上 下
42 / 97
1

温かい優しさ

しおりを挟む
 ぼんやりとした視界の中で、扉が開いていくのが見えた。見えた人物に対して、期待した心に残念な気持ちと嬉しい気持ちが入り混じった。

「レイル様。大丈夫か?」

 その言葉ともに現れたのはライトだった。

「大丈夫だ」

「また、グランデにいじめられたのか?」

「いや、違う。俺の所為なんだ。ライトにも色々と迷惑をかけてしまったのに、またかけてしまう事になってしまった。本当にすまない」

「何だ。随分と弱気になってんだな。まぁ、無理もないか」

 ライトが俺の座る椅子の側まで近づいてきた。執務室では、いつも机を挟んで話をするのに、少し近い距離にどきどきと胸がうるさい。

「どうした?」

 誤魔化すつもりで言った言葉は少し甲高くなってしまって、余計におかしくなった。小さくくすくすと笑うライトに苛立つ。

「慰めてやるよ」

「いや、遠慮する。子ども扱いするな」

「子どもだろ。俺より年下なんだから」

 椅子に座ったままの俺は、少し屈んだライトにいつの間にか、温かなその胸の中に包まれていた。驚き、少し硬直した俺の体をライトの手が摩る。

「怖がんな。今度こそ絶対に守ってやるから」

「別に、怖がってなんか……ない」

「そうか。なぁ……調子悪い時位、泣いたって良いんだ」

 そんな言葉、誰も言ってくれなかった。泣きじゃくる妹を宥めなければいけなかった。たらい回しにしようとする大人達は誰も俺たちを見ようとしない。そんな状況が、俺の泣くという選択肢を奪っていたのかもしれない。それに、兄という立場上、泣く事はプライドが許さなかった。働かなければ、妹を養わなければ、それが、俺の罪に対する罰だと信じていた。泣く前にしなければならないことが山積みで、どうしようもなかった。温かなものに頭を撫でられる感覚に、冷たいものが頬を伝う。複雑な心よりも、先に素直な体が反応した。

「ライト」

「黙ってろ。俺はいつまでも待ってる。だから……」

 その先をライトは言わなかった。いや、溢れた俺の泣き声が掻き消してしまったのかもしれない。我慢し続けた感情は歯止めがきかず、俺はライトの腕の中で、子どもの様に泣いた。

 涙が枯れたのはいつだろう。少し、落ち着いてきた為、ライトの腕の中から少し離れ、彼を見ると少し寂しそうに笑っていた。

「もう、大丈夫なのか」

「うん、ごめん。服濡らした」

「レイル様の涙なら、服も喜ぶ」

「そんな訳ないだろ!」

 相変わらずの人を小馬鹿にする。まぁ、それも元気付けようとしてくれているのだろう。ライトが慰めてくれたのは、俺の為じゃなくて、レイルの為だったとしても、嬉しかった。

「ありがとう」

「……また、泣きたくなったら、たっぷり抱いてやるよ」

「ライト、その言い方……とても残念だ」

「そうか? 遠慮しなくても良いんだぞ」

 ライトの両手がグッと俺を引き寄せてくる。ライトの顔が近くて、何だか恥ずかしい。少し、伏せがちの視線の先が予測できた。俺……初めてなんだよな……なんて考えていると、ライトの顔が近づいてきた。雰囲気に飲まれて、もうどうにでもなれと目を閉じた瞬間だった。

「お食事をお持ちしました。何をしているんですか、ライト」

 扉の開く音と声が聞こえてきた途端、目を開けると、ライトが俺から勢いよく離れていく所だった。その顔は驚き、頬は若干赤い。そんなライトを見て、少し可愛いと思ったのは、俺か? それとも、レイルか?

「おまっ! 図ったな」

「何をですかね。さぁ、レイル様、こちらにいらして下さい」

「あ、はい……」

 さっきまで、優しく柔らかな瞳だったグランデの瞳が、氷の王子様に逆戻りしてしまっていた……。俺は、またグランデに何かしてしまったのだろうか。

 俺の不安をよそに、テーブルに着々と料理が並べられていく。グランデに怒られてしまわぬ様、素早くソファに座った。今日の料理は、ほかほか熱々のご飯と、シャキシャキしていそうな新鮮なサラダ、湯気が上がっている焼き立てのオムレツとハム。切りたての果物が並んでいる。美味しそうだ。

「さぁ、いただきましょう」

 グランデが向かいのソファに座った。も、もしかして……。

「グランデも一緒に食べるのか?」

 これ以上機嫌を損ねない様、恐る恐る尋ねる。だが、さっきまでの氷の王子様はどこに行ったのか、今はにこにこ笑っていた。

「いけませんか? 約束は守る物だと思いますが」

 約束……。風呂場でした約束、覚えてくれていたんだ。色々とあった所為で、うやむやになってしまったのかと思っていた。胸の辺りでモヤモヤとしていた不安が晴れる。とても嬉しい。

「いや、一緒に食べよう」

 グランデと食事。人は嫌いな人物とは食事をしない筈。と言うことは、少し位は好感度が上がっているだろう。ウキウキ気分で食事に手をつけようとしたその時、ドサっという音と共にソファが沈んだ。何かと驚き、隣を見るとライトが座っていた。

「そうだな。食おうぜ」

「ライト。今は、私が護衛の時間ですが」

「良いだろ。こんなにもいっぱいあるんだ。レイル様とグランデだけだと食べ切れないだろ」

 確かに、料理は沢山ある。確実に二人では食べ切れない量だろう。それよりも、ライトはいつ立ち直ったんだろう。グランデの冷たい視線と言葉に勝てるのってもしかして、ライトだけなんだろうか。

「だとしても、空気を読んで……。いえ、貴方では無理ですね」

「今さりげなく、悪口……まぁ、いいか。気にしないで食おう! ほら、レイル様も食べないと、元気になれないぜ」

 究極の前向きを見た気がする。差し出された皿には、少量のサラダと大量のオムレツとハムが盛られていた。大食い選手権並の山盛りに、目が回りそうだ。俺、元気だったとしてもこんなに食える自信ない。どうやって遠慮しようか悩もうとする前に、グランデの声が飛んでくる。

「あ、いけません!! レイル様は、胃腸が弱っているんですよ! そんな、大量に食べられる訳ないじゃないですか! レイル様、バランス良く、ゆっくり食べて下さい」

 グランデが盛ってくれた皿の上は、バランス良く適量の食事だった。言い合いしながらだが、誰かと食卓は久しぶりだ。わいわいとした雰囲気は、とても面白く楽しかった。一人でする食事より、みんなで食べるご飯は、いつも以上に美味しい。

 ちなみに、俺が頂いたのはグランデが盛ってくれたものだ。少しムッとし頬を膨らませたライトには悪いと思うが、無理なものは無理だ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~

クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。 いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。 本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。 誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...