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グランデ・エトワールの視点『夜会』

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 街の中心にある噴水広場で、夜会は開催された。街灯に照らされた噴水の水飛沫がきらきらと輝く。会場の中に置かれたテーブル席に座り、金色に光るエールを傾けた。テーブルの上には、様々な料理が並んでいる。肉料理に、魚料理、麺、米、サラダと所狭しと並ぶ料理をつまみながら、飲む酒は最高だ。

 私の隣に座る領主ことレイル様の前に置かれているのは、少量のアルコールしか入っていない果実酒だ。私が注文した酒をちびちび飲んでいるレイル様は少し頬を赤く染めている。この前の飲酒にて起きた体調不良で学習されたのか、その一杯をゆっくりと大事に飲んでいた。

 レイル様の銀髪から灰色の猫耳が、ちょこんと見える。先が少し丸い耳は、ぴょこぴょこと動き、灰色の尻尾も左右に揺れている。少し酒が入り、気分が良いのか喧嘩した相手である私との会話も喜んでしてくれている様子だ。レイル様の格好は実に愛らしい分類に入る。目元を隠す仮面をしているが、その姿でさえ愛らしい。周りの視線がレイル様に向いているのが分かるくらいだ。皆、隙があれば話をしようとしてくる筈だ。それをライトと私の視線で牽制している。

「グレイ、その酒はどうですか?」

「うん。なかなか美味だ」

「それは、良かったです」

 この夜会では、互いの本名を呼ばないと言うのが決まりだ。交流目的の夜会だが、階級等を気にせずに交流できる様にと、前領主の計らいによって出来た決まりとなっている。そう、レイル様の父母、前領主様と奥方様は大変お優しい方々だった。まぁ、その所為で、今のレイル様がいるのだが……。

 本名を隠すその代わりに、胸元に名札をし、夜会での呼び名を記入しているのだ。レイル様は、グレイ。私はルーク。ライトは、ウォッカだ。

「酒だけじゃない、料理も絶品だぜ。たくさん食えよ」

 そう言ったライトが、ジョッキに入った酒を一気に飲み干した。先程、護衛の役割である為、酒は少量にしろと言ったのに、もう三杯目だ。

「ウォッカ。先程、お話しした件は覚えていますか?」

「分かってるって、心配するな。俺は枠だから」

 枠だろうがなんだろうが、護衛に支障が出ては困る。

「枠ってなんだ?」

 少し首を傾げて問いかけてくるレイル様は、無意識にそうされているのだろうか。いつもより少しのんびりとしているその声は、甘く聞こえ、仕草は実に、罪深い。

「酒壺の入り口、枠のことです。酒を飲んでもあまり酔わないという人を指す言葉です」

「へぇ、ザルじゃないんだ」

「ザルって、網を格子状に編んだものだろ。それと、酒がどう繋がるんだ」

「あ、いや……」

 酒を両手に持ち揺らす彼は、どう答えようかと悩んでいる様子だ。彼はよく失言する。レイル様であろうとするのに、自らの言葉で自らを追い詰めてしまう。それよりも、レイル様じゃないと知っている事を隠せと言っているのに、ライトは忘れているのだろうか。

「酒が溜まらないからじゃないですか。ザルならいくら注いでも、抜け落ちてしまいますからね」

「そ、それ。溜まらないからって、ザルだって」

「誰に聞いたんだ?」

「え、え! そ、それは……」

 こいつ! 本当に忘れてしまっているのだろうか。それとも、拷問・尋問好きの癖という奴だろうか。

「ウォッカ、折角の楽しい祭りの場をかき乱さないで下さい。あまりうるさいと嫌われますよ。それよりも、来ましたよ」

 待ちに待った人物が現れた。両手で大皿を持ってきたのは、屋敷で働いている調理師の一人だ。テーブルに大皿を置き、一礼しそそくさと立ち去った。

「これ……」

 置かれた大皿の上に乗っている品を見て、唖然としているレイル様。これが出てくるとは思っていなかったのだろう。

「グレイ様の作られた物を私とコック達で再現しました。あの時は、申し訳ありませんでした。貴方は、きちんと皆の事を考えていたのですよね。私こそ何も分かってない愚か者でした」

「ぐ、グラ……ルーク」

「許して頂けますか?」

「俺の方こそ! ルーク達の苦労とかあまり理解してなかったかもしれない。謝らないといけないのは俺の方だ」

「それでは、互いに許すということでどうですか?」

 彼の口角が上がり頷いたのを見て、やっと仲直りができたと実感した。目元を隠す仮面を奪って、柔らかく笑うその表情を見たいという思いを捩じ伏せ、大皿から取り皿にケーキを取り分ける。

「さぁ、どうぞ」

「ありがとう」

 差し出された皿を嬉しそうに両手で受け取る彼。分かっていないだろう。上流階級の人間は、皿を受け取ったりしない。それも差し出される直前に両手を伸ばし、受け取ったりなんてしないのだ。その行動は、礼儀を重んじた生活を送ってきたと物語っている。彼の過ごしてきた場所は一体どこなのだろうか。

「俺のは?」

 当然の様に言ってくるライトにいつもの言葉をぶつける。

「どうぞ、ご自分でお願いします」

「分かってたよ。お前の行動は」

 何を分かっていると言うのだ。それならば、私の考えを汲み取って欲しいものだ。相手を苛立たせる事のできる天才を見ているのは、時間の無駄だ。ライトへ向けていた視線をレイル様に向けた。その先は、癒される光景だった。

 ケーキを美味しそうに頬張る彼。ふっくらと膨れた頬、唇に付いたクリーム。子どもの様に笑うその表情は実に幸せそうだった。

「良かった」

 無意識に、ほろりと口からこぼれ落ちた言葉は誰の耳にも届かず、賑やかな祭の夜に消えていった。
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