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庭の芸術家

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 誰もいなくなった庭の真ん中、ぼんやりと椅子に座ったまま庭に植えられた花々を見る。屋敷を囲う真っ白の煉瓦の塀の中に、咲き誇る沢山の花々。レイルが花好きなんて知らなかった。いや、レイルの母親とかが好きだったのかもしれない。

 レイルの両親って、どんな人達だったのだろう。レイルの両親について、ゲームの設定上では簡単にしか描かれていないかった。優しい人達だったのだろうか。

 椅子から立ち上がり、花壇へと近づく。その花壇の一面には青の薔薇が咲いていた。青い薔薇なんてみた事ない。花壇の端に、しゃがみ近くで花を見つめる。艶々な花弁がとても美しく太陽に向かって背伸びをしている姿はとしても凛としていて綺麗だった。

 触れてみたい。そっと右手を花弁に近づけた時、頭部に痛みが走った。

「痛った!!」

 伸ばした右手を引っ込め、痛む頭部を押さえつつ振り返った。太陽を背にした人物。影ってその顔は暗く見えづらい。視線を段々と下に下ろしていった。何故そうしたのか。それは何かがきらりと光ったからだ。

 その者の左手に握られていた物は鎌だった。その湾曲した刃の輝きに、襲われた恐怖が蘇り、背筋に冷や汗が垂れるのを感じる。長剣の男の仲間なのか。ゆっくりと振り上がっていくその人物の左手に、恐怖し頭を守ろうと両手で頭を庇った。

 殺される! 恐怖で、これ以上見ていられなくて目をグッと閉じた。これから訪れるであろう激痛に耐えようと歯を食いしばる。恐怖で埋め尽くされる思考の中に、鎌が頭を切り裂く痛みはどんなものだろうかと、そう冷静に考えている自分もいて、もうぐちゃぐちゃだった。

 そんな俺に、衝撃とドサっという音が響き渡った。

「申し訳ありませんでした!!」

 その声に驚き、目を開けると、その人物は頭を地面に擦り付ける程に下げていた。

「へ?」

 なんとも間の抜けた声が出た。

「ま、まさか、レイル様だったとは夢にも思っていませんでした! また、近くの子どもが入り込み、悪さをしているのかと思っておりまして。ど、どうか、お許し下さい!!」

 この声。この深緑の服。この焦げ茶の髪。まさか……。

「で、デリック・ロード……なのか」

「は、はい」

 恐る恐ると持ち上がった顔、茶色の瞳が俺の顔を写す。

 父の顔に似たキャラクターだった。少し彫りの深い顔、太めの眉、奥二重の目に、少し高めの鼻と薄めの唇。笑うのが苦手で、いつもぎこちない笑みになっていた。俺はこのデリック・ロードが一番好きで切なくなるキャラクターだった。

「デリック!!」

 殴られ痛かった事も忘れて、俺はデリックに抱きついた。

 レイルより少し大きめな体格。設定上の年齢は確か四十六歳だった筈だ。もし、父が生きていれば同じ位の年齢。父が懐かしくて、ついついその体を抱き締めていた。

「レイル様! いかがなさいました!?」

「なんでもない。デリックこそ、なんでここに?」

「私は……その、庭師ですから」

「いや、そう言う事じゃな……」

 危うく、自分がレイルじゃない事を暴露してしまう所だった。デリック・ロードは、ゲームでは、主人公のお屋敷で庭師をしていたのだ。レイルの所で会えるとは思ってもいなかった為、どうして主人公ではなく、レイルのお屋敷にいるんだと聞いてしまう所だった。

「レイル様?」

「あ、いや、なんでも……」

 どうやって誤魔化そうかと言葉を詰まらせていると、デリックの表情が悲しげになっていった。

「やはり、私は用済みなんでしょうか」

「え?」

 デリックは何を言っているんだ。なんだか、話が噛み合っていない気がしてならない。

「レイル様! どうか私に、やり直す機会を頂けないでしょうか!」

「え? え?」

「確かに、私はレイル様の赤い花を植えろという指示に反して白い花を植えました。赤い花が手に入らず、どうしようもなかったのです。私にはもう、此処しかないのです! 此処から追い出されたら、家族諸共に路頭に迷ってしまいます。お願いです。どうか、私に、この領地に居られる機会を頂けませんか」

 待て待て待て!! 情報が多すぎて処理が追いつかない。

 レイルの命令に対し、赤い花が手に入らなかった為、違う色の花を植えた。それに怒ったレイルが、デリックを領地から追放命令を下した。その結果、デリック家族が路頭に迷う事になりそう。それを避ける為に今、レイル(俺)に機会をくれと懇願しているという事か……。

 レイルー!! 花の色位で領地から追放しなくても良いだろ! それに、デリックは優しく草花が好きで植物に詳しい。デリックのお陰で、主人公が毒キノコを食べないで済んだ事もあった。そう、毒……。あぁ、そういうことか。レイルがデリックを追い出した事で、主人公の領地にデリックが移住する事になった。だから、ゲームの中で主人公の所にデリックが庭師として働いていたのか。

「ダメでしょうか」

 悲しさを滲ませたこの声。父の疲れ果て潰れてしまいそうなあの時の声に似ている。俺の自己中心的な一言で、父は潰れてしまった。だからもう、過ちを繰り返したりしない。

「ダメなんかじゃない。好きな事をして、生きていて欲しい。許すから、ここに居たいなら居てくれ」

「レイル様……」

 デリックの右手が俺の顔に伸びてきた。そっと頬に触れられた感触と共に、濡れた感触があった。

「泣かないで下さい」

「俺、泣いてなんか」

 デリックから離れ、ぐいぐいと袖で乱暴に涙を拭った。幼い頃、転んで泣いた時に、慰めてくれた父とデリックが似ていて、恥ずかしくなった。

「そうですか。……その、レイル様。大変失礼なのは承知なのですが」

「ん? なんだ?」

「なんだか、人がかわりましたか?」

「な、何を言ってる!! 俺は、い、いつも通りだ!!」

 俺の機嫌を損ねたくなかったのかデリックは、それ以上追求して来なかった。
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