上 下
69 / 97
1

悲鳴の様な叫び

しおりを挟む

「今晩は」

 聞き覚えのない声に、顔を上げるとそこには、ヴァンパイアの仮装をした黒髪の男が立っていた。黒いマントの大きな襟を立て、口からは長い犬歯が覗く。顔の上半分を隠す仮面から見える瞳は真っ赤で、血の様だ。その瞳が真っ直ぐこちらを見つめてくる。何が起きているのかわからないが、あたえられた感覚に身震いする。

「どうして貴方がここにいらっしゃるんです?」

 隣から響くグランデの声に、静かな怒りを感じる。グランデにはこの男が誰なのかわかっているという事なのだろうか。男から向けられる視線から逃れるように、グランデへと視線を向ける。こちらの視線に気づいてくれたグランデが席を立ち、俺と男の間に割り込んでくれた。

「どうしてと言われても困りますね。今日は祭です。それに、ここでは本名も敬称も敬意も禁句。忘れてしまったのですか?」

 誰も勧めていないのに、男がライトの席に座ってしまった。

「貴方がどうなろうとも構いませんし、親しい仲になりたいと思っておりませんので」

「相変わらずの毒舌。別に、僕もお前と仲良くなりたいと思いません。僕が仲良くなりたいのは彼だけです」

 わざわざ、体をずらしてまで俺へと視線を向けてくるこの男。一体誰なのだ。名札にはフレアと書かれているだけで、特に身に覚えがない。こんなキャラクターいただろうか……。

「あの……その」

 覚えてないなんて言えない。仮面をしているのにこの男、俺……いや、レイルを分かっている所を見ると、仮面の所為で分かりませんと言う言い訳は使えなさそうだ。

「久しぶりですね。最後に会ったのは、中央の集まりだったでしょうか?」

「あぁ、そうだな」

 中央の集まりという事は、領主の集まりという事だろうか。この男。領主なのか?

「どうしました? いつもの貴方様らしくありませんね。最近は、夜会にも顔を出さずにどこで何をされていたのですかね」

「その、俺……体調を崩して」

「体調を崩された!? 主人の体調を管理をするのも、仕事の内だと思いますがね」

 男がグランデを睨みつけ始めた。それでも、グランデの表情は相変わらずの氷の様に冷たい。さっきまでのグランデはどこに行ってしまったのだろう。

「お止め下さい。今の言葉は、グレイの身分を晒すことになります」

「そうですね。それでは、話を変えましょう。此奴を側に置いて苦労はありませんか?」

 グランデを睨みつけながら、男は俺に語ってくる。

「どういう意味ですか?」

 無意識に出た言葉だった。もう、レイルを演じていられる心境ではなかった。わからない事が多すぎてどうすればいいのか、どう答えればいいのか。考えられない。

「いえいえ、使えない男を側に置いておいてもどうしようもないと言うことです」

「使えない男……」

 誰が、使えない男なのだ。男が物語る人物は明らかにグランデを指しているのに、理解できない。グランデは、気が利くし、仕事もできる。口は悪いが、優しい。使えないとは、どういう意味なのだ。

「そうです。僕ならば、貴方の体調を崩させたりしない。貴方に傷を負わせたりしない。僕ならば」

「いい加減にしてください!!」

 悲鳴の様な叫び声が、楽しげだった雰囲気を壊していく。静けさに包まれた会場のど真ん中で、俺は何もできなかった。

「そうやって、お前はいつも僕の邪魔をする。それでは、気が変ったら知らせを下さい」

 一礼した男は、席を立ち去っていった。嵐を残したまま。

 沈黙に覆われていた世界が騒ぎ出す。「何があった」「あの人って、もしかして」と視線が俺へと突き刺さる。

「おい! 何があった!!」

 駆け寄ってくるライトが見えて、やっと呼吸ができる様になった。

「おい! しっかりしろ! 見せもんじゃないぞ!」

 周りを牽制しつつ、俺たちの元にきたライトがグランデの肩を叩いている。

「大丈夫か」

「えぇ、申し訳ありません」

「アイツが居たとはな。グレイ、申し訳ないが今日はもう帰ろう」

 グランデから俺へと視線を移してきたライトの表情は険しい。

「待ってくれ。アイツって」

「それは……」

 俺の問いに、ライトの戸惑う声と表情は、どうやって俺に伝えるべきか悩んでいる様だった。

「私の兄です」

 答えたその声は淡々していて、もうこれ以上踏み込むなと言っている様だった。グランデは、俺に背を向けて行ってしまった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~

クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。 いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。 本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。 誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

処理中です...