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ライト・サージルという男

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 結果的に、扉を総当たりするハメになった。
最上階の部屋のどこかだろうと思い、全て扉を開け歩いた。大体、ゲームで出てくる領主の執務室と言えば最上階の筈だ。

 執務室を探して、廊下を歩いている時に気付いた事がある。メイドさんや召使い達の目線が痛い事だ。この家の主人であるレイルをまるで腫れ物のように扱い避けている。それだけではない。目の前では礼儀正しく努めているが、影に隠れて囁くように何か話している。俺にこっそりと視線を向け、言っている言葉は聞こえないが何となく分かる。

 こんなにも多くの負の感情をぶつけられ、陰口を言われるのは久しぶりで苦しい。

「俺、帰れるのかな」

 ここまで、嫌われているとは思っても見なかった。レイルの最後は死が多い。辺境追放エンド以外は死のエンドだ。主人公の為の踏み台だとしても、ここまでひどくなくても良いのではないかと思ってしまう程だ。妹は冷酷非道のレイルの事をあまり好きではなかった。だが、俺はレイルに同情してしまっていた。好きな人に好きと言えず、構って欲しさに悪い事をしている様にしか思えない。もし、レイルが素直だったら、グランデがレイルの想いに気付いてくれればと思ってしまう程に。

 いや、ここで嘆いている暇はない。少しでも良い方へと考えないと、潰れてしまう。頑張ろうと思い直し、次の扉へと向かった。

 ある部屋を開けた時、着替えている途中なのか上半身裸の男がいた。その男は、兵士長のライト・サージルだった。肩程の長めの金髪が筋肉隆々の背中に流れている。

「へ?」

「あー! ごめんなさい!!」

 一気に謝まり扉を閉じた。ノックもしないで開けた事を後悔した。俺は、何をしてるんだ。レイルの執務室は一体どこにあるんだ。

 閉じた扉が開き、中から蒼い瞳を輝かせたライトが顔を出してきた。

「レイル様か? 朝早くにどうしたんだ。夜這いじゃなくて朝這いか?」

「へ? 朝這いって?」

 ニタニタと笑いながら、俺の右腕を掴んできたライトを見上げる。

「久しぶりじゃないか。最近は呼んでくれないから寂しかったんだぜ」

「え? 何の事?」

「何の事って……レイル様、頭でもぶつけたのか?」

 いやらしく笑っていたライトの顔が、だんだんと怪しむ顔に変わっていく。

 まずい。ライトは兵士長だけあって、勘が良いという設定だった! ライトは若くして実力で兵長に成り上がった男だ。

バレる訳にはいかない。どうする……。

 レイルはライトと何をしていたんだ。夜這いってことは、まさか……。いやいや、そんな筈はない。

「ここにいらしたんですか」

 その声に振り向くと、グランデがこちらに向かってきていた。

「いつまで経っても来ないのでサボってるのかと思いましたが、当たった様ですね」

 相変わらずの冷たい瞳と言葉に泣いてしまいそうだ。痛い。

「サボってた訳じゃ……」

「相変わらずの冷酷さだな。そんなんじゃ、嫌われんぞ」

 グッと腕を引かれて、ライトの腕の中に引き込まれた。裸の胸からトクントクンと脈打つ鼓動が聞こえてくる。そっと、手の平を胸に当てると温かみが伝わってくる。胸が痛みを訴え、ドキドキと鼓動が高まってくる。

 え? どうして? この身体……レイルはグランデが好きなんじゃなかったのか?

「別に嫌われても構いません。ライト、執務があるのでレイル様を離しなさい。執務が終りましたら好きになさっても構いませんので」

 グランデの言葉に更に胸辺りが痛いと訴えてくる。レイルはどっちが好きなんだ!!

「それと、その格好……ささっと着替えてしまいなさい。目に余ります」

「それは、俺の肉体美に嫉妬してるのか」

「……違います」

 冷たい視線をライトに向けるグランデ。それ何とも思っていない様子のライトは、俺を優しげに見下ろしてくる。

 ライトはレイルに対して優しく接していなかった。どっちかというと、都合のいい方に付く奴だった筈。今は、俺側についてグランデを馬鹿にして楽しんでいる様に見える。

 因みに、ライトも攻略対象の一人だ。主人公はこんな軽い男の何処が良いのだろうか。確か、グランデとライトと主人公で三角関係なんてものもあったような……。全力で遠慮願いたい状況だ。

「レイル様は、これから俺と良いことするんだよな」

ドキドキする胸を無視して答えるのは大変だった。

「いや、しない! 執務室に行こうと思ってたんだ!」

「まさか、迷ってたのか!?」

 ライトが顔を上げてグランデと視線を合わせて居る。その表情は疑念を抱いている様だ。
二人に疑われるわけにはいかない。このままだと、二人に処刑されるエンド行きだ!

 どうすれば誤魔化す事ができる……。

「どうせ、二度寝している時に頭でも打って馬鹿になったんでしょう。それよりも、執務が先です。面会の予定だってあるんですから、急いで下さい」

 そう言ったグランデに右手を引かれ、ライトから引き剥がされた。

「ライト、兵のことで後で話があります。昼頃、空けておいて下さい」

「昼は訓練で忙しいんだが……そう、睨むなよ。空けとけば良いんだろ」

「お願いします。では、行きますよ」

 グランデに手を引かれたまま、歩き出した。ぎゅっと握られた右手を見下ろすと、胸が仄かに温かくなった。この感情、俺は嬉しいのか……。レイルはグランデの事を本当に好きなんだと初めて実感した。

 そっと横目でグランデの横顔を見てみる。端正な顔付きで黒眼黒髪が凛々しくとても誠実に見える。この人が笑ったらどんなものだろうか。ゲーム内でのイラストで優しげに微笑んでいたっけ。

 レイルはグランデと笑い合ったことがあるのだろうか。ゲーム内では、笑っているレイルのイラストは一枚も無かった。いつもムッとしているか、悪そうに口角を釣り上げている表情しかなかった気がする。それも当たり前か。ゲーム内でのレイルは当て馬で悪役なのだから。悪役だとしても、幸せになる権利は与えられないのだろうか。慣れ親しんだ場所を追いだされ辺境の地で一人過ごす。それが嫌なら、死ぬことしか無いなんて。

 視線を握られた手に向ける。きびきびと動く彼らは、表情豊かで夢とは思えないほどリアルだ。やはり、夢ではないってことか。

 どうして、俺はレイルになったのだろう……。そうだよ! 俺はなんでこの世界に来てしまったんだ? それに、本物のレイルの中身はどこに行ったんだろう。

「何を考えているのです?」

「え?」

 突然の問いかけに驚き、顔を上げた。グランデの瞳は相変わらずの冷たさを宿していたが、その中に困惑をも抱いているように見えたのは、見間違えだろうか。

「ですから、また何を思いついたんですか?」

 何をって……なんだ?

「いや……何もないけど……」

「……そうですか。それなら良いです」

 俺はグランデが何を考えているのか知りたいよ。
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