上 下
85 / 97
2

医師の勘

しおりを挟む
 事件が解決してから、クリストに盛大に怒られた。首を少し切られた事。暗殺者を庇った事。剣に毒が塗られていたら、どうするつもりだったと、激怒していた。執務室の応接用のソファで治療を受ける。首の傷に、痛みの伴う消毒液を塗られて泣いた。心配させないでくれと首に包帯を巻いてくれた時は、さすがに申し訳ないと思った。

「ごめん」

「謝るな。謝るくらいなら、礼の一つくれるだけでいい」

「そうだな」

「よし! 終わった」

 クリストがカバンに治療道具を仕舞っていくのを見つめる。

「あの二人は?」

「ライトは、軍議だって。グランデは、隣の部屋で待機して貰ってる」

「なぁ、エトワール殿だが……一人にしないでやってくれるか」

「え? どう言う事だ?」

「そのままの意味だ。孤独になれば、何をしでかすか分からないからな」

「何をって」

 クリストは医者だ。その彼が、心配する程の事。その話の先を促そうとした時、扉がノックされた。

「終わりましたか?」

「終わった」

 グランデの声に俺が反応する前に、クリストが返事を返してしまっていた。グランデが入ってくる。詳しく聞けなかった。

 全て、仕舞い終わったクリストが立ち上がった。

「頼んだぞ。それじゃ、もう俺の手を煩わせるなよ」

「あぁ、ありがとう」

 グランデと入れ替わる様に、クリストが出ていった。

 ソファに座る俺の向かい側のソファにグランデが座ってきた。
 そういえば、グランデと話したいことがあったのを思い出した。片付けが終わったら、話そうと言ったのは自分からだ。グランデの兄の事、家族の事が知りたかった。グランデの生い立ちをどう聞けば、疑われずに済むか。

「申し訳ありません」

 俺が考え事をしていた内に、俺の顔を見ていた筈のグランデの視線が下へ落ちていた。

「どうして、謝る?」

「悲鳴が聞こえて来たものですから」

「あぁ、クリストが痛くなる消毒液を塗ってやるって、怒ってたからさ。ひどいよな。俺だって怪我をしたくてしたわけじゃないって言うのに……グランデ?」

 いつもなら、自業自得だとか、それで済んだだけましだとか、言いそうなのに。グランデが、ぼんやりと俺の首元を見ている。巻かれた包帯は、それほど、痛々しく見えるのだろうか。
 手をグランデの前で振ってみる。それで、やっと俺へと視線が戻ってきた。しかし、その瞳はいつもの輝きを宿していなかった。

「私とライトの所為です」

「え?」

「レイル様が、痛み苦しんだのも、護衛でありながら防げなかった私の所為です」

「グランデ、そんな事ない。あれは、仕方がない事だっ」

「違います!!」

 突然の大きな声に、言葉を失った。あぁ、あの時と、同じだ。俺の驚きに、何かを堪える様に唇を噛みめたグランデを、俺は見ている事しかできなかった。

「申し訳、ありません」

 そう言って、グランデは部屋を出て行ってしまった。しばらくの間、閉められた扉を見つめていた。俺は、何を間違えてしまったのだろう。それを聞きに行きたい相手は、もういない。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~

クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。 いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。 本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。 誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

処理中です...