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クリスト・マルバールという男

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 両親は、幼い頃に死んでしまった。俺が早く帰っていれば、今でも両親は居た筈なのに……。謝りたい人達は、もうこの世に居ない。罪滅ぼしなのか、自己満足の為なのか。妹の面倒を見続けている俺は、卑怯者だ。

ごめんなさい。ごめんなさい。許して下さい。

「ごめんなさい!」

 自らの叫びで、覚醒した俺の視界に映ったのは、天蓋の裏板だった。

 あれ? 俺、生きてるのか? それとも、死んでいて、これから天国から迎えがくるとか?

「謝る位なら、さっさと元気になる事だな」

 その声の主を見る為、視線を向けた。オールバックの深緑の髪、シャープな銀色の眼鏡に空色の瞳、少し高めの鼻、白衣を着た男がそこに居た。俺が寝ているベッドに腰掛けこちらに視線を向けてくる。何でこいつが、レイルの領地にいるんだ。クリスト・マルバール。こいつは、主人公の領地で医師をしている男で、攻略対象者の一人だ。

「全く、目が覚めたと聞いたから来たのに、何で死に掛かってんだ。俺の苦労を水の泡にする気か」

 文句を言いながら、注射器に何やら濃い紫色の液を入れている。

「くそ! 面倒な毒なんぞ使われやがって。高価なんだぞ、この治療薬は!」

 俺、毒殺される所だったのか。それよりも、解毒薬の方が毒のように見える程、毒々しいのは気のせいだろうか。

「ごめんなさい」

 こう言う時は、素直に謝った方が得策だ。確かクリストの設定は、口は悪いが惚れた相手にはベタ惚れする。何気に一途な男だった筈。

「……なんだ。風邪の熱と毒で頭でもやられたか」

 クリストが何かを探る様な目でこちらを見てきた。おっと、レイルだったのを忘れて素直に謝ってしまった。ここは、取り敢えず相手の話に合わせて誤魔化してしまおう。

「そうかも知れない。まだ、少しだけ頭痛いし」

「まだ痛むのか……少し薬の調合変えるか」

 呟きながら布団を捲り、俺の左腕を引っ張り出してきた。ゆっくりと袖を捲り上げられていく様子に不安が募る。腫れ上がっていたあの二の腕はどうなっているのだろう。もしかして、もう腐っていて切り落とさないといけない位の状況になっていたらどうしよう。

 そう思っていた時、袖を捲り上げていたクリストの左手が止まり、俺の頭へと伸びてきた。叩かれるかと構えていると、撫でられる感覚に驚いた。クリストはS寄りの変態医師の設定だった筈だ。こんなに優しく撫でてくれるなんて思ってもみなかった。

「怯えるな。俺が見てやってるんだ。絶対治してやるから」

 頼もしいその言葉に、不安が消えていく。恋仲になった主人公が毒を盛られた時に、クリストはこの言葉を言っていたっけ。

「ありがとう」

「いつも、そう素直だと助かるんだがな」

 何だか少し苛つく言い方に、ムッとしたが大人しくしている事にした。少しでも治療中の痛みを減らして欲しい為、ご機嫌取りだ。

 クリストの手が頭から離れ、再度袖を捲り上げられる。服の中から、現れた二の腕は相変わらず赤く腫れていた。若干腫れが引いた様な気もする。

「少しだが、腫れ引いてきたな」

「そうなのか?」

「エトワールと兵士長に感謝しろ。応急処置をして、死にかかっているレイル様にずっと声掛けしてたんだからな」

 グランデとライトが? 周りを見渡したが、二人の姿はなかった。

「アイツらは、飯食いに行かせた。ずっとレイル様のそばに居続けるから、休ませる為にな」

 注射器を手にしたクリストが、中の空気を抜く為か注射器の後ろを押している。針の先から少し液体が飛び出た。

「それって?」

「解毒薬だって言っただろ。これで三本目だ。やっと、効果が出てきた」

 既に、二本もうたれてるのかよ……。

「そんなにうって大丈夫なのか?」

「いや、全く大丈夫じゃない。だが、それ以上に早く解毒しないと命が危なかった。治ったとしても、後遺症になりかねない危ない毒だと、分かって欲しい」

 大丈夫じゃないんだ。それにしても、あの男は何でレイルを殺したいと思ったんだろう。レイルの悪政で苦しんだ一人なのだろうか。

「今からうつが、暴れるなよ」

「それ程、痛いのかよ」

「気を失っている間に、解毒を済ませたかったんだがな。それとも、アイツらを呼んで押さえ付けさせてもいいが」

 グランデとライトは、今やっと休憩を取っているとクリストは言っていた。彼らにこれ以上負担をかけたくない。

「いや、暴れたりしない。このままうってくれ」

「……分かった」

 クリストの持つ注射器の針先が患部の下、肘の内側の柔らかな部分に当てられる。針先が徐々に、皮膚の中に消えていった。クリストの親指が注射器の後ろ側を押し込み、薬剤が体内にいれられていく。その時、激痛が俺を襲った。注射された部分から、全身に痛みが広がっていく感覚に涙が溢れる。たかが、注射と馬鹿にしていた訳じゃない。だが、思っていた以上の痛みに動揺したのは事実。泣き叫びたい。痛みから逃れたいと暴れ出しそうになった時、クリストが暴れるなと言っていた事を思い出し、歯を食いしばって耐えた。

「我慢しろ。もうすぐ、終わる」

 もうすぐって、いつ? 永遠かと思った時はあっという間に終わっていた。いつの間にか引き抜かれていた注射器を片付けているクリスト。その姿をぼんやりと見つめる。

「よく我慢した。いつもそうやって、大人しくしてくれると助かるんだがな」

 濡れた何かが頬に触れた。ひんやりと心地よい感覚に頬を擦り寄せる。

「気持ちいいだろ。頑張ったご褒美だ。俺がここまでするのはなかなか無いんだぞ」

 額に移動したそれが視界の片隅に入り、濡れたタオルである事がわかった。

「あり……がとう」

 俺、疲れた様だ。瞼が下がってきてしまう。全身の倦怠感、眠気に負けてしまいそうだ。

「目覚めるまで居てやるから、眠れ」

「ごめ……ん」

 その言葉を最後に、俺は眠りへと落ちていった。
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