4 / 48
4
しおりを挟む
桐生柊里は自宅に戻った。
(……運命の番。沢渡優斗が美月の婚約者でなければ、蓮の相手が見つかったことを喜べたのに……)
伊集院静がうれしそうに話していたのを思い出す。
「あの美月がね、好きな人ができたって頬を染めていうのよ。T大の先輩の沢渡優斗さんっていう人。調べさせたけど好青年で条件もいいの。調査書を後で渡すわね。運命の人だ、なんて言うの。アルファ同士なのにね。とりあえず婚約させて、沢渡さんが卒業して伊集社に入社したら、美月はまだ学生だけど結婚の予定。結婚は美月が卒業してからでいいんじゃない? って言ったら、じゃあ中退するって言いだすの。せっかく入学したのに中途半端になるから、卒業することを条件に学生結婚を許したの。だから柊里も沢渡さんに会ってあげて」
未来の副社長が看板作家を訪問するという形で柊里は沢渡優斗と会った。典型的なアルファのような傲慢さはあまりなく、人あたりの良い人で楽しくお話できた。
美月の相手として、未来の副社長として好ましいと思った。蓮の相手ではない。
スマホが鳴る。静からだ。
「柊里? 夜遅くごめんなさい。沢渡さんから聞いたわ。蓮は大丈夫?」
「抑制剤の点滴が効いて落ち着きました。念のため一泊入院になったので俺だけ帰ってきました」
「沢渡さん、どう?」
「いい人だね。美月にお似合いじゃない?」
そう、と静は安心したように呟く。じゃ、いいのかな?
「沢渡さんからね、柊里に直接電話したいと言われたの。電話番号教えていい? 美月の相手だし」
柊里はある予感がし恐怖を覚えた。でも、この話の流れで拒否できなかった。
「……いいよ」
わかった、教えるね、と静が言い電話を切った。
再びスマホが鳴る。柊里は表示画面を見た。見知らぬ番号。
「はい」
「桐生先生ですか? 私は沢渡優斗です。先ほどはラットになってしまい、ご迷惑をおかけしました」
「いえ、私の商売柄、熱心なファンがいて、先程のようにヒートを起こしたオメガの方が誘惑しようとしてくる事があるんです。沢渡さんは初めてでびっくりしたでしょう」
「私は北海道のアルファのみの中高一貫からT大に来たので、オメガの方とあまりお会いする機会がなくて」
「オメガは少ないですからね」
「先生の息子さん、蓮君は大丈夫でしたか? 私のラットでヒートを起こしてしまったんでしょう? 私のせいで申し訳ないです」
「それは……沢渡さんの責任ではありません。息子のことは木原さんから聞いたのですか?」
「はい。木原さんは蓮君の才能を絶賛されていました。もう漫画家としてデビューがお決まりなんですってね」
「オメガなので番のいない状況では大学に通ったり、外でお勤めするのは危険なんです。在宅でできる仕事に恵まれて幸せだと思っております」
「番、いないんですか?」
「まだ18歳で高校卒業したばかりなんです。20歳になったら、しかるべきアルファの方とお見合いさせようと考えております」
柊里は強く言い切った。
「私では蓮君の番になれませんか? 私は蓮君の運命の番なんです」
柊里は絶望的な気持ちでその言葉を聞いた。
「運命の番? 沢渡さんはロマンチストですね。私はベータなのでよくわかりません。小説ではよく題材になりますが、現実には信じられないですね」
「私も今までは迷信のように思ってました。でも、蓮君に一目会っただけで気持ちが抑えられないんです。会いたくて堪らないんです。どうか蓮君に会わせてください」
柊里はぞっとした。優斗の情熱を消すようにできるだけ冷たく言う。
「沢渡さんは美月さんとご結婚されるんですよね。蓮は番でお妾さんですか?」
「!!」
優斗は絶句した。美月のことをすっかり忘れていたのだ。優斗が怯んだのに気づき、柊里は高圧的に言う。
「私は蓮を番にしていただくアルファの方とはきちんと結婚してほしいと願っています。大切な息子です。妾にするために育てたわけではありません」
優斗は運命の番に出会えた事にはしゃいで、親の柊里に電話してしまったことを恥ずかしく思った。
「すみません。運命の番に出会えて、つい夢中になってしまいました。美月と話し合ってお付き合い解消してもらえるようお願いしてきます。美月とお別れしたら会わせてもらえますか?」
「たらればの話にお答えできません。美月もいい子です。美月を悲しませるような人間とはお付き合いさせられません」
柊里は電話を切った。
優斗は柊里に切られたスマホをじっと見つめた。穴があったら入りたかった。
(なんて恥知らずなんだろう)
じっと見つめていると再びスマホが鳴る。
(美月だ)
「もしもし」
「優斗? 暗いわね。何かあった?」
「……いや、別に」
「桐生先生に今日お会いしてどうだった? 素敵な人でしょう。書く小説もすごく売れてるらしいわ。ああいう恋愛小説、みんな好きなんでしょうね」
陽気な美月のお喋りを聞き続けていられなかった。
「相談したいことがあるんだ。時間とってもらえない?」と優斗は切り出す。
「明日、4時限びっしりあるけど、終わったら時間とれるわ。6時位。夕食でもご一緒しましょうか?」
「わかった。俺も大学の図書館でレポートしてるから、授業終わったら連絡下さい」
「はい。何食べよかな。楽しみにしてるね。お休みなさい」
美月の朗らかな声を聞いて、優斗の心は暗くなった。
(美月に非はない。全面的に自分が悪い)
蓮の事を思い出す。びっくりした顔で優斗を見ていた。華奢で小柄でサラサラした黒い髪。大きな黒目がちな瞳が真っ直ぐに優斗を見ていた。色白な顔がピンク色に火照っていて、桜色の小さな唇が「ウンメイ?」と言ったように見えた。
優斗も心の中で叫んでいた。
「ウンメイ」と。
(……運命の番。沢渡優斗が美月の婚約者でなければ、蓮の相手が見つかったことを喜べたのに……)
伊集院静がうれしそうに話していたのを思い出す。
「あの美月がね、好きな人ができたって頬を染めていうのよ。T大の先輩の沢渡優斗さんっていう人。調べさせたけど好青年で条件もいいの。調査書を後で渡すわね。運命の人だ、なんて言うの。アルファ同士なのにね。とりあえず婚約させて、沢渡さんが卒業して伊集社に入社したら、美月はまだ学生だけど結婚の予定。結婚は美月が卒業してからでいいんじゃない? って言ったら、じゃあ中退するって言いだすの。せっかく入学したのに中途半端になるから、卒業することを条件に学生結婚を許したの。だから柊里も沢渡さんに会ってあげて」
未来の副社長が看板作家を訪問するという形で柊里は沢渡優斗と会った。典型的なアルファのような傲慢さはあまりなく、人あたりの良い人で楽しくお話できた。
美月の相手として、未来の副社長として好ましいと思った。蓮の相手ではない。
スマホが鳴る。静からだ。
「柊里? 夜遅くごめんなさい。沢渡さんから聞いたわ。蓮は大丈夫?」
「抑制剤の点滴が効いて落ち着きました。念のため一泊入院になったので俺だけ帰ってきました」
「沢渡さん、どう?」
「いい人だね。美月にお似合いじゃない?」
そう、と静は安心したように呟く。じゃ、いいのかな?
「沢渡さんからね、柊里に直接電話したいと言われたの。電話番号教えていい? 美月の相手だし」
柊里はある予感がし恐怖を覚えた。でも、この話の流れで拒否できなかった。
「……いいよ」
わかった、教えるね、と静が言い電話を切った。
再びスマホが鳴る。柊里は表示画面を見た。見知らぬ番号。
「はい」
「桐生先生ですか? 私は沢渡優斗です。先ほどはラットになってしまい、ご迷惑をおかけしました」
「いえ、私の商売柄、熱心なファンがいて、先程のようにヒートを起こしたオメガの方が誘惑しようとしてくる事があるんです。沢渡さんは初めてでびっくりしたでしょう」
「私は北海道のアルファのみの中高一貫からT大に来たので、オメガの方とあまりお会いする機会がなくて」
「オメガは少ないですからね」
「先生の息子さん、蓮君は大丈夫でしたか? 私のラットでヒートを起こしてしまったんでしょう? 私のせいで申し訳ないです」
「それは……沢渡さんの責任ではありません。息子のことは木原さんから聞いたのですか?」
「はい。木原さんは蓮君の才能を絶賛されていました。もう漫画家としてデビューがお決まりなんですってね」
「オメガなので番のいない状況では大学に通ったり、外でお勤めするのは危険なんです。在宅でできる仕事に恵まれて幸せだと思っております」
「番、いないんですか?」
「まだ18歳で高校卒業したばかりなんです。20歳になったら、しかるべきアルファの方とお見合いさせようと考えております」
柊里は強く言い切った。
「私では蓮君の番になれませんか? 私は蓮君の運命の番なんです」
柊里は絶望的な気持ちでその言葉を聞いた。
「運命の番? 沢渡さんはロマンチストですね。私はベータなのでよくわかりません。小説ではよく題材になりますが、現実には信じられないですね」
「私も今までは迷信のように思ってました。でも、蓮君に一目会っただけで気持ちが抑えられないんです。会いたくて堪らないんです。どうか蓮君に会わせてください」
柊里はぞっとした。優斗の情熱を消すようにできるだけ冷たく言う。
「沢渡さんは美月さんとご結婚されるんですよね。蓮は番でお妾さんですか?」
「!!」
優斗は絶句した。美月のことをすっかり忘れていたのだ。優斗が怯んだのに気づき、柊里は高圧的に言う。
「私は蓮を番にしていただくアルファの方とはきちんと結婚してほしいと願っています。大切な息子です。妾にするために育てたわけではありません」
優斗は運命の番に出会えた事にはしゃいで、親の柊里に電話してしまったことを恥ずかしく思った。
「すみません。運命の番に出会えて、つい夢中になってしまいました。美月と話し合ってお付き合い解消してもらえるようお願いしてきます。美月とお別れしたら会わせてもらえますか?」
「たらればの話にお答えできません。美月もいい子です。美月を悲しませるような人間とはお付き合いさせられません」
柊里は電話を切った。
優斗は柊里に切られたスマホをじっと見つめた。穴があったら入りたかった。
(なんて恥知らずなんだろう)
じっと見つめていると再びスマホが鳴る。
(美月だ)
「もしもし」
「優斗? 暗いわね。何かあった?」
「……いや、別に」
「桐生先生に今日お会いしてどうだった? 素敵な人でしょう。書く小説もすごく売れてるらしいわ。ああいう恋愛小説、みんな好きなんでしょうね」
陽気な美月のお喋りを聞き続けていられなかった。
「相談したいことがあるんだ。時間とってもらえない?」と優斗は切り出す。
「明日、4時限びっしりあるけど、終わったら時間とれるわ。6時位。夕食でもご一緒しましょうか?」
「わかった。俺も大学の図書館でレポートしてるから、授業終わったら連絡下さい」
「はい。何食べよかな。楽しみにしてるね。お休みなさい」
美月の朗らかな声を聞いて、優斗の心は暗くなった。
(美月に非はない。全面的に自分が悪い)
蓮の事を思い出す。びっくりした顔で優斗を見ていた。華奢で小柄でサラサラした黒い髪。大きな黒目がちな瞳が真っ直ぐに優斗を見ていた。色白な顔がピンク色に火照っていて、桜色の小さな唇が「ウンメイ?」と言ったように見えた。
優斗も心の中で叫んでいた。
「ウンメイ」と。
8
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!
白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。
現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、
ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。
クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。
正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。
そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。
どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??
BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です)
《完結しました》
花婿候補は冴えないαでした
一
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
運命はいつもその手の中に
みこと
BL
子どもの頃運命だと思っていたオメガと離れ離れになったアルファの亮平。周りのアルファやオメガを見るうちに運命なんて迷信だと思うようになる。自分の前から居なくなったオメガを恨みながら過ごしてきたが、数年後にそのオメガと再会する。
本当に運命はあるのだろうか?あるならばそれを手に入れるには…。
オメガバースものです。オメガバースの説明はありません。
ド天然アルファの執着はちょっとおかしい
のは
BL
一嶌はそれまで、オメガに興味が持てなかった。彼らには托卵の習慣があり、いつでも男を探しているからだ。だが澄也と名乗るオメガに出会い一嶌は恋に落ちた。その瞬間から一嶌の暴走が始まる。
【アルファ→なんかエリート。ベータ→一般人。オメガ→男女問わず子供産む(この世界では産卵)くらいのゆるいオメガバースなので優しい気持ちで読んでください】
サンタからの贈り物
未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。
※別小説のセルフリメイクです。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる