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悲鳴の様な叫び
しおりを挟む「今晩は」
聞き覚えのない声に、顔を上げるとそこには、ヴァンパイアの仮装をした黒髪の男が立っていた。黒いマントの大きな襟を立て、口からは長い犬歯が覗く。顔の上半分を隠す仮面から見える瞳は真っ赤で、血の様だ。その瞳が真っ直ぐこちらを見つめてくる。何が起きているのかわからないが、あたえられた感覚に身震いする。
「どうして貴方がここにいらっしゃるんです?」
隣から響くグランデの声に、静かな怒りを感じる。グランデにはこの男が誰なのかわかっているという事なのだろうか。男から向けられる視線から逃れるように、グランデへと視線を向ける。こちらの視線に気づいてくれたグランデが席を立ち、俺と男の間に割り込んでくれた。
「どうしてと言われても困りますね。今日は祭です。それに、ここでは本名も敬称も敬意も禁句。忘れてしまったのですか?」
誰も勧めていないのに、男がライトの席に座ってしまった。
「貴方がどうなろうとも構いませんし、親しい仲になりたいと思っておりませんので」
「相変わらずの毒舌。別に、僕もお前と仲良くなりたいと思いません。僕が仲良くなりたいのは彼だけです」
わざわざ、体をずらしてまで俺へと視線を向けてくるこの男。一体誰なのだ。名札にはフレアと書かれているだけで、特に身に覚えがない。こんなキャラクターいただろうか……。
「あの……その」
覚えてないなんて言えない。仮面をしているのにこの男、俺……いや、レイルを分かっている所を見ると、仮面の所為で分かりませんと言う言い訳は使えなさそうだ。
「久しぶりですね。最後に会ったのは、中央の集まりだったでしょうか?」
「あぁ、そうだな」
中央の集まりという事は、領主の集まりという事だろうか。この男。領主なのか?
「どうしました? いつもの貴方様らしくありませんね。最近は、夜会にも顔を出さずにどこで何をされていたのですかね」
「その、俺……体調を崩して」
「体調を崩された!? 主人の体調を管理をするのも、仕事の内だと思いますがね」
男がグランデを睨みつけ始めた。それでも、グランデの表情は相変わらずの氷の様に冷たい。さっきまでのグランデはどこに行ってしまったのだろう。
「お止め下さい。今の言葉は、グレイの身分を晒すことになります」
「そうですね。それでは、話を変えましょう。此奴を側に置いて苦労はありませんか?」
グランデを睨みつけながら、男は俺に語ってくる。
「どういう意味ですか?」
無意識に出た言葉だった。もう、レイルを演じていられる心境ではなかった。わからない事が多すぎてどうすればいいのか、どう答えればいいのか。考えられない。
「いえいえ、使えない男を側に置いておいてもどうしようもないと言うことです」
「使えない男……」
誰が、使えない男なのだ。男が物語る人物は明らかにグランデを指しているのに、理解できない。グランデは、気が利くし、仕事もできる。口は悪いが、優しい。使えないとは、どういう意味なのだ。
「そうです。僕ならば、貴方の体調を崩させたりしない。貴方に傷を負わせたりしない。僕ならば」
「いい加減にしてください!!」
悲鳴の様な叫び声が、楽しげだった雰囲気を壊していく。静けさに包まれた会場のど真ん中で、俺は何もできなかった。
「そうやって、お前はいつも僕の邪魔をする。それでは、気が変ったら知らせを下さい」
一礼した男は、席を立ち去っていった。嵐を残したまま。
沈黙に覆われていた世界が騒ぎ出す。「何があった」「あの人って、もしかして」と視線が俺へと突き刺さる。
「おい! 何があった!!」
駆け寄ってくるライトが見えて、やっと呼吸ができる様になった。
「おい! しっかりしろ! 見せもんじゃないぞ!」
周りを牽制しつつ、俺たちの元にきたライトがグランデの肩を叩いている。
「大丈夫か」
「えぇ、申し訳ありません」
「アイツが居たとはな。グレイ、申し訳ないが今日はもう帰ろう」
グランデから俺へと視線を移してきたライトの表情は険しい。
「待ってくれ。アイツって」
「それは……」
俺の問いに、ライトの戸惑う声と表情は、どうやって俺に伝えるべきか悩んでいる様だった。
「私の兄です」
答えたその声は淡々していて、もうこれ以上踏み込むなと言っている様だった。グランデは、俺に背を向けて行ってしまった。
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