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グランデ・エトワールの視点『暗殺』
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寿命が縮むとはこう言うことだと、教えられた気がした。
風邪で寝込んでいたレイル様が二日振りに目覚めた。そのことに安堵したばかりだったのに、ベッドから落ちたのか腹這いの状態で床に倒れているレイル様を見た時、唖然としその場で立ち尽くしてしまった。異常に気付いたのは、レイル様の口から咳が聞こえてきたと同時に、嘔吐したからだ。手にしていたお粥の器が乗ったお盆を落としてしまう程、動揺した。
「レイル様!!」
うつ伏せに倒れていた体を抱え上げ、顔を見る。只でさえ青白かった顔色が、段々と土気色に変わっていく。このままでは、死んでしまうかもしれない。こんなにも急速に変わっていく体調にある事を疑った。
体の状態を調べる為、ベッドへと寝かせた。寝巻きを体から剥ぎ取るように、破いていく。胸部には変化ない。左の袖から服を脱がそうとした時、レイル様が唸るような悲鳴をあげた。
「大丈夫ですよ。落ち着いて」
額に口付けを落としてから、そっと袖を破いた。腫れ上がり真っ赤に染まった左腕が顔を出した。
「何が……起きたのですか?」
こんな腫れは、さっきまで無かった。レイル様の意識が戻る数分前、汗をかいたレイル様の着替えをしたばかりだったのだ。
風邪の所為だとは考えられない。疑いが確信に変わっていく。急性の毒だろうか。毒キノコを仕込んだ奴が何かしたのか……。近くに置いてあった布を細く切り裂き、腫れ上がった患部の上部、肩口辺りをキツく結んだ。
「エトワール様! ブレイド様、お目覚めになったのですか!」
その声に振り返ると、扉からメリーナが部屋に入って来る所だった。
「メリーナ! 至急、氷を持って来て下さい!!」
「は、はい!!」
私の剣幕に圧される様に、メリーナは慌てる様に部屋を出て行った。
「くそ、誰が……」
怒りに任せて、ベッドに拳を叩きつける。その行動に唖然とした。レイル様は民を苦しめる最悪領主。この世から居なくなれば、新たな領主により民は幸せになるだろう。それなのに、何故私は……レイル様を助けようとしているのだろう。
ベッドの上で眠るレイル様に視線を向ける。顔面土気色で、苦しげに胸で呼吸を繰り返しているその姿は、とても痛々しい。風邪で体力も削られているのに、左腕の腫れ、さぞ苦しく辛いだろう。
レイル様が今後も変わったままだとしても、今までの行いで命を狙われ続けるだろう。このまま、殺してしまっても良いんじゃないか。誰だか分からない奴に殺されてしまう位なら、いっその事私がこの手で……。ゆっくりと、レイル様の首へと両手を伸ばす。その首は細く一思いに折る事が出来そうだった。苦しませない様、一気にヤってしまわなければ……。両手でレイル様の首を掴む。このまま力を入れれば、それだけでレイル様は息絶える。
レイル様の頬に何かが落ち流れた。それに気付き理解するのに、さほど時間は掛からなかった。何故、どうして私は泣いているのだろう。レイル様には苦汁を飲まされた。苦しめられたと言うのに……。こんなにも、苦しいのは何故なんだ。触れた首は熱く、また発熱してきている。
「しにたくない」そう、瞳に涙を溜めたレイル様が言った言葉を思い出す。たとえ、高熱を出したとしても以前のレイル様なら、弱気な事を言ったりしない。華奢な外見を隠す為か、強くあろうとする。病気で苦しい人間に、偽ろうとする余裕なんてないだろう。今のレイル様はレイル様ではない。操られている可能性も考えはしたが、それならば、良い人を演じる意味が分からない。レイル様の株をあげて、メリットを得られる人なんていないだろう。他国の内通者ではないかとも思ってみたが、内通者がそうそう風邪を引いたりするだろうか。
それならば一体彼は誰なんだ。首に掛けていた手をそっと離し、涙に濡れた自らの眼とレイル様の頬を手で拭う。それから、ベッド脇に置かれた濡れ布巾で、嘔吐した際に汚れたレイル様の口元を拭った。
「貴方は一体誰なんですか」
そう呟いた時、扉が開かれる音が聞こえた。
「エトワール様! お持ちしました!!」
メリーナが氷嚢を持ってベッドまできてくれていた。
「ありがとうございます。後、マルバール殿がいらしたら、すぐに部屋まで通して下さい」
「かしこまりました。あの、ブレイド様は元気になりますよね!」
その言葉に驚いた。あれ程、レイル様の暴虐を受けながらも心配しているなんて……。
「私は医師では無いので、わかりません。ですが、状況的に危ないと思います」
「そう……ですか」
その言葉が意味する事は何だ。少し俯いている表情は残念そうに見える。メリーナが犯人ではないという事だろうか。
「どうしてそんなにも落ち込んでいるのです? レイル様が居なくなれば、土地も自由も返ってくるのに」
そう、メリーナが犯人である確率は高い。その表情も言葉も偽っているのだろうか。
「ブレイド様は、約束してくれたんです。私を許すと……土地を返してくれると」
「レイル様がですか?」
「私がお願いしたんです。ブレイド様がとても、その……お優しくなられていらしゃいましたので……」
「そうですか。だから、あんな事を……」
レイル様がメリーナに土地を返すと言っていた。発熱の最中で、熱にうなされ何を言っているかと思っていたが、そう言う事だったのか。メリーナから氷嚢を受け取り、左腕の腫れ上がった患部に添えた。
「エトワール様。ブレイド様は、何かおっしゃっていましたか?」
「心配いりません。土地はレイル様が復活した後で戻ってきますよ」
「はい!」
とても嬉しそうに笑うメリーナを見ていると、犯人ではなさそうだ。
メリーナは、マルバール医師が来た時の対応の為部屋を出て行った。
果たして、誰が犯人か……。それを知っているのはレイル様だけだ。
目を覚ますのを待つしかない。
護衛を付けるべきか……。以前より護衛を付けるべきだと進言していたが、他者は信用できないと言われ拒絶されていた。今回の事もある為、次こそは護衛を付けて下さるだろう。
「信用できる者を探さなければ」
全領民に恨まれているレイル様にとって、信頼できる人を探す方が驚異的に難しい。これは根気のいる作業になりそうだ。だが、何故だろう。苦だと思わないのは……。そっとレイル様の頬へと、手を伸ばし触れる。
「本当に、貴方は私に何をしたのですか」
その問い掛けに返答は無く、言葉は部屋の片隅に消えていった。
風邪で寝込んでいたレイル様が二日振りに目覚めた。そのことに安堵したばかりだったのに、ベッドから落ちたのか腹這いの状態で床に倒れているレイル様を見た時、唖然としその場で立ち尽くしてしまった。異常に気付いたのは、レイル様の口から咳が聞こえてきたと同時に、嘔吐したからだ。手にしていたお粥の器が乗ったお盆を落としてしまう程、動揺した。
「レイル様!!」
うつ伏せに倒れていた体を抱え上げ、顔を見る。只でさえ青白かった顔色が、段々と土気色に変わっていく。このままでは、死んでしまうかもしれない。こんなにも急速に変わっていく体調にある事を疑った。
体の状態を調べる為、ベッドへと寝かせた。寝巻きを体から剥ぎ取るように、破いていく。胸部には変化ない。左の袖から服を脱がそうとした時、レイル様が唸るような悲鳴をあげた。
「大丈夫ですよ。落ち着いて」
額に口付けを落としてから、そっと袖を破いた。腫れ上がり真っ赤に染まった左腕が顔を出した。
「何が……起きたのですか?」
こんな腫れは、さっきまで無かった。レイル様の意識が戻る数分前、汗をかいたレイル様の着替えをしたばかりだったのだ。
風邪の所為だとは考えられない。疑いが確信に変わっていく。急性の毒だろうか。毒キノコを仕込んだ奴が何かしたのか……。近くに置いてあった布を細く切り裂き、腫れ上がった患部の上部、肩口辺りをキツく結んだ。
「エトワール様! ブレイド様、お目覚めになったのですか!」
その声に振り返ると、扉からメリーナが部屋に入って来る所だった。
「メリーナ! 至急、氷を持って来て下さい!!」
「は、はい!!」
私の剣幕に圧される様に、メリーナは慌てる様に部屋を出て行った。
「くそ、誰が……」
怒りに任せて、ベッドに拳を叩きつける。その行動に唖然とした。レイル様は民を苦しめる最悪領主。この世から居なくなれば、新たな領主により民は幸せになるだろう。それなのに、何故私は……レイル様を助けようとしているのだろう。
ベッドの上で眠るレイル様に視線を向ける。顔面土気色で、苦しげに胸で呼吸を繰り返しているその姿は、とても痛々しい。風邪で体力も削られているのに、左腕の腫れ、さぞ苦しく辛いだろう。
レイル様が今後も変わったままだとしても、今までの行いで命を狙われ続けるだろう。このまま、殺してしまっても良いんじゃないか。誰だか分からない奴に殺されてしまう位なら、いっその事私がこの手で……。ゆっくりと、レイル様の首へと両手を伸ばす。その首は細く一思いに折る事が出来そうだった。苦しませない様、一気にヤってしまわなければ……。両手でレイル様の首を掴む。このまま力を入れれば、それだけでレイル様は息絶える。
レイル様の頬に何かが落ち流れた。それに気付き理解するのに、さほど時間は掛からなかった。何故、どうして私は泣いているのだろう。レイル様には苦汁を飲まされた。苦しめられたと言うのに……。こんなにも、苦しいのは何故なんだ。触れた首は熱く、また発熱してきている。
「しにたくない」そう、瞳に涙を溜めたレイル様が言った言葉を思い出す。たとえ、高熱を出したとしても以前のレイル様なら、弱気な事を言ったりしない。華奢な外見を隠す為か、強くあろうとする。病気で苦しい人間に、偽ろうとする余裕なんてないだろう。今のレイル様はレイル様ではない。操られている可能性も考えはしたが、それならば、良い人を演じる意味が分からない。レイル様の株をあげて、メリットを得られる人なんていないだろう。他国の内通者ではないかとも思ってみたが、内通者がそうそう風邪を引いたりするだろうか。
それならば一体彼は誰なんだ。首に掛けていた手をそっと離し、涙に濡れた自らの眼とレイル様の頬を手で拭う。それから、ベッド脇に置かれた濡れ布巾で、嘔吐した際に汚れたレイル様の口元を拭った。
「貴方は一体誰なんですか」
そう呟いた時、扉が開かれる音が聞こえた。
「エトワール様! お持ちしました!!」
メリーナが氷嚢を持ってベッドまできてくれていた。
「ありがとうございます。後、マルバール殿がいらしたら、すぐに部屋まで通して下さい」
「かしこまりました。あの、ブレイド様は元気になりますよね!」
その言葉に驚いた。あれ程、レイル様の暴虐を受けながらも心配しているなんて……。
「私は医師では無いので、わかりません。ですが、状況的に危ないと思います」
「そう……ですか」
その言葉が意味する事は何だ。少し俯いている表情は残念そうに見える。メリーナが犯人ではないという事だろうか。
「どうしてそんなにも落ち込んでいるのです? レイル様が居なくなれば、土地も自由も返ってくるのに」
そう、メリーナが犯人である確率は高い。その表情も言葉も偽っているのだろうか。
「ブレイド様は、約束してくれたんです。私を許すと……土地を返してくれると」
「レイル様がですか?」
「私がお願いしたんです。ブレイド様がとても、その……お優しくなられていらしゃいましたので……」
「そうですか。だから、あんな事を……」
レイル様がメリーナに土地を返すと言っていた。発熱の最中で、熱にうなされ何を言っているかと思っていたが、そう言う事だったのか。メリーナから氷嚢を受け取り、左腕の腫れ上がった患部に添えた。
「エトワール様。ブレイド様は、何かおっしゃっていましたか?」
「心配いりません。土地はレイル様が復活した後で戻ってきますよ」
「はい!」
とても嬉しそうに笑うメリーナを見ていると、犯人ではなさそうだ。
メリーナは、マルバール医師が来た時の対応の為部屋を出て行った。
果たして、誰が犯人か……。それを知っているのはレイル様だけだ。
目を覚ますのを待つしかない。
護衛を付けるべきか……。以前より護衛を付けるべきだと進言していたが、他者は信用できないと言われ拒絶されていた。今回の事もある為、次こそは護衛を付けて下さるだろう。
「信用できる者を探さなければ」
全領民に恨まれているレイル様にとって、信頼できる人を探す方が驚異的に難しい。これは根気のいる作業になりそうだ。だが、何故だろう。苦だと思わないのは……。そっとレイル様の頬へと、手を伸ばし触れる。
「本当に、貴方は私に何をしたのですか」
その問い掛けに返答は無く、言葉は部屋の片隅に消えていった。
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