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グランデ・エトワールの視点『増える悩みのタネ』

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 まさか、減税が叶うとは思っても見なかった。

 ジグル殿が帰った後、レイル様の執務室の片隅にある自分の机で仕事をしながら、そっとレイル様を覗き見た。今は難しい顔をしながら机の上に山積みされた書類を食い入るように見ている。

 その横顔は、今まで見た事のない真面目な表情でいつも以上に美しく思えた。私は、今何を思った……相手は憎いレイル様だというのに。

 いや、それよりも今はあのレイル様の変わり様だ。以前、何度も減税するべきだと進言しても、払い除けられていたのに、一転してのこの対応。何を考えているのか問い詰めるべきなのは分かっている。短時間の観察だけで、分かってしまう程の怪しい言動。別人の様に思える。そう、外見はそのままで、中身が何者かと入れ替わった様だ。

 しかし、私の中で迷いがあった。以前のレイル様と違って、人の話は素直に聞くし、喧嘩は売ってこないし、真面目に執務はしているし、年配の方に対してきちんと敬語を使うし、減税を訴え怒りを買ったジグル殿を許してしまうなど、良い変化ばかりで戸惑っている。もう少し、もう少しだけ観察をして行こう。



 沢山の書類を見過ぎた所為か、頭が痛い。目元を押さえて、柱時計を見ると針は真上を指していた。え!? もう昼なのか! と驚き、レイル様を見ると書類にサインをしていた。山積みだった書類が半分近くになっている。

 いつもなら、レイル様の私語でなかなか仕事が進まないのに、ここまで集中してできたのは、初めてかもしれない。

 椅子から立ち上がりレイル様の元へ向かう。レイル様は、真剣にペンを手にし書類を食い入る様に見ている。机の片隅に置かれた処理が終わった書類を一枚手にし、確認した。特に、これと言った誤字脱字は見当たらない。空白の部分に落書きもない。綺麗な文字と文章に唖然とした。

 レイル様がこんなにも綺麗な字を書くなんて、猛吹雪になってもおかしくない。幼い頃、勉強をサボり、教師泣かせの生徒だったレイル様は虫が這ったような文字を書く人だ。その文字を理解できるのは私とライトだけだった。そんな人が短期間で誰にでも読める字を書くなんて……。

「レイル様、お昼はどうします?」

「すまん。今、手が離せない。空いたら食べるから、適当に用意しておいてくれないか」

「……わかりました」

 いつもなら休憩だと喜び、早々に手を休めるのに。どうして、仕事熱心になったんだろうか。疑問をぶつけたいのもやまやまだが、こんなにも集中して執務をこなしているレイル様の邪魔をしたくない。

 確認し終わったであろう書類の山を抱え、レイル様の執務室を後にした。

 レイル様の執務室の隣が私の執務室だ。あまり使っていない執務室の机の上に書類の山を置いた。書類に軽く目を通していく。何か足りない書類には的確な一言が書き足され、問題のない書類にはサインがされている。以前は、無謀な計画や金銭が書かれていても適当にサインを書かれていた為、私が睡眠を削って直していた。

 それがどうだ。少子化問題を例に挙げると、子供を産んで育てられるような教育の改革、助成金の増額、果ては託児所の経営など、様々なことを提示されていた。改心してくれて、この状態ならどんなにいいか。だが、あからさまに人が違いすぎる為、その可能性を排除せざるをえない。

 何も起こらないといいが……。取り敢えず、レイル様の元へ昼食を用意して、ライトの部屋に向かう事にした。

 レイル様の元へ、昼食は簡単に食べられるハム入りサンドイッチとスープを持っていった。だが、集中して執務をしていた為、私の机の上に置いて行く旨を伝えた。生返事が返ってきた為、きちんと理解しているかは不明だが、昼食を置き終え、ライトの部屋へと向かった。


 
 この時間であれば、会議も終わり部屋にいるだろうと踏んだ。控えめに扉をノックした。

「ライト。今、大丈夫ですか」

「グランデか。入れよ」

 扉を開けて入った瞬間、後悔した。

「着替え中なら、言って下さい」

「別に構わんだろ」

 男同士であろうとも、上半身裸は迷惑だ。それも、あからさまに筋肉を見せ付ける様なポーズ。それを好きだという人に見せるなら良い。だが、それを見て迷惑だと思う人もいるのだと、理解して欲しいものだ。
 
「私が嫌です」

「はぁ、それだから好かれないんだよ」

「私が誰に好かれようが好かれまいが構いません。そんなことよりも、レイル様の事の方が一大事です」

「それだよ。何が起こった」

「わかりません。朝からあんな感じです。昨日の夜までは、いつも通りのやりたい放題でしたが……」

「問い詰めなかったのか?」

「えぇ……」

 問い詰めようとする度に、苦しい胸の内が躊躇させる。何かしら、理由をつけて問い詰めるのを先延ばしにしている自分がよく分からない。

「お前らしくないなぁ。鬼神と呼ばれた男も戦場を離れれば、弱くなっちまうんだな」

 鬼神、昔の戦を乗り越えた時に付けられた通り名。敵を薙ぎ払うその姿は鬼の様だと言われたのが、始めだった。その戦ではライトも一緒に戦った。その戦う姿は、笑いながら人を殺していた事もあり、狂人と言われていた。

「それは昔の話です。現役の狂人に言われたくありません」

「違いない。俺が問い詰めてやるよ」

「はぁ?」

「だから、俺がレイル様を問い詰めてやるって言ってんだ」

 拷問でもする気か。ライトの拷問は本当に見ていられない物ばかりだ。相手の苦しむ方法を探し出し、笑いながら実行する残忍な男。ライトという名が穢れてダークと名乗っても良い程だ。

「貴方のやり方は好きではありません。腐ってもレイル様は領主。痛みや拷問を与えるのは厳禁です」

「何も痛みだけが、吐かせる方法じゃない」

「何を……」

「俺に任せろ。欲しい情報を引き出してやるよ」

 ニタリと笑ったライトを見て、ろくなこと考えてないと思った。今のレイル様に悪影響があってはたまったもんじゃない。

「遠慮します。狂人の貴方に任せてレイル様が更に、可笑しくなってしまったら大変ですから」

「相変わらずの毒舌だな」

「事実を言っているだけです」

「まぁ、任せろ」

「聞いているんですか? 私は手を出すなと言っているんです」

「分かってるって」

 本当かどうか怪しいものだ。以前のレイル様であれば放置しても問題ないが、今のレイル様だったら、どうなるか分からない。自分でもおかしくなったレイル様をどうすれば良いのか分からないのだ。今は、問い詰めるべき時期ではない。

 これは、レイル様を長い時間一人にしない様にしないといけなくなりそうだ。ただでさえ、レイル様が正常(常人)になるという悩みの種が増えたと言うのに、増える悩みの種に頭を抱えざるをえなかった。
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