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過去の話

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 静は27歳、結婚して5年経っていた。特に制限せず結婚生活を送っていたが3年経っても妊娠しないので婦人科を受診した。静はアルファ女性であったので精巣と卵巣が両方ある。男性ホルモンと女性ホルモン両方分泌されているが男性ホルモンが少し優勢のためアルファ男性である徹との子供を生むためにはホルモン治療を勧められた。吐き気とむくみ、イライラするようになった。仕事も手に付かなくなり、徹に不妊治療を止めた方がいいのでは? と言われ、当たり散らしてしまった。排卵に合わせて徹にセックスをお願いする気になれなくなり、不妊治療の意味がなくなったので中断した。ホルモン治療を止めると嘘のように元気になった。
(まだ20代だし、あせらなくても良いか)
 そんな矢先の正仁からの相談だった。柊里は美しく、可哀想に思った。しかし、まだ15歳。中学生でアルファの結婚相手を探すのは難しかった。自分の周囲のアルファ男性は、まず結婚相手にアルファ女性を探していたし、オメガ女性と結婚する場合は、名家の令嬢で家同士で小さい頃から婚約が決まっている場合だ。
 同じ大学やサークルで出会ったり、職場で出会ったベータ女性と自由恋愛しているアルファ男性もいたが、中学生と自由恋愛はあり得ない。通信でもいいから高校を卒業させてから相手を探した方がいいだろうと正仁に伝えた。
 柊里の母の忍はかなり精神的にまいっているようであった。オメガを生んでしまったこともショックだったが、ストーカーが出現するのもオメガの柊里のせいだと警察に言われたこともショックだった。現在、保険で使える抑制剤にあまりいいものがなく、副作用が強くて柊里には合わない。保険外の抑制剤は高額であり、正仁はベータとしては高収入であったが、一軒家のローンもあり経済的に圧迫されていた。
 将来に希望が持てなくて、正仁も絶望していた。結婚相手を探せないが、柊里に何か仕事をさせられないか考えてみた。柊里は静の送った伊集社の小説をすごい勢いで読んでいた。静が読み終わって連絡すると、もう既に何回も読み込んでいて、自分なりの考察までなされていた。電話で話しながら、静も勉強させられる位であった。
 文芸部の部長に相談して新人賞の下読みをさせてみた。最初は担当の編集者と2重読みして柊里の力を見てもらい、問題ないと分かるとバイトとして雇った。柊里は喜んで一生懸命下読みした。

 そんな時だった。
 夫の徹が運命の番と出会ったと告白したのだ。そちらと結婚したいので離婚したいと。相手の林沙雪さんは既に妊娠しており、妊娠できなかった静にとっては二重にショックだった。
「絶対に離婚しない」と叫び、家を出てしまった。
 とりあえず伊集社系列のホテルのスイートに宿泊した。
 考えれば考える程、腹が立った。
 徹が林沙雪と幸せになることは阻止したいと思い、そう考える自分の浅ましさにぞっとした。
 ミニバーからウイスキーを持ってきてストレートであおる。酔っぱらって眠ってしまいたかった。怒りで興奮しているせいかいくら飲んでも頭の芯がすっきりしてきて睡魔は訪れなかった。
(誰かと喋りたいな)
 携帯を取り出し、アドレスを見た。女友達に愚痴ろうとかと思ったが、自分が不妊なのに夫の番が妊娠したということを女友達には知られたくないプライドがあり電話をする相手がいない。
ーー桐生柊里
 愚痴ではなく、柊里と文学についてお喋りしようと電話してみる。柊里はすぐ出た。
「静さん?」
「柊里君? 忙しくない? 今、お話していい?」
「今、下読みのお仕事してたところ。期限はまだあるから大丈夫。……静さん? 泣いてるの?」
 静は手で頬を触ってみる。両頬が涙で濡れていた。自分が泣いているのに気付いていなかった。
「静さん? 今、どこにいるの?」
「……ごめんね。柊里君。今日は電話切るわ。また別の日にお話ししましょ」
「静さん、ダメ。切らないで」
 柊里が聞いたことのない厳しい声を出したので静はびっくりしてしまった。
「静さん、今、どこにいるの?」
「○○ホテル」
 びっくりしすぎて、つい本当のことを言ってしまう。
「わかった。何号室?」
「3701号室」
「今から行くから。待ってて」
 ブツンと電話が切れる。時計を見る。午後9時。中学生が外出していい時間だろうか? 正仁に連絡した方がいいだろうか? 正仁にどう説明すればいいだろう?
 おろおろしていると部屋の電話が鳴った。
「フロントです。今、お客様がお見えになりましたがお約束されていますか?」
「桐生柊里さんでしたら、約束してます」
 慌てて言うと保留音があり、「中学校の学生証を確認しました。お通ししてよろしいですか?」
「お願いします」
 ホテルマンと共に制服姿の柊里がやってきた。
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