。
「医者には診てもらったのかい」
 エーリクはそこからは小声で話した。
「いえ、明日行こうと思います。でも、たぶん、安静と言われるだけだと思うので」
 そうだよな、と店主も頷く。いわゆる職業病のようなものだ。そういう歌手は少なくはない。
「お前の場合は、女の振りしてるから、声帯に負担かかっちゃうんだろうな。とりあえず、奇数日に来てもらっているレイナに毎日出てもらうけど、ずっとは無理だから、お前の代わりの新しい人を雇うことになる」
「……俺はクビ……ですよね」
「悪いが、こちらも慈善事業ではないので。勘弁してくれ」

 歌えない歌手は歌手ではない。

「長い間、お世話になりました」
 エーリクは頭を下げる。
「客には里に帰って結婚することになった、ということにするから」

 そうなんだ、寂しくなるね。でも、女の幸せは結婚だからな、仕方ない。
 客のそんな声が聞こえる。みんなの酒がまずくならないような幸せな嘘。

 代わりに新しい子が入りました。そちらも御贔屓にしてください。
 店主が新しい歌手を紹介する。みんな、エーリクのことは忘れてしまい、次の新人に夢中になる。

 これが引き際なんだろう、エーリクは自分を納得させる。

 10歳の時は仕方なかった。お金を稼ぎたかったし、残党狩りが横行していたので、見つからないように女装するのは一石二鳥だった。
 13歳の時にザカーリ王の第一王子が捕らえられて公開処刑された。それで王位継承権を持っていた8人全て処刑されたので、公式に残党狩りが終了した。ようやく少し動けるようになって、気になっていたアデルの行方を捜し始めた。サーシャが匿っているので、オオカミ獣人の村に潜んでいることは予測していた。人間の出入りを制限している村なので、残党狩りには見つかってないだろうと安心していた。サーシャとアデルに会うために、オオカミ獣人の村に吟遊詩人ということで売り込んだ。男性の声で歌えたので楽しかった。

 成長してきて、だんだん女性の振りをするのがきつくなってきた。
 今は俺も22歳。化けの皮がはがれる前に撤退するのが正解だろう。店主も、そろそろ潮時と思っていたのだろう。特に引き留めもなく、さっくりとクビになった。

 あかつき荘に戻り、ごろんと横になった。
 これからどうしよう。

 何も考えられず、ぼーっとしていると、窓ガラスがノックされた。
 アデルの分身だ。
 エーリクは窓を開けた。

 アデルは美しさに磨きがかかっているようだ。眩しくて、目を細めてしまう。
「どうした? お見合いのことか?」
 窓から入ってきて、アデルは何か言いたそうな素振りだったが、なかなか切り出せない。こちらから問いかけてみる。アデルはこっくり頷いて、お見合いからの急展開な話を語り出す。

「すごいな、小説の話みたい」
 エーリクは嘆息する。アデルは話し終わり、不安げに視線をうろうろさせる。
「エーリクは、どう思う?」
 エーリクはアデルを見つめた。アデルは美しく、不安そうにしていると抱きしめたくなるような色気まで出していた。さすが、オメガだ。
「……お前は、本当はユーラシア国の王子だから、身分は高いし、お前の母親のリリアナもそうだったけど、すごく美しいから、王太子にふさわしいんじゃねえの?」
 すごく美しい、とエーリクが言うと、色白の肌に朱が灯る。紫の瞳がうるんだ。
「僕、カリム様のこと、好きになれるのかな?」
 アデルがためらいがちに言う。
 好きになれる? ということは今はまだ好きではないということ。それをエーリクに問いかける。

 アデルの好意は正直、嬉しい。
 でも、今の自分は歌えなくなり、生計の手段がないのだ。

「アルファとオメガは番になったら強い絆が結ばれるらしい。きっと結婚して番になったら好きになれるよ」
 そうだ、オメガはいつか絶対アルファを求めるのだ。ベータの自分では満たしきれない。

 エーリクはアデルを諭す。何回も同じ話をしているため、アデルは段々逆らう気力がなくなってきたようだった。
「……それなら、いいんだけれど」

 アデルが分身できる時間はだいだい1時間。あっという間に時間は過ぎる。時間制限がくると、元の体に戻りたくて仕方なくなるらしい。アデルは戻っていった。

 別の国に行こうかな。
 ふとエーリクの頭にその考えが浮かぶ。
 この村で歌手以外の仕事を探すより、もっと大きな都市で仕事を探した方が良いだろう。

 それに。

 エーリクは溜め息をつく。

 アデルが王太子妃になれば、仲睦まじい夫夫の姿がマスコミに取り上げられるだろう。
 それを見ているのは辛いな、と思った。
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