絶望の白 短編集

番傘と折りたたみ傘

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バレンタインデー △

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 今日は二月十四日。愛しい人にチョコレートを渡し想いを伝える日でもある。

 当然、俺も愛しい人に渡す為にチョコケーキを手作りしようとしたのだが、何故だか急に山城家の皆様が来訪してきた。

「彰ちゃん! 俺、手作りのチョコ食べたいなぁ」

 キッチンに立つ俺を囲う様に幸平が両手をシンクについてくる。顔が近くて、気まずい思いをしていると、幸平を体当たりして弾き飛ばす男、拓也がいた。

「彰、幸平はほっておいて俺と一緒にチョコ作って食べようぜ。洋菓子も俺の得意分野だから、手取り足取り手解きしてやるぜ」

 教えてくれるのは嬉しいが、手取り足取りは遠慮したい。

「彰くん、うるさい奴らはほっておいて僕と美味しいケーキバイキングでも行こう。一流のホテルに入っている最高級の洋菓子専門店だ」

 拓也を押し退けて割り込んできた美人さんは良太だ。

 彼らは、俺が海斗達と両思いになった今でもこうしてアプローチしてくる。イケメン揃いが、なぜ俺にアタックしてくるのか今でもよく分からない。


 そんな彼らと攻防を繰り広げているのが、俺の夫兼彼氏の海斗達だ。二人も負けずに対策を練って撃退している。

 この前は、幸平に海斗達が俺を呼んでいると騙されて危うくベットに連れ込まれそうになった所を海斗の木刀が炸裂したんだっけ。仕事場から隠しカメラで俺を見ていた大地が海斗に通報し、近くにいた海斗が駆け付けてくれたのだ。

 それよりも、隠しカメラはどこに仕掛けられているのだろうか。

 今日、海斗達は仕事で居ない。少し不安だが、ある人も一緒に来ているから大丈夫だと思いたい。その人物とは……。

「遠慮しておく。海斗達に手作りしたいんだ」

「おやおや、今日も皆さん早々に玉砕ですね」

 ソファに座り寛ぎながら、こちらを見ているのは聖司だ。その人とは彼の事で、唯一の味方だ。聖司は、俺に恋愛的興味はないらしくどっちかと言うと、可愛い弟の様に扱われている。

「聖司兄さん、助けて! 今、海斗達いないから困ってるんだ!」

「彰くん、大丈夫ですよ。心配しなくても問題ありませんから、ちゃちゃとチョコ作ってしまいなさい」

 ギラギラと瞳を輝かせている三人に囲まれているこの状況のどこが、問題ないと言えるのだろうか。

「奴らが帰ってくる前にさ、彰ちゃん。俺と良い事するなんてどう?」

「いや、彰は俺の方が良いよな?」

「何を言っている、彰くんは僕と一緒の方が輝けるってものだろう」

 俺を囲みながら、言い争う三人。いや、皆さん圏外だから!

「もう! 皆邪魔しないでくれ! 海斗達が帰って来ちゃうよ!」

 俺のその言葉を聞いた拓也が悪そうに笑った。あっ、悪い事考えついた時の顔だ。

「彰が可愛くおねだりしたら、邪魔しないでやるよ」

「え?」

「それ良いな! おねだりだけじゃなくて、自慰して可愛く鳴いてくれても良いんだよ」

「自慰よりは、僕の手で泣かせたいけどな」

 話が段々と良くない方に移行している気がする。

「いっその事、彰ちゃんの全身にチョコとかクリーム塗って頂いちゃう?」

 ニタニタと笑う彼らの手がゆっくりと俺へと伸びてくる。

 俺、このまま喰われちゃうのか……。

 逃げたくても後ろにはシンクがあり、左右には幸平と拓也、目の前には良太で八方塞がりだ。彼らに犯された事のある身体はこれから与えられるであろう快楽と恐怖に怯え、ぶるりと震えた。

「貴方達、彰くんをあまり困らせていると彼らが来ますよ」

 聖司のその言葉は、彼らの思惑を握り潰す事に成功した様だ。彼らの迫り来る手が止まった。

「海斗達の帰りは、三時間後だろ」

 聖司を睨みつけながら、唸るように言ったのは良太だ。

「その様ですが、貴方達のやり過ぎの行動で双子の片割れが怒りのメールを送ってきましたよ」

 聖司がソファから立ち上がり、キッチンにいる俺達にスマホの画面を見せてきた。

 “彰に触れるな、今すぐ帰る”

 急いで打ち込んだであろう短いその文章に、愛を感じたのはこの中で俺だけだろう。何だかんだ言うが、いつもすぐに駆けつけてくれるのは海斗だ。

「ちっ、隠しカメラか」

 キョロキョロと周りを幸平が見渡している。俺も周りを見渡すが、どこにあるのか全然分からない。

 ピピピピピ! 聖司のスマホが着信を知らせた。

 聖司が再度スマホを操作し、耳に当てて穏やかに笑った。

「はい、わかりました」

 スマホを耳元から離し操作した聖司が俺達へスマホを向けて来た。

「もう片方も怒ってるみたいですから、そろそろ手を引いた方がよさそうですよ」

 再度向けられたスマホ画面に表示されている名前は、大地だった。

「あきくんに何かしたら、同じことやり返してあげるから覚悟しなよ」

 スピーカーになっているのかスマホから、いつも以上に低いドスの効いた大地の声が響いてきた。この声は、大地が激怒している時の声だ。

 山城家の兄弟の中で一番怒ったら怖いのは聖司でその次に大地だ。

 良太も怖い対象に入るがそれ以上に二人は怖い。

 聖司と大地はそうそう怒らないその為、怒った時が怖いのだ。

 以前、俺が拓也に手錠の具合を確かめたいと騙され、両手を手錠で拘束されてベットに投げられた事があった。拓也が俺に覆い被さってきたその時に、偶然帰ってきた大地に助けられた。

 その時の大地は、怒りを通り越して無表情だった。

 殴打され気絶した拓也を連れて居なくなった大地が帰ってきた時、静かな怒りを抱え虚な瞳をしていた。大地にお人好しすぎると怒られ、海斗が帰って来て止めてくれるまでお仕置きされ足腰立たなくなったのは言うまでもない。

 その時から、大地を絶対に怒らせてはいけないと学んだ。

「仕方ない、今日は手を引くか」

 そう言って俺から一歩離れたのは拓也だった。

「あぁ、今日こそは行けると思ったんだけどなぁ」

 残念そうにため息をついたのは幸平だ。名残惜しそうに、俺の頭を撫ぜてくる。

 海斗だけだと引かないが、大地の怒りの恐怖を知っているようで、大地が関わってくると二人は今日のように引くことが多い。

「そうか、それなら僕が頂こうか」

 聖司の忠告や大地の脅しでも唯一引かないのだ良太だ。長男だけあって、俺様感が強い。このままだと良太にベットへ連れ込まれてしまう。

 どうする。どうすれば、諦めてくれるんだ。

 俯いて考えている時、グッと右手を引かれた。温かな体温に包まれた事に驚き、顔を上げると穏やかに笑った良太の顔が視界一杯に広がった。

「さぁ、行こうか」

 有無を言わせぬ口調に、怯え震える両手で良太の胸を押し僅かながらの抵抗を示した。

「抵抗しても無駄だ」

 俺の抵抗を簡単にねじ伏せ、顎に右手が添えられた。腰を掴む左手は強固なのに、顔を上に向かせようとする右手は優しい。

 良太の顔が近づいてくる。このままだとキスされてしまう。

 嫌だ! 俺は海斗達が好きなのに……。二人以外に触れられたくないのに……。

 抵抗しても、良太の方が力強くどうしようもない。助けて……。


 助けて! 海斗!! 大地!!


 良太の顔を見たくなくて、溢れる涙をそのままにグッと目を閉じた。

 その瞬間、バン!! と勢いよく何かがぶつかる様な音がした。

「おい! 離しやがれ!!」


 呆然とし気づいた時には、良太は吹っ飛び倒れていた。長男で刀を使わせれば一流で、大地主の男が倒れている。

 良太をぼんやりと見ていると、甘い香りと共に慣れ親しんだ優しい温かさに包み込まれていた。

「大丈夫!? キスされてない!?」

 その声に、安堵し強張っていた力を抜いた。

「遅い……遅いよ! 海斗!」

 その逞しい身体に飛びついた。紺色のスーツはすべすべしていて肌触りが良かった。

「え? された……の?」

 困惑した声をしつつも、ぎゅっと抱きしめてくれる彼は俺を安心させてくれる優しい人だ。

「後少しだったのに、邪魔しやがって」

 頬と腰を摩りながら、良太が立ち上がっていた。それを見た海斗が俺を隠すように抱き込んできた。

 因みに、良太の横暴に対処できるとしたら海斗くらいだ。良太の剣技に対処できる唯一の存在それが海斗だ。

「兄さん達に幸平! 良いかげん諦めろよ!!」

「そう簡単に飽きらめられれば、苦労しない」

 壁に寄り掛かり両腕を組んだ良太が、少怠そうに言った。

「彰ちゃん、可愛いもん。海斗お兄ちゃんには勿体無いって」

「彰はいい子だしな。そう簡単に諦められないさ」

「それなら、もっと紳士的にやれよ!」

 紳士的に迫られても、逆に困るんだけど……。

「紳士的だったら、諦めなくてもいいって事かな?」

 良太の言葉に、小さく舌打ちをした海斗が口を開いた。

「そんなこと言ってないだろ!」

 良太達を睨み付けながらも、俺を守ろうとしてくれているのか。海斗の両腕にグッと力が入った。それが意識的でも無意識だったとしても、嬉しくて心が温かくなった。

 俺をめぐって、馬鹿馬鹿しい兄弟喧嘩をしているのを見て笑ってしまった。

「海斗」

「あきちゃん?」

「何を言われようとも、俺の好きな人は変わらない。愛してるよ、海斗」

 海斗の右頬に口付けた。唖然とした海斗の顔が仄かに赤く染まる。そんな彼を愛おしいと思った。

「羨ましいこった」

 腕組みをした拓也が優しげにこちらを見つめていた。

「あぁ……可愛い。俺にもして欲しいな」

 その声と共に頭を撫でられ、振り向くと幸平が微笑んでいた。

「やはり、諦められんな。奪われたくないならちゃんと守るんだな」

 その言葉とは裏腹な穏やかな表情に弟への想いを垣間見たような気がした。

「守ってみせるさ。海斗と俺がね」

 その低音の声に、リビングの扉を見ると大地が立っていた。仕事中だったのだろうか、モデルをしている大地のその姿は、群青色のジャケットと白いワイシャツ、ベージュ色のスラックスだった。大地に似合っていて、とてもカッコ良かった。

 海斗の腕から抜け出し、大地の元へ駆け寄る。爽やかな香りに包まれたくて、その胸へと飛び込もうとした。そんな俺を迎え入れる為に、両腕を大きく開いて待っていてくれた彼は優しい。

 温かなその身体に包まれて、愛しさが込み上げてきた。

 だが、ある事に気付きハッとした。海斗や大地は、仕事中だったのに抜け出してきてくれたんだ。迷惑かけたくなかったのに……謝らないと……。

「ごめん。海斗、大地、仕事中だったんだよな」

「大丈夫。大体終わってたから、愛しいあきくんの為なら何があったとしても駆けつけるよ」

「そうだよ。あきちゃんの為なら、なんとでもしてみせるさ」

 逞しく優しいその言葉は、俺の宝物の一つになった。

 優しい俺の彼氏……いや、夫達は世界一カッコいいと自慢できる人達だ。海斗も近づいてきて、大地に抱きついている俺をそっと抱きしめてくれた。

「ありがとう! 二人とも愛してるよ」

「「俺も愛してる」よ」

 さすが、双子! 息ピッタリだ!!

 二人に抱きしめられて、甘く爽やかな香りに包まれる。単独でも良い香りなのに、混ざり合うと花畑の中で吹かれる風の様な香りに変わる。優しいこの香りが大好き。



 結局、海斗達は帰ってきてしまった。折角、サプライズでチョコケーキを作ろうと思っていたのに……。


 仕方なく、みんなリビングに置かれたソファに座った。

「なぁ、彰は結局何を作ろうとしたんだ」

 拓也の言葉に、俯いた。海斗達に気付かれてしまう。いや、もうどうでもいいか。

 俺は海斗と大地に守られてばかりだった。だから、バレンタインの今日、手作りしたかった。


「……ケーキ」

 だが、もう何かも遅すぎる。

 今、十七時半だ。これから作るには時間がかかり過ぎる。晩御飯だって準備しないといけない。

 それよりも、海斗達に渡すチョコどうしよう……今から売っているものを買いに行くか。だとしても、時間がない。今回は諦めるしか無いかな……。両隣に座る海斗と大地の顔を見れない。

「それは、悪い事したな……」

 料理の事を知っている拓也は、今からでは厳しいと分かっている様で申し訳なさそうに視線を下げた。

「いいんだ。それよりも、今日お兄さん達は晩御飯どうしていく? 食べて行くなら、準備するけど」

 俺の言葉に、良太と幸平が食べたいと訴え、帰れと反論している大地、両者を鎮めようとしている聖司の三組が言い合っている。その中で、拓也と海斗が沈黙をしていた。二人は何を考えているのだろう。

 沈黙していた拓也が声を上げた。

「よし! 晩御飯は、海斗に作って貰おうぜ!」

「はぁ! なんで俺が!!」

「良いなぁ。久しぶりに和食が食いたい所だったんだ」

 ソファに寛ぎながら座る良太が笑った。

「それでだ!」

 拓也がこそこそと良太と聖司に耳打ちしている。何を話しているんだ?

「お前、抜け駆けするなよ」

「はぁ、無理矢理はダメですからね」

「分かってるって、だから時間稼ぎよろしくな!」

 そう拓也が言った途端だった。いつ移動したのだろう。良太達の近くにいた筈の拓也が俺の前に立っていた。

 あれ? 拓也の顔が近い?

「彰、行くぞ!」

 素早く両脇に差し入れられる拓也の腕に抵抗できなかった。一気に抱え上げられ、肩に担ぎ上げられた。下を見ると海斗と大地が驚くように俺を見つめていた。

「じゃあな!」

 拓也に連れ去られるその合間、海斗と良太、聖司と大地が取っ組み合いをしているのを見た。その光景を唖然として見ている幸平を置いて、俺は家から連れ出された。



 ______

 海斗目線。

 彰が拓也にボソッと答えたケーキという一言に、先が読めた。もしかして、彰は俺たちの為にケーキを作ってくれようとしてくれていたのか。少し残念そうにしている彰を後で、慰めようと思っていた所為だったのかもしれない。

 何が起こったのか一瞬、分からなかった。

「彰、行くぞ!」

 その言葉を聞きながら、俺と大地の間に座っていた筈の彰が、拓也兄さんにまるで荷物の様に肩で抱えられている事実を唖然としたまま見ていた。

「じゃあな!」

 無抵抗のまま連れて行かれる彰をぼんやりと見ている暇はない。

 大地と同時にソファから立ち上がり駆け出そうとした時、邪魔をする様に良太兄さんと聖司兄さんが行先を塞いできた。

「退け!」

 俺の怒声に続く様に大地が声を張り上げた。

「邪魔をするな!!」

 焦る心に支配された拳は簡単に掴まれてしまった。

「海斗、大地、少し僕達に付き合って貰おうか」

「許して下さい。これもあなた達の為です」

 俺達の為だと……どういうことだ?

「俺達の為だというのなら、そこを退け!!」

 溢れる怒りに染まった大地は、聖司兄さんに拳を打ち付けている。単調な攻撃を防ぐ聖司兄さんの方が今は有利だ。

 良太兄さん達は何を考えている? 今の良太兄さん達を縛るもの何もない。あるとすれば、彰への恋心だ。それだとすると、俺たちの為と言うのは何か変だ。

「どうした、海斗。何もして来ないなら、僕から行くぞ!」

 腹に打ち込まれそうなった拳を防ぐ。

 考えている暇はない。今は、良太兄さんを打ちのめして彰の元へ行く!

 彰、無事でいてくれ!


 ______

 彰目線。


 拓也の車であろうセダンの助手席に乗せられた。

「ちゃんと、シートベルトしないとな」

「どこに行くんだ?」

 声が震えた。拓也の唐突的な行動が思った以上に怖かったようだ。

「良いから乗ってろ」

 運転席に座った拓也が、エンジンを掛けてアクセルを踏んだ。

 到着した先は、山城家だった。

「何で?」

「ほら、急いで作るぞ」

「え?」

「作りたいんだろ? バレンタインのケーキ」

「拓也!」

 ニッと笑った拓也の表情は子供の様に無邪気だった。


 キッチンで、拓也と一緒に立つのは初めてだ。

 チョコレートケーキを作りたいと拓也に言うと、分かっていると言う様に笑った。

「材料は全部ある筈だ。冷蔵庫から出してくれ」

 そう言われて冷蔵庫から卵、バターと出していく。

「拓也は何でも作れるんだっけ?」

「一応は、得意なのは洋食とか中華だけどな。海斗も作れる筈だろ」

「うん! 和食が一番美味しい。ほかほかのご飯と豚汁とか最高! あっでも、洋菓子とかも美味しいんだ!」

 拓也の顔が穏やかに笑っていた。

「何?」

「そんなに、海斗が好きか?」

「……す、好きだよ」

 俺、何でこんなにも頬が熱いんだろう。海斗達に好きだと言うのはいつもしている事なのに、他の人に言うのはこんなにも恥ずかしい。

 その表情を見られたくなくて俯きながら、卵を割った。

「その様子だとまだまだ先だな。そろそろ、倦怠期とかに入ったとか思ったんだけどな」

「倦怠期?」

「知らないのか!? これは持久戦だな」

「何が持久戦?」

「海斗達に聞いたら教えてくれるぞ。機嫌も悪くなるおまけ付きだけどな」

「何で?」

 拓也が何を言いたいのかよく分からなくて、見上げた。
 こちらを見た拓也が、ぼんやりとしている。どうしたのだろう?

「……なぁ、俺と……いや、何でもない」

 そう言った拓也は、板チョコを包丁で刻み始めた。その表情は少し寂しそうだった。

「何だよ。気になるんだけど」

「手を出さないって、約束だからな」

 寂しそうだった表情は消え去り、ニタリと笑った拓也の顔面を殴打してやろうかと思ったがやめた。

「あー、そうですか」

 それでも、俺の……。いや、海斗達の為に、こんなにも手の込んだ事をしてくれているのだから。


 完成したチョコレートケーキを拓也と眺めた。

 中央にあるホイップクリームで出来たハートは、二人への想いを表したつもりだ。

「上出来だな」

「拓也、ありがとう。手伝ってくれたお陰で、こんなにも良いのが出来たよ!」

「良いってことよ。こんなにも喜んで貰えると嬉しいぜ」

 拓也が俺の頭を撫ぜる。山城家の人達は、人の頭を撫でるのが好きなのだろうか。

「それにしても、大きくないか? 海斗達だけだから、もう少し小さくても良かったのに」

 ケーキの型サイズは四号で良いと思っていたのに、拓也が出してきた型は七号サイズだったのだ。その時にも言ったのだが、「これで良いんだ」と押し切られてしまったのだ。

「飯は、みんなで食うのが美味いんだぜ」

「ちゃっかりしてんな」

 少し飽きれたが、拓也を見て笑った。確かに大勢でわいわい食べるのも嫌じゃない。

「ほら、やるよ」

 そう言った拓也が俺に何かを差し出してきた。右手に乗ったそれは、可愛い羊の柄が入った小袋に赤いリボンでラッピングされ、様々な形をしたクッキーだった。

「え?」

「心配すんな。皆んなにも焼いたんだ。但し、彰のは少し多めに入れといたから皆んなには内緒だ」

 両手で受け取ったクッキーが入った包みは温かく重みを感じた。

「ありがとう」

「良いって。さぁ、奴らが来る前に準備しておくぞ」

 山城家のリビングの扉が吹き飛んだのは、拓也に言われるままに皿などを準備している時だった。

「あきちゃん!」

「あきくん!」

 駆け寄ってきた二人が俺の顔を覗いてくる。心配してくれたのだろうその顔は、泣きそうで辛そうだった。

「大丈夫か!」

「変なことされてない?」

「痛いところはないか!」

「苦しいところはない?」

 一気に問われる言葉達に目が回りそうだ。それでも優しい二人の言葉に心が温かくなる。

「大丈夫、ないよ。拓也は、俺のやりたかった事を叶えてくれただけだから」

「やりたかった事?」

 唖然とする二人の手をひいて、テーブルまで連れていく。初めての手作りチョコを見せるは少し緊張した。

 二人は喜んでくれるかな。

「これを作りたかったんだ。二人に、ハッピーバレンタイン!」

 何も言わずにチョコレートケーキを見つめる二人を見上げる。ダメだったのだろうか。料理が得意な海斗にとってはイマイチだったのだろうか。海斗は甘い物は好きだと言っていたが、大地はどうだっただろう。あまり、大地が甘いものを食べている所を見た事がない事を今更思い出し、肝が冷えた。

「これ? あきちゃんが作ったの?」

「う、うん。拓也に手伝って貰って、殆どは俺が作ったんだけど……」

「このチョコケーキをあきくんが……」

 二人の言葉に段々と自信が萎んでいった。手作りなんてしないで、市販のチョコや物にすればよかった。馬鹿だな俺。海斗と大地なら何でも喜んで貰えると思っていたなんて浅はかだった。ちゃんと下調べしておかなかった事を後悔した。

「あ、良いんだ。今、片付け」

「ありがとう!!」

 俺の言葉を遮る様な大きな声とともに、爽やかな香りと温かさに抱きしめられた。

「俺、初めてだよ! 手作りケーキなんてもらったの!」

「確かに、こんなに立派な物もらった事はなかったな。あきちゃん、ありがとう!」

 大地の肩越しに見える海斗の笑顔にホッとした。

「おっ、来たな」

 拓也の声に、リビングの入り口を見ると良太達が入って来る所だった。

「拓也。お前のせいで、色々と大変だった」

 苛立ちを隠そうともしない良太。

「これ、海斗に作らせるのも一苦労だったんですよ」

 両手に袋を抱えた聖司が疲労を隠せないでいる。

「流石、兄貴達! さて、晩飯にしようぜ」

 良太達と一緒にいたと思っていた幸平がいつの間にかケーキを覗いていた。

「おお! これ彰ちゃんが作ったの!?」

 そう言った幸平が、ケーキの上に飾り付けられたクリームを掬い舐めていた。

「おい! 勝手に食うんじゃねぇ!」

「そうだよ! あきくんが俺達に作ってくれたんだ!」

 そんな兄弟喧嘩を見ていて心温まる俺は、おかしいのかもしれない。

「海斗、大地、みんなで食べよう。そうしたら、もっと美味しくなるよ!」

「あきちゃんがそう言うなら」

「そう決まったら、バレンタインパーティと行きますか!」

 拓也が皆のグラスを持ってきてくれて、パーティが始まった。

 バレンタインにパーティとは、変かもしれないが皆んなとワイワイするのは嫌いじゃない。

 食卓に並ぶ和食とチョコケーキはミスマッチだと思うが、みんな楽しそうにしているで結果オーライだ。

 お酒が入った良太と拓也と幸平の猥談は引いたけど、海斗と大地と聖司の世間話に耳を傾けて楽しんだ。

 慣れないお菓子作りに少し疲れたのかもしれない。下がってくる瞼、ぼんやりとしてくる視界を何とかしたくて右手で眼元を擦った。

「あきちゃん? 眠たいの?」

 少し酒を飲んだのか仄かに紅い頬をした海斗が俺の顔を覗いていた。心配そうに覗くその顔はとても優しげで、大好きな顔だ。海斗はお酒に強いが、顔に出やすいと言っていた気がする。

「少し……」

「おいで」

 両手に誘導されるまま、海斗の膝の上に乗り肩口に顔を埋めた。優しい甘い香りに安心し、段々と眠りに落ちていく。

「少し休んで。帰る時に起こしてあげるから」

 海斗と大地がいる。二人がいれば眠ってしまっても大丈夫。そうだよね……。
 背中をそっと撫ぜられ、促されるままに目を閉じた。


 ______

 海斗目線。

 俺の手の中で眠る彰をそっと抱き締める。出会った頃と比べて大人になり凛々しくなった彰だが、眠る姿はあどけなく愛らしい。

 少し高めの体温と陽だまりのような香りに、穏やかな気持ちになった。

「あれ? あきくん。寝ちゃった?」

「あぁ、そろそろ帰るか」

 時刻は二十三時半。酒を飲んでいた良太兄さんと拓也兄さん、幸平はソファや絨毯の上で寝落ちしている。

 ハンドルキーパーをしてくれると言ってくれた大地とお酒に弱い彰以外は飲酒しているが、聖司兄さんは起きていた。

「帰りますか? それなら、気をつけて帰って下さい」

「片付け、手伝うよ」

 名乗り出た大地に聖司兄さんが手を振った。

「いいえ、一人で大丈夫です。彰くんを早くベットで寝かせてあげてください。彼のおかげでこんなにも楽しい一日を過ごせたんですから」

 大地と聖司兄さんの視線が彰へと向かった。

「それにしては、助けを求めていたあきくんを放置していたみたいだけど」

「言いがかりです。ちゃんと助けましたし、あなた達に連絡したじゃないですか」

「それには感謝してるけど」

 確かに、それについては感謝しきれない。
 俺は会議、大地は撮影中だった為、彰の窮地に気づけなかったのだ。聖司兄さんから、一報が届かなければ今頃どうなっていただろう。考えるだけでも恐ろしい。

「ありがとう、聖司兄さん」

「いえ、私も可愛い弟には弱いですから」

 聖司兄さんの穏やかな笑みを見た。穏やかな寝息を立てている彰がもたらしてくれたこの日々に感謝をしている。


 聖司兄さんに甘えて山城家を後にし、大地の運転で家へと帰宅した。

 眠っている彰を抱えたまま彰の私室へと向かう。

 4LDKの我が家の一室、約六畳の部屋に置かれたシングルベットへ彰を寝かしつけた。もっと大きな部屋もあるのにこの部屋がいいと駄々をこねた彰を思い出し、クスッと笑った。

 理由は確か、余り広すぎると落ち着かないだった。愛らしく頬を膨らませて言うものだから俺と大地はそれ以上何も言えなかった。

「海斗、風呂先入る?」

 その囁き声に振り向くと、大地が扉からこちらを覗いていた。

「あぁ、今行く」

 彰に布団を掛け立ち上がろうとした瞬間、右袖が引っ張られる感じがした。

 振り向くと、懸命に涙を零さまいと堪えた表情をした彰がこちらを見ていた。布団の中から伸びた右手が俺の右袖口を掴んでいる。瞳が少しぼんやりとしている所を見ると、寝ぼけているようだ。

「大丈夫、家だよ。ゆっくりおやすみ」

 安心させるように、囁くように言ったのがいけなかったのか。彰の瞳から涙が一筋溢れた。

「居なくなったら、嫌……二人とも居てくれなきゃ嫌だ」

 彰は眠りが浅い時や寝ぼけている時、偶に寂しさを訴えてくる事がある。

 過去に俺達が彰を置いて行った所為か、心の傷になってしまった様だった。こうなったら、寝ぼけていても力強く、何を言って慰めても手を離してくれない。

「大地、風呂は明日朝一だな」

「仕方がないね。流石にシングルで三人は無理だから、どっちかの部屋に移動しようか」

「よし、あきちゃん。おいで」

 俺に両手を伸ばしてくる彰は、まるで幼な子が母親に甘える時の様に可愛らしい。そっと抱き抱え、この部屋から近い大地の部屋に移動した。

 キングサイズ以上の大きさがあるベットにそっと彰を下ろした。因みに俺の部屋にあるベットもキングサイズ以上の大きさだ。彰と寝る為に、又この様に彰が三人で寝たいと言い出した時の為に作った特注品だ。

 彰を真ん中に川の字で横になる。それから、彰の両手を二人で握る。右手を俺が、左手を大地が握ると落ち着くのか、そのまま彰は眠ってしまうのだ。
 俺達の手を引き寄せ胸に抱き込む様にして、彰は目を閉じた。少し経つと穏やかな寝息が聞こえてきた。

「やっと、寝てくれたね」

「そうだな」

「起きてる時も可愛いけど、寝てる時のあきくん。天使だよね」

「あぁ。俺達の元に降りて来てくれた天使だ」

「これからも一緒だよ」

 大地が彰の頬に口付けを落としている。

「あぁ、ずっと一緒だ」

 彰の反対の頬に口付ける。

「「おやすみ」」

 愛しい人と共に眠りへと落ちた。

 ______

 彰目線。

 夢を見た。二人が俺を置いて行ってしまう夢。

 大地が海斗を呼んでいる。

 “今、行く”

 そう言って去って行こうとする海斗。

「行かないで!」

 止めたくて、袖口を掴んだ。振り向いた海斗は少し驚いた様子だった。

「居なくなったら、嫌……二人とも居てくれなきゃ嫌だ」

 俺の言葉に少し困った様な微笑みをしてくれた海斗。

 “おいで”

 そう言って俺に手を伸ばしてくれた海斗に抱きついた所までしか覚えていない。

 ベットに横たわったまま、天井を見る。淡い薄緑の天井は大地の部屋である事を教えてくれた。

 両隣を見たが、誰もいない。そっと両サイドのベットマットに触れてみると冷たかった。

 また、二人は俺を置いて居なくなったのではと不安に駆られた。両思いになって、俺を家に帰してくれた二人は一度俺の前から完全に消え去った。やっとの思いで、一緒に暮らせる様になったのに……。
 急いで、ベットから立ち上がり部屋を出た。

 廊下を抜けて、リビングの扉を勢い良く開け中に入った。

 食席に座っていた大地が、こちらに振り向いた。

「びっくりした! そんなに慌てて、どうしたの?」

「良かった……大地!」

 大地に駆け寄り、胴体に縋り付いた。嬉しくて、大地のお腹に頬を擦り寄せる。爽やかな香りに包まれて、やっと落ち着いた。

「あきくん!? 怖い夢でも見たの? 大丈夫だよ」

 大地が俺を抱きしめてくれた。そっと背中を撫でてくれる、大きくて温かな手が大好きだ。

「どうした? あ、起きたんだね。あきちゃん、おはよう」

 キッチンから、海斗がこちらに向かってくる。両手にお皿を持っていると所を見ると、朝食を作っていた様だ。

「海斗」

「今、起こしに行こうと思ってたんだ。ほら、今日はあきちゃんの好きな豆腐の味噌汁にしたよ」

 海斗が作る朝食は、いつも美味しい。今日は、ほかほかのご飯と豆腐の味噌汁、目玉焼きに納豆、焼き鮭、たくあんの漬物にサラダだ。

「あと、昨日渡しそびれたバレンタインのプレゼント」

 赤いリボンが巻かれた黄色の水玉模様の小袋を海斗が俺に差し出してきた。大地の腕から抜け出し、両手で受け取った。これはもしかして……。

「開けてみて」

「うん」

 リボンを解いて袋を開けるとそこには、チョコマフィンとチョコチップ入りの苺のマフィンが入っていた。どう見てもお店で売っていそうなマフィンだ。だとしても、料理が得意な海斗が果たして買ってくるだろうか。

「これ、海斗が作ったの?」

「うん。あきちゃんの口に合えばいいけど」

 やはり、海斗が俺の為に作ってくれたんだ。拓也にも貰ったけど、海斗がくれたってだけで胸が高鳴る。

「嬉しい、ありがとう!」

 俺の顔を見ていた海斗が微笑んでくれた所を見ると、気持ちがうまく伝わってくれた様だ。それにしても、笑った所もカッコいいとか……。惚れなおしてしまいそうだ。

「それじゃ、俺からはこれね」

 その言葉に大地を見ると、テーブルの下から小さな小包を出していた。

「え? 大地もくれるの?」

「当たり前だよ。あきくんにもっと好かれたいし」

「そんなことしなくても、俺は大地のこと大好きだ」

「ありがとう。それでも、受け取ってよ」

 海斗から貰った包みをテーブルに置いてから、両手で小包を受け取った。大地がキラキラした目線を送ってくる。これは開けろって事だろうか。

 綺麗にラッピングされた包装紙を外し、箱を開けると腕時計が入っていた。それも、どう見ても某ブランド品である。十万越えは当たり前のブランド……。

 え? え? えー!!

「え! こ、こんなに高価なもの!?」

 俺の驚きが嬉しかったのか、ニコニコとしている大地。

「あきくんの笑顔を見たい為に働いてるんだ。笑ってよ」

 くそ! カッコいい……。イケメン滅びろ!

「大地、ありがとう! まさか、二人とも用意してくれていたなんて思ってもみなかった」

「あきちゃんも用意してくれたでしょ。嬉しかったよ」

 海斗の顔が近づいてくる。艶々の唇が俺の額に触れ、チュッとリップ音が響く。嬉しいけど、恥ずかしい。海斗の顔を見れなくて、俯いた。

「俺は……拓也に手伝ってもらったから」

「そんな事ないよ。あきくんの気持ち一杯入ったチョコケーキ美味しかったよ」

 大地に腕を引かれて、膝上に座らせられた。そっと大地の顔が近づき、唇に口付けられる。触れるだけのキスに、頬が熱くなった。大地の視線に恥ずかしくなり、視線を逸らした。

「ふふ、可愛い」

 大地の両手が俺の頬に触れる。唇を悪戯に撫でる大地の親指に、何かを期待してしまう。いや、今は朝だし明るいし、いやいや何を俺は考えて……。

「二人とも色々としたい気持ちは分かるけど、朝飯冷めるからな」

「仕方がない。ご飯食べようか」

「あ……あ。」

 大地の両手が俺から離れていく。わかってはいるけど、残念な気持ちが溢れてしまう。

「大丈夫、今日は早めに帰ってくるから」

「え?」

「大地がそうなら、俺も早く帰ってくるかな」

「え?」

「今晩は、三人でしようか」

 大地の言葉を理解した時、二人は悪い顔をしていました。

「俺、明日仕事休みだ。」

「俺も、明日は特に撮影ないし、休み取ろうかなぁ」

「あ。あの……」

 まずい。このままだと、今晩は寝かせて貰えなくなる! いかに加減して貰おうか……。

「「今晩は、寝れないの覚悟して」な」

 釘刺されてしまった。仕方がない、二人に愛されるのも俺の我儘のせいだ。

「分かった。でも、少しは手加減してくれ」

 無言でふんわり笑った二人が、手加減してくれるかは夜にならないと分からない。それでも、楽しみにしてしまう俺は重症なのだろう。

「愛してるよ。海斗、大地」

「「俺も愛してる」よ」

 二人と巡り会えた事。神様なんて信じていないけど、それでも感謝してる。




 因みに、その日の夜は寝かせて貰えませんでした。熱く甘い行為は明け方まで続き、翌日は全身が気怠く足腰立たずベットの住人となった。その為、全ての家事だけじゃなく、ご飯もお風呂、トイレまでの移動なども全部海斗と大地にやって貰いました。

 恥ずかしい……。次は、絶対に手加減して貰おうと決意した。


 終。
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