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 怜太は何も手につかず、ずっと細川葵のことを考えていた。運命の番は勝手に年上の頼りがいのあるアルファのように思っていたが、自分より年下の女子高生とは思わなかった。
 さやかが春から通い始めた予備校に葵も通っていた。さやかが理系トップで文系トップの葵と自然に親しくなったそうだ。T大模試が終わって、レストランはやしでご馳走しようと誘ったらしい。

 翌日、予備校の授業終わりにさやかは葵に声をかけた。
「うちの兄、葵が運命の番かもって言ってた」
 葵は頷く。
「そうだと思う。昨日はびっくりしちゃって。突然帰ってごめんなさい」
 2人連れだって歩く。
 葵がさやかと怜太に話をしたいと言い、さやかは自宅に電話をかけ、怜太に葵を連れていくと伝えた。

 レストランはやしはCLOSEDの看板をかけていた。拓哉は今日は来ないだろう。
 怜太とさやかと葵の3人でテーブルに座る。みどりは3人分お茶を出して引っ込んだ。
「細川葵です。初めまして。昨日はびっくりしちゃってご挨拶もせず帰っちゃってすみませんでした」
「林怜太です。さやかの兄です。僕もびっくりしたので分かります」
 2人はまた沈黙する。さやかは和ませるために雑談する。
「運命の番って分かるものなの?」
 葵が言う。
「びりびりして電気っていう表現が近いかも。後、怜太さんが光って見えます。そして花のようないい香がします」
 怜太も恐る恐る言う。
「僕も葵さんと同じように感じます」
 さやかが2人を見て「お付き合い……する?」と聞く。
 怜太は顔を赤らめるが、葵は「私、まだ高校生なので」と言い、怜太も「そうだよね」と頷く。
「じゃ、葵が大学生になったら?」とさやかが確認する。
 葵が下を向いてしまう。怜太はおろおろする。
 葵が顔を上げ、怜太を見つめた。
「怜太さんは素敵な人だし、運命の番というのも分かってるんですが、私、怜太さんとは付き合えないです」
 怜太に冷やりとした感情が襲う。青ざめた怜太を見てさやかがとりなす。
「葵、理由聞いていい?」
 葵は「今日、私の気持ちを怜太さんに伝えたくて来ました」と語りだした。
「私の夢は女性初の総理大臣になることなんです」
 唐突な葵の発言にさやかが驚く。
「これは野望なので、今まで誰にも言ってません。でも、怜太さんにはきちんと分かって欲しくて、包み隠さずお話しします。細川家は細川電機を経営しております。おじが社長です。私の父は子会社を任されています。番の子なのでおじとは異母兄弟です。直系ではないので、私は跡継ぎには関係ありません。自由に進路を選べるので、T大に入って官僚になり国会議員になろうと考えていました。細川家は政界との繋がりがないので、私は政界と繋がることができる人、できれば大物議員の二世か三世のアルファ男性と結婚したいと考えております。アルファが正妻以外にオメガを番にすることが容認されている社会が私は嫌で男女もバースも平等な社会を作りたいと思ってます。だから、アルファ男性と結婚して、怜太さんと番になることは信条としてできません」
 葵が断言し下を向く。怜太も青ざめたままだ。気まずい沈黙が続くのでさやかがとりなす。
「うーん。私は少し分かるかも。葵は人生の順位で1位は仕事で、恋愛の順位はかなり低いんでしょ。怜兄をそれに付き合わせるわけにはいかないってことだよね」
 さやかも葵と同じアルファなので仕事を優先する葵の気持ちが理解できた。
「その通りです。私の野望を叶えるためには結婚もその手段として使おうと思ってます。怜太さんと愛のある家庭生活を送るより、女性初の総理大臣になる野望を叶える方が私には大切なのです」
 葵は言い切った。
 怜太は無理に微笑んで言う。
「葵さんのお気持ちはわかりました。女性初の総理大臣になれるよう僕も応援しています」
 葵はさやかと怜太に深々と頭を下げ立ち上がった。
 さやかが「そこまで送っていくよ」と葵の後を追い、2人は出て行った。

 怜太は呆然としていた。
 いつか運命の番が現れて怜太を大事にしてくれるとずっと思ってた。勝手なイメージだが、自分より年上の頼りがいのあるスパダリのアルファ男性をイメージしていた。
 リュカだって美月はアルファ女性だ。女性が相手という可能性もあったのに何故か男性と思い込んでいた。
 葵はきりっとした美人であることは認めるが、さやかに対するような感情しか持てない。でも、運命の番だから性的に引き付けられる気持ちはある。
 しかし、今、自分は運命の番に振られた。運命の番に出会えば幸せになれると信じていたのに。
 この先、どう生きていけばいいのか分からない。
 この震える体をしっかり抱きしめて欲しい。
 震えが止まるまで。
 怜太は自分で自分を抱きしめる。
 番にして欲しい。誰かの番になり葵のフェロモンを感じなくなるようにして欲しい。
 怜太は震える指でスマホを操作して電話をかけた。
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