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 柊里も自室で執筆作業をしていた。
 退院してきた蓮は自室にこもってしまった。元気がないようだったが優斗の事はあきらめてもらうしかない。美月が正妻で蓮が番の妾なんて悪夢でしかない。
 スマホが鳴る。美月からだ。美月とは電話したことはないが、静に教えてもらい番号は登録していた。
「……もしもし」
「桐生先生ですか。私、伊集院美月と申します。突然お電話差し上げて申しわけございません。母の静と伊集社が先生に大変お世話になっております。この度はお願いしたいことがございまして。昨日、私の交際相手の沢渡とお会いしたと伺っておりますが、沢渡が先生の息子さんの蓮君が自分の運命の番だと申しておりまして、私との交際を止めたいと本日言われたのです。私も突然で納得がいかなくて。私達二人の問題であることは承知しているのですが、蓮君と会わせていただけないでしょうか」
「……蓮と相談してご返事してよろしいでしょうか」
「はい、もちろんです」
「一度、お切りします。また後程、お電話します」
 柊里はスマホを切った。
(美月と蓮が恋敵になるとは何と皮肉なんだろう)

 スマホを机に置くと自室から出て階段を上がり2階の蓮の部屋に向かった。
 トントンとノックする。
「蓮、話がある。入っていいかい?」
「どうぞ」
 柊里が部屋に入ると蓮は漫画を描くのを止めて振り返った。
「昨日、沢渡さんから電話があったんだ。蓮を運命の番だって。会わせて欲しいって」
 蓮は優斗も運命の番だと分かってくれたのだと嬉しくなった。
「でもね、お父さん、断ったんだ」
「え!」
 膨らみ切った風船が破裂したように希望が消え絶望が襲いかかる。
「だって沢渡さんは伊集院美月さんと結婚するんでしょ。お父さんは蓮をお妾さんにするわけにはいかないから」
(……お妾さん。そっか正式に結婚はできないのか)
「そうしたら沢渡さんが美月さんにお付き合い解消してもらうって言ったんだ」
 蓮の心はジェットコースターのように上がったり下がったりした。ぐらぐらめまいしそうだ。
「その後、沢渡さんが美月さんとどう話し合ったのかお父さんは知らない。でも、今日になって今度は美月さんから電話が来たんだ。蓮に会いたいって。沢渡さんから蓮が運命の番だから、美月さんとはお別れしたいって言われたって。納得できないから蓮に会わせて欲しいって。どうする? お父さんは会わなくてもいいと思うよ。蓮が今後沢渡さんと関係しないのであれば、2人の問題に蓮は関係ないからね」
「会います!!」
 蓮は真っ青になりながら叫んだ。優斗が美月との交際を止めようとしている。それは自分のためにだ。蓮は優斗に気持ちが通じたと思った。でも、美月は悪くない。美月が納得いかなくて蓮に会いたいのなら蓮は会わなければならない。美月に謝らなければならない。
 蓮は真剣な顔をしていた。
 柊里は蓮を子供だと思っていた。優斗や美月のようなアルファから守らなければならない存在と考えていた。今の蓮は優斗や美月のようなアルファに立ち向かおうとしている。
「分かったよ。ただ美月さんはアルファで蓮はオメガだから2人切りになるのは良くないので、お父さんが同席するよ」
 蓮はこくんと頷いた。
「僕はいつでもいいです」
「分かった。日時決まったらまた教えるね」
 柊里は自室に戻り美月に連絡をとった。明日、美月が桐生宅に来る予定になった。
 蓮はオメガなので柊里も一緒でいいか確認すると、美月は「むしろ、同席していただいた方がありがたいです」と同意した。静を連れてくることも提案したが「そこまで大げさにしたくない」と却下された。

 蓮は自室で無心に漫画の仕事を続けた。力がぐんぐん湧いてくる。
 今まではオメガの弱い自分をみんなが守ってくれた。自分もみんなに甘えていた。将来の番には守って甘やかして欲しいと思っていた。
 優斗が自分と結ばれるために戦い始めてくれたのなら自分だって戦える。
 柊里は蓮が20歳になったら、いいアルファの人を探してくれると言っていた。優斗だって美月と結婚すれば伊集社の副社長になれるだろうし、色々安泰だ。
(でも、沢渡さんじゃないとダメなんだ)
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